第3話
ジェンマ先生に続いて教室に入った瞬間、教室全体が眩い光に包まれた。そして視界が戻った時の光景は、明らかに教室の中じゃない、どこかだった。
石造りの巨大なホールのような空間。俺達はその中の中央、薄いブルーの光を放つ幾何模様を複雑に重ね合わせて形作った円形の中にいたように思う。
『いたように思う』って、なんで不確かな表現してるんだって思うだろ?
……俺は、いや、正確に言えば、
弾き出された俺達も、おかしな図形の中に留まっているクラスメイトの連中も、何が何だか分からねえって顔だ。
「貴様達! こっちに来い!」
徐々に光を失いつつある不可思議な図形の外に控えていた、金属の鎧を着た奴らが呆然としている俺達に向かって槍を構えて凄んで来る。というか、今時こんな厳めしい鎧兜に槍なんて、西洋風時代劇か?
武装したゴツイ野郎どもに囲まれて、俺達は成すすべなく連行されていった。ジェンマ先生だけは気丈に抗議していたが、槍の石附で腹を一発殴られて戦意喪失。名前も知らない小柄な少女は初めから抵抗するつもりはないみたいで大人しく付いてくる。
そして俺達が連れて行かれたのは豪華な装飾が施された、重厚な扉がある部屋。その中には西洋の聖職者、しかもかなり位の高そうな感じの爺さんが一人。口髭も帽子から覗く髪もロマンスグレー。口元には軽く笑みを浮かべ、目は、そうだな。俗に言う糸目ってヤツだ。表向きは柔和な雰囲気だが、胡散臭さがハンパねえ。
「猊下、こやつら、どうも無資格者らしく、魔法陣の中から弾かれました」
猊下、猊下ねえ……?
「先生、猊下ってなんだ?」
「宗教の流派のトップ、みたいなものかしらね。それより、勝手にしゃべって殴られても知らないわよ」
ジェンマ先生、さっき殴られたのが効いてるみたいで、かなり怯えている。いや、殴られたせいだけじゃねえよな。今起こっている事がそもそも訳分かんねえんだ。俺だって不安でいっぱいだよ。
「ふむ……無資格者ですか。魔法陣は十五から十八歳の者に絞った術式にしていたはずですが」
「それは、現在魔法師たちが調査中であります」
「分かりました。この事は陛下には内密に。あと、無駄飯喰らいはいりません。捨てて来なさい」
「はっ!」
なんだか俺達を蚊帳の外にしておいて、勝手に話を進めてやがる。捨ててこいとかそんなモノみたいにこのジジイめ。
(なるほど、そういう事……)
俺が内心毒づいていると、名前も知らない小柄な少女がものすごーく小さな声で呟いたのが聞こえた。
***
俺達は木製の檻に車輪が付いた、一応馬車と言っていいのか分からんけど、とにかくそれに詰め込まれ、ゴトゴトと護送されていく事になった。行き先? そんなの知るかよ。
「なあ先生。ここってどう見ても日本じゃねえよなあ?」
「そうね。石造りの建物に石畳の道。さっきあたし達がいた所はお城かしら? まるでヨーロッパの古い街並みみたいよね」
ゴトゴトと乗り心地の悪い『護送車』に揺られ、周囲の景色を見渡しながらジェンマ先生と言葉を交わす。
「というか、多分ここは地球ですらない」
ここで小柄な少女がちいさーい声でとんでもない事を口にする。
「ちょっとそれ、どういう事よ目黒ちゃん?」
へえ、この子は目黒ちゃんって言うのか。苗字だよな? とりあえずジェンマ先生のおかげで名前が判明したな。
「目黒って呼ばない。ボクの名前は蘭。目黒ってなんか暗そうだからイヤ」
なるほど、目黒蘭ちゃんね。苗字だけじゃなくて見た目もちょっと暗そうだけどな。で、ボクッ娘と。
「む、なんか失礼な事考えてた」
その蘭ちゃんが前髪に隠れた目でジロリと俺を睨む。なんだこの子、心が読めるのか? それにしても、一緒にここに飛ばされて来たって事は、この子も高校三年生って事だろ? どう見ても中学生なんだが……
「いや、滅相もありません」
そう一言否定して、蘭ちゃんの考察の続きを待つ。俺もジェンマ先生も期待を込めて蘭ちゃんを見るものだから、彼女もいかにも仕方ないなあという感じで大きく息を吐き、続きを話し始めた。
「多分ボク達はクラス毎異世界に召喚された」
ああ、最近アニメとかでよくあるヤツだな。あんまり見た事ないけど。
蘭ちゃんが言うには、何か日本人には特別な力があって、異世界から召喚される対象になりやすい設定らしい。なんだよその設定。
「言葉が普通に通じたのも、多分召喚された魔法陣にそういう言語理解的な術式が施されていたと考えられる。ただ、召喚直後に弾き出されたあたし達には、それ以外に特別な力はないと思う」
無表情でさらっと悲しい事を言うのな、この子。つまり見ず知らずの世界に着の身着のままで放り出されるって事だろ?
「目黒……蘭ちゃんがそう考える根拠は何かしら?」
ジェンマ先生が訊ねる。そうだよね。今までの話は全部蘭ちゃん個人の推論に過ぎないもんね。
「猊下とかの部屋で十五から十八歳を対象に召喚した言ってた。だから、召喚されて特別な力を持てるのはその年代に限られるという事」
「なるほど。だから学校の教室を対象にすればその年代の子達を纏めて召喚できて、その年齢から外れたあたし達は用無しと見なされて、こうして追放される訳ね……」
妙に説得力がある蘭ちゃんの仮説にジェンマ先生が項垂れる。あれ? でもちょっと待って?
「なあ、じゃあ蘭ちゃんは俺と同じ留年組なの?」
先生はまあ二十代半ばくらいだろう。俺はもう十九だ。留年してるしな! でもこの子はとてもそうは見えないんだが……
「一緒にしないでほしい」
蘭ちゃんがぷうっとふくれっ面になっちまった。おいおい、ちょっと頭なでなでしたくなるこの気持ちはなんだ?
「あのね、拓斗君。蘭ちゃんはまだ十四歳なのよ」
「はあ? なんでそれが同じクラスにいるのさ?」
「彼女は世間で言う天才ってやつね。飛び級で私のクラスに編入してきたのよ」
うそ。この子そんなにすごいの?
「勘違いしないでほしい。本当はケンブリッジに留学する予定だったのだけど、一年くらいは日本の高校生活をしてみたかったからこの高校に編入した。だから来年はイギリスに行く予定。まあ、戻れたら、だけど」
おいおい、この子、本当に天才じゃん。優秀だから中学を飛び越して高校ってレベルじゃなくて、高校すら飛び越しでケンブリッジだぁ?
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