第20話
緊張して全く眠れなかった一夜を明かし、寝不足で目の下にクマを作っているであろう俺とは対照的に、スッキリとした顔をしていらっしゃる隻眼の女戦士のヴェスパ。
「アタイを女として見てくれるヤツなんて、もう殆どいないからねえ。嬉しいじゃないか。お礼に今日はたっぷりとサービスしてやるよ。主に戦闘訓練で」
相変わらずサバサバとした態度で笑っている彼女だが、引き締まった身体と整ったルックスは十分魅力的だと思うんだよ。ただ隻眼や鍛えられた筋肉が迫力満点なだけで。
「俺は大きな怪我をしてしばらく寝たきりだったんすよ。だから女にあんまり耐性がないんだ。せめて下着姿で部屋をうろつくのは止めてくださいおねがいします」
「善処する」
笑ってやがる。まあ、実際慣れなきゃダメなんだろうなあ。
俺とヴェスパが降りていくと、ジェンマ先生とちびっこは既にテーブルに着いて食事を始めていた。ここの朝食はバイキングスタイルらしく、好きなものを好きなだけ取って来て食べるようだ。
冒険者御用達の宿らしく、朝食をしっかりとって一日元気に働いてきてほしいという宿のサービス精神なんだそうだ。
しっかりと朝食を摂った俺達は、ヴェスパに率いられて町の外へと出た。俺達が来たスポーク村とは反対側の方向で、平原の向こうに森が広がっている。
「武器防具を揃えるにも、まずはアンタらの適正を把握しないとね! ちょっとしたテストをさせてもらうよ」
森に着くなりヴェスパはそう言って、背負っていたバックパックを下ろした。そして中からヒョイヒョイと武器を取り出す。
ナイフ、短剣、片手剣に長剣、短弓に矢筒……おいおいまてまて! 槍とかおかしいだろ!
「ああ、コレかい? これは魔法鞄さ。かなり希少な品でね。上級冒険者でもそうそう持てるモンじゃないんだ。スゲエだろ?」
明らかに物理法則を無視して次から次へと現れる武器に、俺達は唖然とするしかない。
「タクト、諦める。これはこういうモノだから仕方がない。多分空間を拡張する魔法や、重力を無効にする魔法が掛けられている」
ほう、さすが異世界ヲタク、何でも知ってるんだな。とにかく何でもたくさん入る、猫型ロボットのポケットみたいなモンか。
「そうそう、メグのいう通りさ。更に言えば、中に入れたものは時間も止まった状態でキープされる。つまりいつでも新鮮って訳だな!」
へ~、ヴェスパがドヤ顔で説明するだけあって、相当に凄いものなんだな。でも、それだけのお宝なら奪い合いになりそうなんだけど、そんな俺の疑問にも答えてくれた。どうやら入手した時点でその人のみが使えるロックが掛かるらしい。それは本人が生きているか、能動的に他人に譲り渡すかしない限りは継続するらしい。
「でもさ、それってヴェスパを殺して奪おうとするヤツがいたら、いつもヴェスパは狙われるって事だよな?」
「その通り。だからこういうお宝を持つにもそれ相応の強さが必要になるって事だね。あるいは、お宝を所持している事を絶対に公表しない事さ」
「じゃあ何で俺達には教えてくれたんだ?」
ヴェスパはははは、と本当に可笑しそうに笑ってから答えた。
「アンタらがアタイをどうこうして奪えるならそうすればいいさ」
つまり、自分の強さに絶対の自信があるって事だな。もっとも、それだけの実力と信用があるから、ギルドから派遣されて来るんだろうけど。
「ま、どっちみちアンタらにはまだ早い話だね。それより、何か使ってみたい武器とかあるかい?」
ヴェスパが魔法鞄から取り出した様々な武器を見ながら俺達3人は悩む。その中で、一番早く結論を出したのはちびっこだった。
「ほう、クロスボウか」
「ん、あとは短剣の扱いも教えて」
「へえ……見どころあるねぇ。他の二人はどうだい?」
「なるほど。そういう事ね」
ちびっこの選択にニンマリするヴェスパと、ちびっこの思惑に感心したジェンマ先生。つまりちびっこは遠距離からの狙撃と、接近された時の対処法、どっちも体得したいって事だろう。
「あたしは戦うのは怖いわ。だからコレ」
ジェンマ先生が手にしたのはグレイブという薙刀に似たやつだ。相手が剣なら間合いの外から斬ったり突いたり出来るな。
「まあ、扱いはやや難しいが、初心者でも割と安全に戦えるいい選択だ。さて、あとはアンタだよ、タクト」
んー、今の俺はどう考えても頑丈さとパワーが強みだ。ああ、もちろん奥歯のスイッチをカチッとした場合な。そうなると、下手な武器や防具は必要ない気がするんだけど、でも直接触れたりしたらヤバいヤツもいそうだよね。例えば身体がもう毒持ちだったりとかさ。そうなると……
「俺はコレにするよ」
「ほう、メイスを選ぶか」
ヴェスパがちょっと意外そうな反応だ。
俺が選んだのは全長1メートルくらいの金属製の棒みたいなヤツだ。ただし、頭の方はゴツゴツして重そうな感じになっている。コイツで殴ったら痛そうだなって思ったんだけど、そうか、メイスっていうのか。
「アンタみたいな若い男ってのは、カッコから入ろうとするヤツが多いんだよ。そういう打撃系の泥臭い武器を選ぶヤツは多くない。けど、素人が手っ取り早く攻撃力ってモンを持ちたいなら、そういう武器がいい」
褒められてんのかな?
でも、今ヴェスパが言った事はまさに俺が考えてた内容そのものだったりする。そりゃあ剣とか槍とかカッコイイなって思うけどさ、一朝一夕で身に着くもんでもないだろ? それだったら、取り得ず振り回していればどうにかなりそうなヤツの方がいいと思ったんだよ。
「よし、全員の武器が決まったところで、それぞれの基礎を教えるからな! その後、町に戻って自分用の武器を調達しよう」
なるほど。ヴェスパが言うには、武器ってやつは自分の技量や体格、力なんかに合ったものを選ばないと、その真価を発揮できないって事だ。
今借りてるのはあくまでもヴェスパが自分に合ったものとして持ち歩いているヤツらしいから、俺達も自分専用の武器を持て。そういう事らしい。
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