第30話

「例えばコイツが持ってる魔法鞄な。コイツギルドが所有していたものを売却したのさ」


 真面目くさった顔でギルマスが言う。


「国宝級のアイテムは基本的に国だったりギルドが管理している場合が多い。それを個人に与えるって事はだ、途轍もねえ実績を上げたって事でな」


 そういや、俺達はヴェスパの事を何にも知らねえんだよな。


「つまりアタイはタダモノじゃねえって事だよ! アハハハッ!」


 うん、それは分かってる。


「で、ヴェスパから見てこいつらはどうなんだ?」

「ああ、合格合格! 文句なしの合格だ!」

「ほう、おめえがそこまで言うか」

「ああ。こいつらなら……」


 うーん。ヴェスパもギルマスもなんだか機嫌がいいようだ。俺も、ジェンマ先生もちびっこも、イマイチ状況を飲み込めないんでポカーンとするしかないんだが。


「なあ、アンタら、折り入って頼みがあるんだ」


 今度はヤケに神妙な顔になったヴェスパがこっちを向いた。


「頼みっていうのは?」


 聞いたのはちびっこだ。実はこのパーティのリーダーはちびっこじゃねえのかって思っている。


「アタイをアンタらのパーティに入れてくれ!」


 そう言って深く頭を下げるヴェスパ。


「ちょっと待って。ヴェスパ程の腕利きなら、ボク達以外にもいい冒険者とパーティが組めるはず」

「そうね。確かにあたし達はちょっと特殊かもしれないけど、あたしと拓斗君はスキルも貰えない『無資格者』なのよ?」


 そうだな。ヴェスパ程の冒険者なら、俺達と組んでもそんなうまみはないんじゃないだろうか。


「……おいヴェスパ。信頼を得たいならてめえの方から色々曝け出さねえとダメだぜ?」

「……そうだな。その前に一つ聞きてえ。アンタらは召喚者だろ?」


 やっぱり知ってたか。まあ、知られてた事に関しては予想はついてたから、俺達三人は首を縦に振る。俺達が特殊な立場だからこそ、ギルマスはヴェスパのような腕利き冒険者を指導係に付けてくれたんだろうし。


「で、アンタらはアプリリーの野郎に報復してやりてえと思わねえか?」


 それに真っ先に反応したのはジェンマ先生だった。


「報復と言うより、あたしはあたしの生徒達を助けたい!」

「ん。ボクはこれ以上同じような目に遭う人が増えなければいいと思う」


 そして全員の視線が俺に集まった。


「俺は……別に向こうの世界に心残りはねえんだ。家族もいねえしさ。でもさ、先生ともちびっことも、何かこう、縁が出来ちまったじゃねえか。二人が何かを望むんなら、それを助けたいとは思うよ」

「アタイは……アタイはアプリリーを許さねえ!」


 初めて見るヴェスパの激情だった。そして彼女は語り始めた。なぜ俺達に固執し、共に行動する事を望むのかを。


「アタイも召喚者なんだ」

「「「――!!」」」


 さすがにその一言に声を失う。

 どうやらヴェスパも十年前に俺達と同じく集団で召喚されたらしい。目的も俺達を召喚した時と同じく、手っ取り早く強力な戦闘力を手に入れる事だった。

 そして召喚された人々は兵器として過酷な訓練を課された。勿論反抗した。しかしどうやら精神に作用する魔法を使えるらしいアプリリーは、反抗すると苦痛を与える魔法で縛ったらしい。


「その精神魔法を植え付けられたのが左目さ」


 ヴェスパは自分の潰れた左目を指差す。


「これは偶然だったんだ。訓練と称して魔獣狩りに行った時の事さ。アタイ達召喚者と聖都の騎士団、そして冒険者を搔き集めて大平原に向かった」


 ん?

 十年前に大平原?


「当時はまだアタイも未熟でね。ヤツの牙を左目に受けたんだ。その代わりに片方の耳を斬り落としたけどね。まあ、勝ち負けで言ったらアタシの負けなんだが、お陰でアプリリーの魔法から解放されたって訳さ」


 結局その戦いで、ヴェスパの仲間は殆ど死んでしまったらしい。それもそのはず、敗色濃厚になった聖都の軍は、ヴェスパの仲間を囮にして逃げ出したんだそうだ。それでも騎士も冒険者も大勢死んだらしいけどな。そして聖都の軍を蹂躙したのは耳を斬られて激怒した耳欠けだったと。


「アタイは命からがら逃げたよ。聖都とは逆の方向にね。そして何とかカーブレの町に辿り着いたのさ」

「ボロボロのヴェスパを拾ったのが俺だ。で、見どころがあるってんで育てたんだが、コイツは正真正銘の天才だったよ。それで、アプリリーの悪行を聞いてな」


 なるほど。だからギルマスはヴェスパと同じような立場の俺達に対して好意的だった訳か。


「アタイはアプリリーに復讐したい! アンタらだったらアタイの気持ちを分かってくれると思った! だから、アンタらが一緒なら!」


 あのヴェスパが必死だ。この世界の人間に、アプリリーを倒すから協力してくれって言ってもな。そこへ行くと、俺達にはヤツをブッ飛ばす動機がある。


「あたしはいいわよ? アプリリーはともかく、生徒達をヴェスパと同じ目に遭わせる訳にはいかないもの」


 ジェンマ先生が一番先に受け入れ表明をした。


「ボクも反対する理由はない。もしかしたら、あの生臭坊主を締めあげれば日本に帰る手段を聞き出せるかも知れない」


 なるほど、ちびっこの言う事も一理ある。俺は別に帰りたい訳じゃねえけどな。でも、あの胡散臭い糸目野郎に一泡吹かせるのは面白そうだ。


「いいぜ。一緒に行こう。俺達には頑丈さも力も頭脳もある。何とかなんだろ」


 ここでギルマスが満足そうに頷いた。


「よし、お前らはこれから正式なパーティだ。手続きはやっておく。あとは、ヴェスパ。お前のランクも戻しておく」


 なんと、ヴェスパのタグがゴールドから白銀色に輝いた。


「「「特級冒険者?」」」


 なんとヴェスパは国内に数人しかいない特級冒険者だった。


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