第8話

 集落の入り口で少しの間待っていると、門番の男が三人程引き連れて来た。結構ガタイのいい男が二人。その中央にやや腰が曲がって杖を付いている老人。あれが村長だろう。


「お主らかね? 仲間と逸れた旅人というのは」


 その老人の問いかけに、俺達三人が無言で頷いた。そしてジェンマ先生が村長に事情を話し始めた。勿論俺達が異世界から召喚され、放り出されたなんて話はしない。最初から最後まで作り話だ。

 その間も、門番と村長の両脇にいる二人の視線はジェンマ先生に注がれている。まあな、男としては分からなくもねえんだけどさ。先生、西欧風の美人だし、えっちな身体してるし。


「むぅ……」


 その様子を見たちびっこが口を尖らせているけど、お前も5年も待てば大化けするかも知れねえからさ、今は諦めろ。


「ふむ。それは難儀じゃったの。じゃが、この村は貧乏でな。タダで食わせる飯はない」

「じゃあ、どこかで衣食住を賄えるようなところはありませんか?」

「ある事はあるが……ここから更に2日は歩かねばならん」


 うーん。これは難航しそうだな。


「もちろん、対価を支払えば吝かではないがの」

「お金の持ち合わせはないのです」

「ふむ……」


 そこで村長の視線が、俺達を順番に頭から爪先まで舐めるように見ていく。まるで品定めしているみたいだ。それにジジイに見つめられるのはあんまり気持ちのいいもんじゃないな。


「よかろう。今夜くらいは休んで行くがよい。詳しい事は明日にでも話そうかの」

「はい! ありがとうございます!」


 ペコリと頭を下げながら礼を言うジェンマ先生に倣い、俺とちびっこもぺこり。そして俺達三人はそのまま村長に付き添ってきたゴツい男の家へと招かれた。

 見るからに保存食っぽい硬そうなパンとコップ一杯のミルク。ただそれだけが配膳されたテーブルを勧められ、それぞれが席に着いた。

 普通ならそれほど美味くもないパンだったが、ミルクだけは新鮮で濃厚だ。朝飯もまともに食ってなかった俺は会話も忘れてパンに齧りついた。ジェンマ先生もちびっこも同じように空腹だったらしく、やはり無言で食事を進めている。

 家主のゴツい男はどうやら家族がいないらしく、別室のほうで何やらゴソゴソとやっている。寝床の準備でもしているんだろうか。

 室内の照明は燭台の炎が揺らめくのみで、やはり電気などはないらしい。室内を見渡しても家電などは見当たらないし、家具も簡単な木製のものばかりだ。

 やっぱり異世界ってのは中世レベルの文化水準らしい。

 そして食後。やはり異質な体験ばかりで疲れていたんだろうな。食後はすぐに睡魔が襲ってきた。その様子を見ていたのか、家主のゴツい男が不愛想に話しかけてきた。


「こっちの部屋で寝ろ。お前はこっちだ」


 ジェンマ先生とちびっこで一部屋。俺だけは別室らしい。まあそこは男女別だし別にいい。だけどさあ……


「ここって牛小屋じゃん」

「他に部屋はない。嫌なら外で寝ろ」


 うわあ。干し草のベッドとか昔アニメで見たけどさあ。そんなにいいモンじゃないね。なんかチクチク、ゴワゴワするし。それから家畜特有の臭いもキツイ。けどしゃーないか。俺は干し草に寝っ転がり、すぐに眠りに落ちた。



「ぐふっ!?」


 な、なんだ?

 いきなり腹に激痛が走る。熟睡していた脳が覚醒するまで数秒掛かったが暗がりで目を凝らせば、俺の腹に剣が刺さっていた。


「な、なんだこりゃ……」


 俺は牛小屋で寝ていた。そして今、何故か腹から剣が生えている。辺りは血塗れだ。

 状況は理解できた。でもなんでこんな事になってんだ……?


「それだけの深手じゃあお前はもうダメだろ。諦めな。この村に来たのが運の尽きだ。金髪のねーちゃんと黒髪のガキは朝になったら奴隷商人に売りつける。お前みてえなヤローは値段が付かねえから死んだら畑の肥やしにでもしてやるよ」


 俺を見下ろしてそう話しかけて来たのは、この家の家主のゴツい男だった。

 ちっくしょ、まさかこいつら村ぐるみで旅人を襲ってたのか?


「じゃあな。一応動けねえように足の腱は斬っていくか。どのみちその傷じゃあ助からねえが」

「ぐあああっ!」


 ヤツは俺の腹から剣を抜き、両足の腱を斬った。

 痛え。ムチャクチャ痛え。トラックに轢かれるような衝撃や打撃には対応してるらしい身体も、刺されたり斬られたりする事にはまだ対応してねえって事か。くそ……


「ふ、二人はどうした」

「ははっ、この期に及んで他人の心配か。大丈夫だよ。大事な売り物だからな。丁重にふん縛って転がしてあるよ。はっはっは」


 そう笑いながら牛小屋を出ていった家主の背中を見ながら、俺は憎悪の炎を燃やす。

 このクソ野郎、俺にトドメを刺さなかった事を後悔させてやんぜ。

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