第9話

 俺は痛みに耐えていた。というか、それしか出来る事がねえ。

 しばらく耐えながらじっとしていると、段々と痛みが弱くなっていく気がする。痛覚が鈍化していってるのか、それとも俺の意識レベルが低下しているのか。

 恐る恐る刺された腹の傷を手で触ると、既に傷は塞がり出血も止まっている。ただ、内蔵まで達していたと思われる傷はどうなったか分からない。

 それでも、ナノマシンの性能を信じるならば、時間さえ経てばきっちりと完治はするはずだ。


 斬られた足の腱の方も確認してみる。やはり出血は止まり傷も塞がっていた。すげえなナノマシン。

 ゆっくりと立ち上がり、静かに身体を動かしてみる。辺りは薄暗くなってきており、夜明けも近そうな時間だけに、物音をさせて誰かに気付かれるのは避けたい。

 二人を助けるにしても、取り敢えず俺は死んだ事になってた方が都合がいいだろうからな。


 ふむ、身体は違和感なく動く。かなりの出血したので血が足りなくなっていそうなモンだが、そういう貧血的な症状もない。足りない血液は自己増殖みたいな効果で補填されたのかな?

 さらに、一応確認のため、何か武器になりそうなものを探した。


「これくらいしかないかぁ」


 柄の長い熊手。恐らく牧草を搔き集めたりするためのものだろう。鉄製の長い爪が四本付いている。俺はそれを持ち、奥歯のスイッチを噛む。

 そしてその熊手を自らの太ももに突き刺してみた。

 いや、突き刺さらなかった。ギンという鈍い金属音を放ち、熊手は跳ね返される。痛みも全くない。自分の太ももを押したり撫でたりしてみるけど、感触は特に硬いとか金属っぽいとか、そういう事はない。不思議だなあ。


「あーあ、ホントに人間辞めちまったみいだ」


 思わず乾いた笑いが漏れてくる。巨大イノシシを跳ね返し、刃物が刺さらないとかどんなロボットだよって話だよな。

 さて、そんな事よりジェンマ先生とちびっこを助けなきゃな。

 俺は熊手を手に動き出した。


「ンモオオオオ~」


 おいコラ牛! なんでこのタイミングで鳴くかな! バレたらどうすんの?


「……」


 しかし幸いにも、バレた様子はない。しかも外ではニワトリっぽい鳴き声もする。割と早朝の動物の鳴き声は日常的なのかもな。


 俺は物音を立てないように細心の注意をし、室内を探る。しかしどういう訳か、この家は誰もいなかった。ジェンマ先生もちびっこもいないし、あの家主もいない。

 窓から様子を窺うが、まだ薄暗くてよく見えない。しかしなんとなく集落全体がざわついているように感じる。

 俺は家主がいないのをいい事に、勝手にヤツの服を拝借させてもらった。麻のパンツに木綿のチュニック。それと鍔の大きい麦わら帽子。サイズはまあまあってとこか。履いていた学校の上履きはそのままだけど、この世界の農夫には見えるだろ。


 目深に被った麦わら帽子で顔を隠したまま、俺は集落の中をうろついてみた。なに、この薄暗さならぱっと見誰だか分かんねえさ。

 問題はバレた時なんだけど……

 多分今の俺は打撃、刺突、斬撃には耐えられる身体になっているはず。あとはあの化け物イノシシをブッ飛ばせるだけのパワーもあるか。普通に人間相手なら無力化するくらいは出来そうだ。

 ……相手が武術の達人とかでなければな。


 俺は集落の入り口から一番遠い場所にある、他の家と比べても二回りくらい大きくて立派な家に目星をつけた。アレが多分村長の家じゃねえかな。あの爺さんなら何かしら事情を知っているだろう。

 取り敢えず正面から突っ込む事はせず、家の周りで中の声を聞きとろうと試みた。

 

 う~ん、なにやらボソボソと話し声は聞こえるが、内容までは分からんなぁ。仕方ない、正面から行ってみるか。


「はよーっす。すんません、俺のツレの二人知りませんかぁ~?」


 玄関の扉を蹴破り、行儀よく朝の挨拶だ。ちなみに熊手は肩に担いだまま。


「な、なんじゃ貴様は!」


 見れば、座り心地のよさそうな椅子に村長が座りこっちを向いている。そして例のガタイのいい男は二人とも俺に背を向けて床に座っていた。首だけこっちを見てる感じだな。

 ああ、間違いない。一人は俺を殺したヤツだ。

 ……どうだろうな。もしここにジェンマ先生とちびっこがいて、彼女達を救出しようとすれば、ここにいる男共と殺し合いになるかも知れない。でも俺にそこまでの覚悟があるか? いや、コイツらは俺を殺そうとしたし、女子二人を奴隷にして売りつけようとしている、いわば人身売買の片棒を担いでいる犯罪者の集まりだ。

 仮にこの場は凌げたとして、この集落全体が敵だったとしたら、俺は二人を助け出す事が出来るのだろうか。


「この野郎! なんで生きてやがる!?」


 だけど俺はじっくりと葛藤する暇もなかった。


「おいゴンザ。殺したのではなかったのか?」

「いえ、確かに腹に剣を突き刺し、念のため足の腱も斬ったんですが」


 そうか。俺を刺したヤツの名前はゴンザってのか。目の前で交わされている村長とゴンザの会話は、明らかに組織ぐるみの犯行だったと分かる。


「へへ、今度はきっちりぶっ殺してやるぜ!」


 ゴンザは腰の短剣を抜き、襲い掛かってきた。俺は咄嗟に担いでいた熊手でゴンザを振り払う。そんなに力は込めていないけど、ゴンザは吹っ飛び家の壁に激突した。


「てめえ!」


 すると今度はもう一人の厳つい男が剣を抜き、背後から襲い掛かってきた。

 ギィンと鈍い音がする。どうやら俺は背中を斬りつけられたらしい。だけど大した痛みはないなあ。斬撃に対する耐性が付いたのは本当らしいな。


「な、なんで斬れねえんだ! クソ!」


 今度は剣で突いて来る。でも俺はそれを手のひらで受け止めた。勿論剣の切っ先が手のひらを貫通するなんて事はなかった。そのまま刃を握り引っ張ると、男はつんのめるようにして引っ張られてきた。そしてそのまま横っ面をゲンコツでぶん殴る。イノシシに食らわしたヤツよりだいぶ手加減はしたけど、それでもコイツの頬や顎の骨は砕けただろうな。

 まったく、とんでもねえパワーと強度を持った身体になったモンだぜ。

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