第29話

 マンモスボアの群れ、そして大ボスを片付けた俺達はカーブレの町へと戻った。いやあ、あれだけのマンモスボアの死骸をどうやって運ぶかを考えると頭が痛いよな。ヴェスパの魔法鞄様々だぜ。


「普通ならポーターを雇うんだよ。主に初級か脱初級冒険者に日当を支払ってな。まあ、アタイがいればそんなモンは必要ないが」

「ちb……メグ、ポーターって何?」

「ん。荷物持ち。補給物資だったり討伐したあとの素材だったり」


 ああ、なるほど。トランスポーター的な、ね。普通の駆け出し冒険者はそういう仕事や薬草採取とかで生計を立てるんだと。なかなか厳しい世界みたいだな。

 そうこうしているうちに町が見えてきた。近付くにつれ、俺のナイーブな心は重くなる。


「そんなしょぼくれた顔しないの! 注目を浴びるのはあたし達も一緒なんだから!」

「ん。これでナノは注目の的。これでボクが小さいからって舐められる事はない」


 ああそうか。そういう効果はある訳だ。まあ、やった事実は消える訳じゃねえししゃーないかー。



 なかなかに鬱な気分で冒険者ギルドの扉を開き、中に入ると視線が集まる。もうね、なんで毎回こうなんだろね。冒険者って暇なおしごとなの?

 だけどヴェスパの姿を見るとみんな視線を逸らす。まあいいか。ここは虎の威を借りとこう。


「こんちはー。依頼完了でーす」


 パーティのみんなが視線で俺に行けって言うから、仕方なしに窓口に行って声を掛ける。


「はい、パーティ『ナノ』の皆さんですね。では、皆さんのタグをお預かりします」


 俺達四人分のタグを預かり、何かの魔法道具かな? 電子秤みたいなヤツに乗せると、なんか名前と表示が出て来た。それぞれの名前と討伐した魔獣の種類とその数だろうか。


「こ、これは! し、少々お待ちください!」


 受付嬢さんがダッシュで階段を駆け上がっていく。ああ、これはイケメンのギルマスが来るヤツだね。ぼくしってる。


「くっくっく。ほら見ろ、大騒ぎだ。これはどうなるか見ものだねえ」


 またまたヴェスパが心底面白そうに笑う。目もからかう時に見せる、かまぼこ型だ。ちくしょう。


「お、お待たせしましたっ! はぁ、はぁ、タクトさん、ジェミーさん、メグさんはギルドマスターの執務室までお願いします。場所は、ああ、ご存知ですね。ヴェスパさんはこちらで魔獣の査定をさせていただきます。終わり次第、ギルドマスターの執務室へお願いします」


 受付嬢さん、大急ぎで走ってきたせいでハァハァゼェゼェしてるぞ。取り敢えず俺達は事情聴取、ヴェスパは実務って感じか。いいだろ。イケメンエルフのトコに行こうか。




「取り敢えずこれ、お前らのタグな」


 ギルマスの執務室で席に着くと、それぞれの名前が刻まれたタグを渡された。


「待って待って待って!」


 思わず変な声が出ちまった。


「何だよ?」

「いやだっておかしいって! 俺達初級冒険者だよね? なんでいきなり金色のタグなワケ?」


 ギルマスは整った顔を歪ませながら大きなため息をついた。いかにも説明がめんどくせえって顔だよな? ちゃんと分かるぞコラ。


「もうマンモスボアの脅威は聞いてたと思ったんだが?」

「聞いてるよ! けど、いきなりゴールドはねえだろって話だよ! ただでさえ肩身の狭い思いしてんのに、また色々目を付けられて面倒なんだよ!」

「あン? 二百もの騎士と冒険者を潰走させたバケモノを叩き殺したヤツがその辺の冒険者にビビるってんのか?」


 ちっ……

 ゴールドのタグって事は、脱初級、中級を通り越して、いきなり上級冒険者って事だ。登録してわずかひと月ちょっとだぞ?

 色々とやっかまれたり有りもしねえ疑惑を掛けられたりするだろが。

 それに、今みたいな半端な実力じゃあ、目立ちたくねえんだよ。


「……俺はバケモンより人間の方がおっかねえよ」

「……ほう?」


 魔獣にあるのは本能だけだろ。人間にとっては災難だけど、あいつらにとっては生きる為に必要な事をしているだけだ。人間を狩る事がヤツらにとって何かしらうまみがあるからだろ。甚振り殺す事を楽しんでる訳じゃねえと思うんだ。

 でも人間はな……


「猊下とかいうヤツのやった事は、俺達の世界じゃ立派な犯罪なんだよ。それがまかり通るんだ。人間の方がおっかねえだろ」


 俺の言った事に、ジェンマ先生もちびっこも真剣な表情で頷き、同意を示してくれた。


「まあ、分からなくはねえ。じゃあこうしよう。ジェミーとメグは二階級特進で中級冒険者。二人共、単独で複数のマンモスボアを倒した事が確認されているんでな。初級や脱初級あたりの低ランクにしておく訳にはいかねえんだよ」


 ギルマスがそう言ってタグに手を翳すと、今まで金色だったタグが銀色に変わる。中級冒険者の証であるシルバータグだ。


「あのう……?」

「なんだ?」

「俺のは?」

「どうぞこのままお納めやがり下さい」


 ギルマスがニヤリと笑って押し付けてくる。


「マンモスボアを単独で狩れる冒険者なんて、国中探したって数える程しかいねえんだよ。おめえがやったのはその中でも特殊な『耳欠け』だ。これが明るみになれば勲章モノなんだぜ? 明るみになればな」


 大損害を出した魔獣を倒したって事は、もう殆ど英雄扱いって事?

 なにそれこわい。


「えーと、つまり中央には報告しないでおくから、大人しくこれを受け取れと?」

「そうだ。察しがいいじゃねえか。なあに、悪い事ばかりじゃねえよ。上級ともなれば、いろんな冒険者ギルドが様々な便宜を図ってくれる。そもそも冒険者ギルドってのは、国の下部組織じゃねえからな。国が不当な扱いをしようとすれば、それから守ってくれるのさ」

「?」


 どうも冒険者ギルドっていうのは、国の枠組みを超えた組織であるため、例え国王だろうが猊下だろうが、明らかな罪を犯したとか、そういう理由でもない限りは勝手にどうこう出来ないらしい。


「特に高ランク冒険者ともなれば、ギルドが総力を上げてバックアップする。アイツみてえにな」


 ギルマスがドアの方へ視線を向ける。


「やあ、話は終わったかぁ? いやいや、高く買い取ってもらったぜ! アンタらの取り分はギルドの口座に入れてもらったぜ。何しろ持ち歩くには大変な金額だからなあ!」


 遠慮の欠片もなく入室してきたのはヴェスパだった。


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