第26話
「結構サマになってたじゃないか。これなら数の暴力で押されない限り、大概の敵には対処出来そうだね!」
サーベルファングの群れを始末した後、その死骸を全てヴェスパの魔法鞄にしまい込む。
ギルドから配布されている冒険者タグに討伐数は記録されるそうなので、特に討伐した事を証明する為に死骸を持ち帰る必要なないらしい。
ちなみにヴェスパの首にあるチョーカーに輝くのは金色のタグ。上級冒険者の証だ。俺達のチョーカーにはブロンズのタグ。こっちは初級冒険者である事を示す。脱初級に上がるとメタルタグ、中級でシルバータグになるそうだ。特級でプラチナとか言ってたな。
で、魔獣の死骸を持ち帰る理由だが、肉が美味いかどうかはともかく、毛皮や骨、牙や爪なんかは武器や防具、衣服や装飾品としていい素材になる為、なるべく持ち帰る事が推奨されている。中級以上の冒険者になると、ギルドから廉価版……というのが適正かどうかは分からないが、容量が少な目の魔法鞄を貸し出してくれるらしい。ただし、お高いんだってさ。紛失や損傷した時の保険が掛かっているっぽい。
それで、ヴェスパは片付け終わると魔法鞄から金属製のボトルを取り出し、キャップ開いてグビグビと喉に流し込んだ。
「くぅ~っ、仕事の後の一杯はたまんねえなぁ!」
まだ日も高いんですがヴェスパさん。
「お前もやるか? タクト!」
「いや俺は未成年だし」
「は?」
いや、そんな不思議そうな顔で見られても。俺はまだ19歳です。
「お前19歳って言ってたよなぁ? そうかそうか。じゃあ仕方ねえな。でもこの国じゃあ成人は16なんだよ」
「……!」
「ちなみにアタイの国じゃあ18だったけどな! ハハハ!」
う~ん、なんか今の会話マズったか?
「ヴェスパ。酔っぱらうのはどうかと思う」
そこでちびっこがナイス助け舟!
「こんな程度じゃ酔いやしねえっての。それに戦うのはアタイじゃなくてアンタらだしな!」
こうしてりゃ酒の匂いを嗅ぎつけて、奴らの方から寄って来るさ。そう言って追加でアルコールを流し込むヴェスパ。
まあな、この人なら多少酔っていようが自分の身くらい自分で守れるだろうさ。俺達は目の前の敵をブッ飛ばせばいいだろ。俺から見たらマンモスボアは既に単なる獲物であり金の生る木みたいなモンだ。
「そう言えば、話しておく事がある。ナノマシンの自己進化について」
ちびっこがそんな事を言いだした。ヴェスパにはまだ詳細は話していないと思うんだが、大丈夫なのか?
「ヴェスパももう気付いていると思う。彼女は脳筋だけどバカじゃない。隠しておくのも面倒」
無表情でそんな事を言うなよ。ヴェスパのほっぺがヒクヒクしてるぞ?
「そう警戒してくれるなよ。あんたら全員普通じゃねえのは気付いてるさ。タクト、アンタの血。それに秘密があるんだろ? 異常な回復力とか頑丈さとか。後はパワーアップもそうだねえ。その事実だけを吹聴したとしても、こっちじゃ多少珍しいくらいで、いない事もない」
ふむ。真実を知ったところでこっちの世界の人間には与太話だし、『魔法だよ』って言っておけば大概の事は納得してもらえる便利な世界だもんな。
てか、『こっちじゃ』って言い方。まるでヴェスパがこの世界の人間じゃないみたいな言い方だな。それに気付いたのは俺だけじゃなかった。ちびっこも、ジェンマ先生もヴェスパに視線を注ぐ。彼女は都合悪そうに顔を背けてしまったが。
「ん。とりあえずこっちの話をする。進化とは不便に対応出来るように変化する事」
それに全員が頷く。
「例えば、夜になると目が見えない。遠くのものがよく見えない。それはこういう状況においてはすごく不便な事」
「おお、そうだよな。普段の生活じゃあんまり思わないけど、こういう状況下じゃ確かにそうだ」
「ん。視覚の他にも聴覚や嗅覚なんかもそう。敵を狩る時でもその逆でも、五感を研ぎ澄ましていた方が絶対に有利だけど、残念ながら人間の能力は野生の生物に比べてあまりに貧弱」
ちびっこの言う通りだ。作戦と道具で太刀打ちできるだろうが、生身の状態では人間はあまりに弱い。
「つまり、敵の気配を探る必要がある今この状況が、進化を促すチャンス」
「それってつまり、夜目が利くようになったり、耳がより聞こえるようになるって事?」
「その可能性は高い」
ちびっことジェンマ先生の会話でなるほど、と思った。今までは痛い目に遭ったら次は大丈夫になるように身体が進化する、いわば受動的にしか進化出来ないと思っていた。でもやりようによっては能動的に進化を促す事も可能かもしれないって事だな。
「じゃあ、ちょっとその『不便』ってヤツを体感してみましょうかね」
俺は耳を澄まし、目を凝らす。草が擦れる音、遠くに繁る葉の一枚一枚を明確に認識しようと集中する。他のメンバーも同じように物音一つ立てずに集中しているようだ。
ヴェスパは……まあ、飲んでるよ。
どれくらい時が経過しただろう?
中天にあった太陽はかなり傾き、青白い二つの月が徐々に存在を主張し始めた。薄暗くなっていく世界に、視力が抵抗していく。
その瞬間は突然に来た。視界を遮るフィルターが取り除かれたような感覚。既に辺りは暗い。しかしハッキリと視認出来る。こちらに近付いてくるマンモスボアの群れが。
「見える! 私にも見えるぞ!」
ちびっこがそう宣いながらクロスボウを構えた。あのな、そういうの程々にしないとそのうち各所からお叱り受けるからな?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます