スポーク村で自己進化

第7話

 否応なく突き付けられた現実の中、今後どうなるのか不安に押し潰されそうになりながら俺達は歩いた。空も青から黄昏、そして濃紺へと変わっていく。

 この頃にはもう、誰も言葉を発せずに黙々と歩いていた。空気も雰囲気も重苦しく感じる。


「なあ、ちびっこ」

「蘭と呼ぶ!」


 重苦しい雰囲気を打破しようとした訳じゃないんだが、何か話していないとどんどん悪い方向に思考が沈んでしまう気がして、俺はちびっこに話しかけた。どうやらこいつは少なからず、こういった場合に関する知識があるらしいからな。


「じゃあ蘭」

「蘭ちゃん!」


 めんどくせえ。


「ちびっこはこういう展開になった時の話とか詳しいんだろ? 異世界に飛ばされた主人公って、普通はどうなるんだ? 是非天才少女の御高説を賜りたくお願いするぜ」

「む。仕方ない。そもそも異世界召喚には色々なパターンがあって――」


 勇者として召喚されたとか、向こうで死んだ後に記憶を持ったまま生まれ変わるとか、たまたま遊んでたゲームの世界に入り込んだとか、色んなパターンがあるらしい。

 殆どのケースでは、異世界に召喚されると何らかの力が与えられるか、日本人そのもののスペックが高いとか、生き抜く力が備わっているんだと。

 長いので要約すると、今回の俺達は無理矢理に当てはめると追放系ってヤツになるらしい。所謂役立たずとか極潰しと判断されて、追い出されるケースだな。


「で、追放された主人公はみんなが気付かない特殊な能力や才能があり、追放した人間に対してザマァする。今回の場合、タクトがその条件を満たしていると思われる」


 ああ、ナノマシンか。なるほどな。


「追い出された後はどうすんだ?」

「冒険者になるか、田舎でスローライフをするか」


 どっちもピンと来ねえよちびっこ。分かるようにプリーズ?


「冒険者ギルドというのがある。そこに登録すると仕事を斡旋してもらえたりする」

「それってハローワークみたいなものかしらね? つまりそこに登録すると冒険者っていうのになれる訳なんだ?」

「ん。ただ、冒険者は魔物と戦ったりとか危険な仕事も多い。危険な程稼ぎもいいのが普通」

「危ないのはちょってねえ……」


 ジェンマ先生とちびっこが話しているのを聞いてる俺も、冒険者はねえかなあって思う。生きていくのに命懸けっていうのもアレだけど、別にこの世界で金持ちになりてえ訳でもない。

 今度は俺の質問だな。


「で、スローライフっていうのは?」

「この召喚された異世界は、往々にして文化水準が低いケースが殆ど」


 ふむ。確かに街並みは中世っぽいし、移動手段も馬や馬車、あとは徒歩くらいしか見かけない。

 ちびっこによれば、中央の権力も及ばないド田舎で、現代知識を駆使して発展させ、左団扇で平和に暮らす。そういう事みたいだ。


「ただ、どっちのルートを選んでもトラブルには見舞われるから、ある程度の力は必要になってくる」


 ふむ。


「まあ、どっちか選べっつったら、スローライフ? の方だよなぁ」

「そうね。危険な冒険者になったって、あたし達には戦う力はないもの」

「ん。ボクもそれに賛成。これでも知識には自信がある」


 満場一致だな。目標が決まった事で、幾分雰囲気が明るくなった俺達は、気合を入れ直して歩き出した。何となく、左腕を見れば例の怪しいデバイスが19:24の数字を表示していた。こっちの時間とあっちの時間がリンクしているのかどうかは知らんけど、感覚的には夜のまだ早めの時間って事でいいかと思う。

 ジェンマ先生とちびっこも、それぞれ持っていたスマホで時間を確認したけど、俺と同じだった。ただし、圏外で外部との通信は無理っぽい。

 こっちじゃ充電も出来ねえだろうから、使えるのも今の内だろうけどな。そういや、俺のこのデバイスの電源ってどうなってんだろ? 充電とかそういう説明は受けてないし、マル秘資料にも書いてなかった気がする。


 そうしているうちに、前方にぼんやりと明かりのようなものが見えてきた。既に周囲は夜の闇に包まれているので、何かしら火が灯されているのは間違いないだろう。


「急ぎましょ!」


 一番の年長者のクセして、一番子供っぽいんじゃねえか? この先生……

 先頭を切って駆け出したジェンマ先生を俺とちびっこが追いかける。ちびっこの方は息も絶え絶えだけどな。


「集落……かしら?」

「水路が引かれている。それに集落の周りは畑っぽいし、間違いないと思う」


 ジェンマ先生とちびっこが言う通り、ここには人間が生活しているっぽい空気がある。だけど、何か物々しいというか。


「集落全体を木の柵で囲ってるとか、何かやべえヤツに狙われてんのか?」


 今俺が言った通り、それほど立派ではないが柵に囲まれ、集落の入り口には簡素な門があり、そこに篝火を焚いている。そして門番らしき若い男が二人。槍を持ってるな。

 その二人が俺達に気付いた。


「貴様たち、何者だ! この村に何の用だ!」


 なんだ? 偉く殺気立ってるな。


「ああ、すみません。あたし達、旅の仲間とはぐれちゃって……寝る場所も水も食料もないんです」

「……村長に聞いてくる。少し待っていろ」


 ここは年長のジェンマ先生が両手を上げ、敵意が無い事をアピールしながらにこやかに話し掛けている。

 薄暗くてあまりよく見えないはずなんだけど、目を凝らしていると徐々に良く見えるようになってきた、門番達の顔。篝火のゆらめくオレンジ色に染められた表情は、どこかいやらしく歪んだように見えた。



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