第25話

「「グルルルルルルゥゥゥ」」


 ぱっと見で十数匹はいるサーベルファングのうち、先鋒と思われる二匹が体勢を低くし、威嚇するように唸ってくる。

 俺はそれを気にする事なく。歩を進めていった。そして、ヤツらの中のボーダーラインを踏み越えた瞬間、何の躊躇もなく飛び掛かって来た。


「ガウッ!」

「ガアアアアッ!」


 一匹は俺の顔面目掛け、もう一匹は俺の足を目掛けて飛び掛かってきた。上下に分かれたコンビネーション。しかもタイミングもピタリと合わせて来やがった。こりゃあ、両方同時に対処するのは難しいかもな。だが……


「ギャン!?」


 顔を狙って来たヤツにはメイスのフルスイングで迎撃し、一撃で頭蓋を潰してやった。そして足を狙ってきたヤツはそのまま脛を齧らせてある。もしもこいつらの噛みつきが俺の強化された身体を突破するようなら、その威力をナノマシンに学習させるつもりだったし、俺に通用しない程度の威力なら、蹂躙するだけだ。


「ガウ! ウウウウッ!?」


 必死に噛み千切ろうとするが、自慢の牙が通らない。どうやらこいつらは俺にとって成長を促す存在ではないみてえだな。


「もう分かった。俺達に向かってきたお前らが悪い」


 脛に噛みついているヤツの頭を鷲掴みにする。今の俺の握力がいくらあるかは知らねえが、少し力を込めただけでピクピクと痙攣し、脱力してしまった。

 そいつとさっきメイスで叩き潰したヤツを後ろにいるヴェスパに向かって放り投げ、俺は次のターゲットへと向かった。


***


「ハハッ! やっぱおかしいよなあ、アイツ!」


 『ナノ』の背後に回り込んだサーベルファングに睨みを利かせならも、タクトの戦闘を見ていたヴェスパが高笑いする。普通であれば、サーベルファングの牙は薄い板金鎧程度なら貫通してしまう威力がある。それを上質とはいえ革の装備、場所によっては生身の身体で受け止めているのに全くの無傷。


「ボク達もタクトの事は笑えない」


 メグの名前で冒険者登録している目黒蘭。14歳だが、小学生と言われてもまかり通るような小柄な体形にもかかわらず、剛力を必要とするクロスボウの弓弦を軽々と引く。


「距離170だから、風向き、そして仰角……」


 何やら呟きながら狙いを定め、クロスボウから放たれたボルトは、寸分の狂いもなくサーベルファングの眉間を撃ち抜く。


「ほっ! アンタも大概だねえ。もう狙撃の腕はアタイ以上だ!」

「むふん!」


 彼女の天才的な頭脳は標的を狙う最適解を瞬時に導き出す。距離、角度、風量、風向き、そして獲物の移動速度や行動予測。全て完璧に計算された上で放たれるボルトは決して狙いを外さない。

 彼女が『ワンショットキラー』と呼ばれるのはもう少し先の事だが。



 金髪を靡かせ、タクトに群がるサーベルファングの群れに突っ込む美女。超重量のグレイブを振り回し、当たるを幸いにとサーベルファングを蹴散らしていく。


「はあっ!」


 タクトに向かっていたサーベルファングのヘイト敵意を自分に奪い返し、群がって来るサーベルファングの先頭の一体を捻りを加えた刺突の一撃で貫く。足を掛けて槍を引き抜き、次に来る一体に穂先を向けて待つ。それだけでサーベルファングは勢い余って自らグレイブに貫かれ自滅した。


「先生! 後ろ!」


 鈴木ジェンマ。ジェミーの名で冒険者登録をしている。タクトと蘭の担任である彼女は、その責任から自分の生徒達を救おうと決心した。そのために強さを求め、激しい訓練を積み重ねてきた。

 しかしそれ故に、初の実戦の場に出た今、周囲が見えなくなっている。そこに助太刀に来たのがタクトだ。


「ヘイト集めすぎ! 噛まれるのは俺の仕事だ! もっと立ち回り考えろ!」


 死角に回り込んだサーベルファングが、ジェンマの足を潰すべく脛に噛みついた。タクトがその一体の腹にメイスを振り抜くと、胴体が弾け飛び、噛みついた頭だけが残るというグロテスクな状況になる。


「……っ!!」


 その様に一瞬顔をしかめるものの、すぐさまそれを蹴り飛ばし、即座に槍を構え直す。


「ごめんなさい、ちょっと熱くなりすぎちゃった。拓斗君、フォローお願い!」


 タクトと同様にナノマシンを体内に宿すジェンマも、サーベルファングの噛みつきに対して全くのノーダメージ。しかしこれ以上の敵が相手の場合もそうだとは限らない。

 タクトの場合はタンクだ。仮にダメージを負っても回復するまで堪え、そして回復が終わった時には今までの攻撃が通用しなくなる。しかしジェンマの場合はアタッカーだ。実戦の場で負傷してパーティとしての攻撃力が落ちる事は好ましくない。


「任せとけ! ちびっこの援護も入るから焦らなくていい!」

「分かったわ!」




「上手く立て直したみたいだな」

「ん。ヴェスパを相手に連携訓練をしたおかげ」


 ヴェスパが発する圧に耐え切れなくなり、襲い掛かってきたサーベルファングを一太刀で斬り伏せながらもタクト達の戦闘の様子をしっかりとモニターしているヴェスパに、前線の二人の死角を取ろうとする個体に向けて狙撃している蘭が同意する。


「初の実戦でこれだけ出来りゃあ上出来だ。マンモスボアも余裕だろ。それにアンタにはまだ奥の手があるだろ?」


 クロスボウにボルトをセットしている蘭に向かってヴェスパがニヤリと笑う。


「ん。でもそれはヴェスパの方も同じ」

「あはははっ! アタイはこれでも敵が多いからねえ。隠し玉の一つや二つ、持っておくもんさ」


 そんな二人の会話が終わった時、生き残った最後の一体が逃げるところを、蘭のクロスボウが放ったボルトが貫いた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る