第28話

 全部で十三体のマンモスボア。俺が五体。ジェンマ先生が四体。ちびっこが四体。数だけ見れば俺達三人の戦闘力はそう変わらない。ただ役割を考えれば、タンク役の俺が一番スコアを上げているのはやっぱりナノマシンの学習レベルが高いせいか。

 ヴェスパは腕組みをして見ていただけだった。ただ、暗がりの中での戦闘をしっかり評価出来ていたところを見ると、彼女も暗視スキルみたいなものを持っているのかもしれない。

 ホント、何者だろうな? 多彩な攻撃手段に魔法も高レベル。俺達との訓練では全く本気を出していない底知れなさ。敵には回したくない人だ。


「よう、全員暗視は出来るようになったな! どんな絡繰りかは知らねえけど、より強くなって何よりだぜ!」


 まあ、通常運転だな、この人。それに比べて、ジェンマ先生はちょっとお疲れみたいだ。身体的にというより、精神的にな。


「やっぱり自分より大きい相手っていうのは、それだけでプレッシャーよね」


 そう言って大きく息を吐く。そしてその場に腰を下ろした。それに釣られるように俺達も腰を下ろし輪になってリラックスする。そこへヴェスパが温かいミルクをカップに注いで全員に配ってくれた。


「ふう、ふう……ん、ちょっと甘くておいしい」

「あら、ホントね。蜂蜜か何かかしら?」


 うん、ほんのりと甘みのあるミルクだけど後味はスッキリしてるな。確かに蜂蜜に近い甘みだけど何だろう?

 じわりと温かさが身体に染み渡り、疲れが癒えていくみたいだ。


「そいつはね、高濃度の魔力を吸い上げて育つ、ある花の蜜を集めて生成したモンを混ぜてあるんだ。かなりの希少品だから心して飲めよ? ハハハ!」

「ん、貴重品をありがと」

「おう! なにせ採取依頼が上級以上っていう頭のおかしい花だからな! 今日頑張ったアンタらへのご褒美さ!」


 花を採取してくるのが上級依頼だなんて、確かに頭がおかしい。それが生えてる環境がヤバいのか、花そのものがバケモノなのか知らないけどさ。あんまりそういう依頼を受けたくはないよな。

 それにしても、そんな貴重なものを振舞ってくれるだなんて、ヴェスパにとって今日の結果は満足のいくものだったみたいだ。

 ヤケに美味いホットミルクを飲み干すと、気分も体力も充実してきた。なるほど、魔力が籠った飲み物ってすごいな。


「さて、そろそろ回収しちまおうか。血の臭いで他の魔獣が釣られてきたら面倒だからねえ」


 ヴェスパがそう言って立ち上がり、俺達もそれに続く。四体でもあれだけの大金が手に入ったのに、今回はそれの三倍以上の数だ。ニヤニヤしちゃうよな!


「タクト。ヴェスパのおしり見てニヤニヤしない」

「なっ、ばっ! そ、そんなん見てねえし!?」

「ああン? アタイの尻が『そんなん』だって? てめえ、実物見せてやろうか?」

「それは教育者として看過できないわね。不潔よ!」


 いやさ、みんな本気じゃねえのは分かるんだけど、その、センシティブな方面でからかうのはホント止めて下さいマジで……


「ん……? コイツぁ……」


 何体かのマンモスボアを回収し、さあ次、となったところでヴェスパが手を止めた。


「頭が一撃で潰されてるって事ぁ、やったのはタクトだね?」


 その個体をよく見る。うん、確かに俺がやったヤツだ。コイツは他のヤツより動きも早くてパワーもダンチだったな、そう言えば。そうは言っても、大型トラックと比べたら誤差の範囲だったけど。

 ただ、胴体に何発入れても向かってくるあたり、他のヤツとは根性が違うというか、純粋に強いなって思った。結局頭を潰すまで戦意を失わなかった、敵ながらあっぱれなヤツだ。

 その事をヴェスパに話すと、彼女は感心したように笑う。


「コイツの耳、片方が欠けてるだろ? これは嘗て聖都の魔獣討伐軍を返り討ちにしたマンモスボアの主、『耳欠け』さ」


 どうも、十年くらい昔、聖都から大平原の魔獣を駆逐すべく騎士団と冒険者の混合部隊が派遣されたらしい。総勢二百人以上というから中々の大部隊だ。それがこの耳欠けが率いる群れによって七十人近くの犠牲者を出し、撤退に追い込まれたとか。


「ん。損耗率を考えると壊滅状態。撤退は正しい」

「ああ。その時の激戦でコイツの耳もこうなったんだが、それ以降コイツを耳欠けと呼ぶようになったんだ。それから聖都はこの大平原には手出ししなくなったのさ」


 そっか。こいつらは大平原という縄張りに侵入した人間を襲いはするけど、聖都にまで遠征する訳じゃないし、聖都からカーブレの町への通行は命懸けにはなるけど、逆に言えば聖都にとっての不都合はそれだけって事だもんな。


「ともあれ、コイツが討伐されたとなりゃ、大騒ぎだぜ? ニシシ」


 なんか笑いがイヤらしいぞヴェスパさんや。


「あー、なんかめんどくせえからヴェスパがやったって事でどうか一つ……」

「ああ、それは無理なんだコレが。ギルドから貰ったタグがあンだろ?」


 そう言って自分の首の冒険者タグを指差しながらヴェスパが続ける。


「それにゃあ魔法が掛けられていてね。ちゃんと自分が討伐した魔獣やら何やらの数が記録されてんのさ。特に後々揉め事になりそうなこういう『二つ名』持ちの魔獣が誰の手柄かハッキリするようにね」

「うわあ……」

「今回アタイはマンモスボアは一体も倒してないからねえ。残念だな、タクト」


 ぐぬぬぬ……


「ふふふ、残念ね、拓斗君」

「むう、タクト有名になる。テンプレ通りでちょっと羨ましい」


 俺はそういうのは望んでねえんだけどなぁ……

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