第33話

 カーブレを出発した日は野宿になった。ヴェスパは随分と旅慣れているようで、あっという間に野営に適した場所を見つけ、土の魔法でドームっぽいものを作って風雨を凌げるようにしてくれた。


「おおお! ボクもそれやりたい!」

「あたしも!」


 瞳をキラキラさせながら、ちびっことジェンマ先生がヴェスパに教えを請いに行く。俺はその間に適当な石を集めて竈を組み上げる。

 てか、ヴェスパって天才の教え下手みたいトコありそうだけど大丈夫かな?


「手伝うわ」


 少しすると、ジェンマ先生がこっちに来て石を組み上げ始めた。


「あれ? 魔法はもういいんスか?」

「あはは……ヴェスパの教え方は、あたしにはちょっとね」


 そう言って全力の苦笑い。やっぱり理論を重視するようなヤツを教えるのは苦手なのか、アノ人。

 あれ? じゃあちびっこは大丈夫なのか? 


「蘭ちゃんは、何て言うのかな……? 天才同士で通じ合ってるみたいな?」


 ああ、なるほどねぇ。


「でもあいつは後衛向きだからなあ。魔法のウデが上達するなら何よりっすよ」

「ええ、そうね」


 ちびっこもナノマシンのおかげで凄く硬くなってるんだけど、接近戦の技術よりは後方からの狙撃が得意みたいだ。前衛は俺とジェンマ先生が受け持つんだから、いっその事ちびっこには後方からの援護に特化してもらった方がバランスが取れるかもな。

 竈も組み上がり、薪になりそうな枯れ木や枯れ枝なんかを集めて火を起こす。勿論、着火はジェンマ先生の魔法の出番だ。


「先生、頼むよ」

「ふふふっ、任せなさい!」


 例によって宙に魔法陣を描く。


「……」


 集中してるのかな? 随分と時間を掛けている。


「フッ!」

「おお! 無詠唱っすか」


 ジェンマ先生が短く息を吐いた瞬間、ボウッと結構な火力で竈に火が入った。


「うん、詠唱ってなんか恥ずかしいし、詠唱する事で敵に何をしようとしているのか悟られるからなるべく無詠唱でするようにって蘭ちゃんに言われちゃってね」


 言われてみればもっともな話だ。『これから火の魔法を撃ちますよー』って宣言しているようなモンだもんな。





 ヴェスパとちびっこが戻って来て、というか、いい加減に腹が減ったので強制終了させて食事にした。


「で、王都を目指すのは分かったんだけどよ、最初の目的地ってどこ?」


 パンに齧り付きながらヴェスパに訊ねる。何しろ土地勘が無いから案内はヴェスパに丸投げだ。


「あと二日くらい歩いた所に、プラギー市っていう結構大きな街があるんだ。で、そこから少し離れた所にプラギー迷宮っていうのがあってね」

「「「迷宮?」」」


 なんともファンタジーな話だ。いや、魔法はあるし魔獣もいる世界だから、迷宮もあって然りなのか?


「迷宮とは、複雑な通路にトラップが仕掛けられ、バケモノがウヨウヨしているみたいな?」

「そうそう、良く知ってるじゃないか、メグ。そこじゃあお宝も手に入れられるのさ。もちろん、いいお宝ほど入手は困難だけどねえ」


 ああ、俺達にはダンジョンって言った方がピンと来るやつだな。あんまり詳しくはねえけど、ロールプレイングゲームとかじゃ定番のヤツだ。


「野生の魔獣を狩っててもいいんだが、アンタらには些か物足りない相手しかいなくてねえ。どうせなら、強いヤツとやり合った方がいいだろ?」


 ニヤリ、と口角を吊り上げたヴェスパが肉に齧り付く。いや、ちゃんと女性らしくしてれば美人なんだよこのヒト。でもなぜか笑顔が凶悪になっちゃうんだよなあ……


「ん、強敵と戦って自分もレベルアップ出来る上に、お宝も手に入れられる。是非行くべき」

「そうね。あたしも賛成よ」


 俺はあんまり気が進まねえんだよなあ……そういうダンジョンだの迷宮だのって、トラップが怖いんだよな。敵と戦うのは構わない。でもナノマシンで強化した身体が、全てのトラップに対応出来るとは限らねえ。


「アタイのこの魔法鞄や魔剣なんかも迷宮で手に入れたモンさ。冒険者垂涎の品だぜ? 街を歩けば身の程知らずに襲われるくらいにな! ハハハハ!」


 あーあ、口のまわりが肉汁でベタベタだよ……

 ホント残念美人だなこの人は。


「あー、あとな、迷宮で戦闘する目的はもう一つある」

「もう一つ? 他にも俺達にメリットがあるってのか?」

「メリットと呼べるかどうか……」

「……」


 なんだ? 珍しくヴェスパが言い淀む。普段は割と歯に衣着せぬ感じでズバズバ言ってくるんだけどな。


「アンタら、いずれはアプリリーの配下と戦闘になるぜ? 人間を殺す覚悟は出来てるか?」

「「「――!」」」


 そうか。そう言われると殺す覚悟はねえかもな。スポーク村の人さらい共だって、結局殺せなかったしなぁ。でもクラスメイト達を助けるんなら、避けては通れない道なんだろう。


「そこで迷宮の出番って訳さ。中級冒険者以上になると、盗賊の討伐依頼や敵国との紛争なんかの際に強制的に招集が掛かる事があるんだ。人間相手の戦闘で、『やっぱり人は殺せません』じゃ話にならないだろ?」


 ヴェスパの話を聞きながら、俺達三人は黙って頷く。もっとも、冒険者じゃなくても強制的に徴兵されるってのはありそうだけどな。


「迷宮に出るバケモンってのは、何故か人型が多い」

「……亜人ってやつ?」

「あー、まあそういう事になるんだろうな。奴らには知能もあるし独自の文化みたいなものもある。迷宮を出て野生化した奴らが人里離れた場所にコロニーを作って繁殖してるくらいだからな」


 バケモンって呼ぶくらいだから見た目は人間と違うんだろうが、逆に言えば人間と大きく違うのは見た目だけって話かも知れない。

 そういう人間に近い存在を殺す事で慣れさせる、か。なんとも、イヤな話だ。


「自分が生き残る為なら致し方なし」


 ちびっこがきっぱりと言う。


「あたしは生徒を助け出す為なら……」


 ジェンマ先生は無理してるよな。うん。この人は元々生徒思いの優しい人だけど、その優しさが生徒だけに向けられている訳でもなかったと思うんだ。生徒と他の人間を止む無く天秤に掛けざるを得ないから苦しんでる。そんなトコだろう。

 そして視線が俺に向けられる。


「俺は……俺達に害を為すならそれが誰でもブッ飛ばすかなぁ……」

「拓斗君、それが以前の仲間でも?」

「俺の仲間は今ここにいるだけだよ」


 ジェンマ先生の視線が痛い。でも仕方ないじゃん?

 クラスメイトって言われたって、顔も名前も知らねえんだし。

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