第19話

「よっ! アタイがあんたらの指導をする事になったヴェスパだ。宜しくなっ!」


 真っ赤な燃えるようなボリューミーな髪は腰まで長く、ざっくりと編み込んでいる。目鼻だちはくっきりとしているし、今は愛嬌のある笑顔を浮かべているから、まあ分類すれば美人と言えると思う。

 ただ、左目を分断するように斜めに走る傷が何とも言えない迫力がある。それに俺は身長が180くらいあるんだけど、目線はちょっと下くらいだ。女性としてはかなり長身だな。

 出るところは出ているが、引き締まった身体をしている。かなり鍛えているんだろう。

 そんな彼女が俺の背中をバンバンと叩きながら、気さくに話しかけてくる


「ああ、これかい? これはまあ、戦士の勲章みたいなモンさ!」


 俺の視線を感じたのか、自分の目の傷を指差してカラカラと笑う。


「みんなは『独眼のヴェスパ』って呼ぶけどね。あんたらは気軽にヴェスパって呼んどくれ!」

「俺はタクト。宜しく、ヴェスパ」

「ん。ボクはメグ」

「あたしはジェミーよ」


 全員で自己紹介を交わしだ。うん。このヴェスパって人、中々付き合いやすそうな人だな。


「よし、取り敢えず部屋に荷物を置いてきたら、皆で親睦会を兼ねて飯でも食おうじゃん!」


 うん、そだね――って、うん?


「ヴェスパもこの宿に泊まるのか?」

「ああ、パーティってのは寝食を共にするもんだ。マスター、部屋の鍵頼むぜ! あ、この人は宿屋のカウンター業務を手伝ってるけど、本職は、夜やってるラウンジのバーのマスターなんだぜ!」

「あ、ハイ。じゃなくて! ツイン二部屋だと、誰かが俺と一緒の部屋に寝るって事じゃん! いくらなんでもそれは――」

「はっはー、アンタ、何かいかがわしい事考えてんだろ? 心配すんな。アタイはアンタに手籠めにされる程ヤワじゃないよ」


 からかっているのか割と本気なのか、ヴェスパの目がちょっと笑っている気がする。俺は助けを求めてジェンマ先生を見るが。


「まあ、拓斗君も19歳だしね。お互い同意の上ならいいんじゃないかしら?」


 そんな諦めたように言わなくても。大体、俺から襲ってもヴェスパは安全かも知れないが、その逆はどうなんだ?


「タクト。真面目な話、ボクと先生は話がある。だから今夜は諦めて。タクトの貞操の無事を祈る」

「ははは! 大丈夫さ。いくらアタイでも、初日から取って食ったりしないよ!」


 カラカラと笑うヴェスパとは対照的に、どこか思いつめたようなメグの表情が、俺にそれ以上反論する事を思いとどまらせた。実際問題、こういうケースは今後いくらでもあるんだろう。耐性を付けておかないとな。お互いに。


 色々と諦めた俺と他3名は、鍵を受け取って客室のある二階へと向かった。中に入ってみると、ツインと言うだけあってシングルベッドが二つ。それぞれに荷物を保管できるキャビネットと、手紙を書いたり読書をしたりするのによさそうな簡素なデスクがある。

 またベッドの間にはパーテーションがあり、最低限のプライベートは確保されている。まあ、衣擦れやイビキ、寝言なんかはシャットアウト出来そうにないけどな。


「ああ、そうだ、ヴェスパ」

「ん? 何だい?」

「俺達はド素人だからさ、武器や防具の見立てが出来ないんだ。明日、そういったモンの調達に行きたいんだけど、付き合ってくれるか?」

「おお、先輩の意見を参考にしたいってか。それは殊勝な心掛けだ! アタイがしっかりアドバイスしてやるよ!」

「おお、おりがとな! 明日は頼むぜ」


 次いでに明日は、俺達にはどんな武器や戦い方が合っているのかも見てもらうつもりだ。そんなやり取りをしながら部屋を出て、俺達は一階のホールへ向かう。そこで待っていると、小奇麗な服に着替えたジェンマ先生とちびっこが降りて来た。

 スポーク村で分捕ってきたお古の服とは段違いだな。2人ともカラフルなチュニックにピッタリとしたパンツ、丈夫そうな革靴。それに剣帯だ。中々サマになっているように見える。

 俺はまだ靴しか取り換えていない。靴は学校の上履きのまま召喚されちゃったんで、心許なかったんだよ。

 俺の靴も2人と似たような感じのヤツだ。こっちの世界にはおしゃれとかをあまり重視していないというか、デザインによる差別化みたいのはあんまりないみたいなんだよな。要するに似たようなものしか売っていない。どうしても他と違うものが欲しいなら、オーダーメイドで作れって事らしい。


 そんなこんなで宿屋の食堂で同じテーブルを囲んだ俺達4人は、久しぶりに口にするまともな食事に舌鼓を打った。具がしっかり入った温かいスープや、柔らかい焼きたてのパン、しっかりと味付けされた肉や野菜の炒め物。素材がいいのかも知れないけど、いや、美味かったよ。


***


「ねえ蘭ちゃん」

「ん、なに?」


 食事を終えた後の女子の二人部屋。ジェミーことジェンマと、メグこと蘭が真剣な顔で向かい合っていた。


「これからあたし達、どうすればいいのかな」

「ボクはこの世界で生きていくしかないと思ってる」

「そう、そうよね……」

「先生はどうしたい?」


 蘭の質問にジェンマは黙して俯いた。そしてしばらくして、顔を上げて力なく呟いた。


「あたしは、生徒達を、あたしのクラスの子供達を助けてあげたい。でも、あたしには何の力もない」

「……それなら強くならなくちゃいけない」

「分かってるわよ……でも今からどんなに努力したって、スキルも貰えないあたしじゃ……」


 拓斗にはナノマシン。蘭には卓越した頭脳という『力』がある。しかも蘭は近い将来スキルを貰える可能性もある。それに比べて自分は無力だ。一番の年長で、しかも教師という立場の自分が一番無力な事がジェンマの心を打ちのめしていた。


「……手っ取り早く強くなる方法ならある。ただし、凄く痛い思いをする」

「え? それって?」

「先生がやらなくてもボクはやるつもり」

「蘭ちゃん、詳しく話して」

「ん」


 その夜、2人の女性はある重大な決意をした。

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