第2話
「ほっほっほ。そんなモン、とっくにやっとるわい」
俺にブッ飛ばされた爺さんは、勝ち誇ったようなドヤ顔で立ち上がってきた。くそ、なんだこの敗北感は。
「もっとも、儂のはプロトタイプじゃ。お前さんに注入したモンの方が完成度も高くて高性能じゃ」
身体の中に得体の知れないもの入れられて、完成度とかそんな話をされてもな。
「まあとにかくじゃ。その取説をきっちり読む事じゃ。で、そのデバイスにはお前さんのスマホのデータも移植してある。次いでに儂の連絡先も入れておいたでな。いつでも連絡してくるがよいぞ」
いや、有難いようなそうじゃないような。まあ、こんな腕輪みたいのじゃディスプレイもないし、動画やソシャゲみたいな事は出来そうもないな。
「ああ、ディスプレイはないが、お主の網膜に映像として見せる事が可能になっておる。ナノマシン様々じゃろう?」
何がナノマシン様々だ。俺の内心を読むな。というか、なんだか普通に受け入れちまってるけど、地球の科学ってこんなに進んでたのか?
「お前さんの考えてる事は分からんでもない。儂の研究は自己満足でな。成果を公表したりはせんのじゃ。下手に世間に広がれば……分かるじゃろ?」
ああ、そっか。こんなとんでもない技術が既に実用化に至ってるとか、どこぞの悪の組織みたいのに知れたら大騒ぎだろうな。悪事や軍事に利用する輩が出て来る事は容易に想像できる。そういう観点で見れば、この爺さんは意外とまともなのかも知れないな。
***
俺が事故に遭った後の一年の間に、住んでたマンションは売却されていたらしい。それから保険金なんかは俺の口座に振り込まれていて、マンションの売却額と合わせてそこそこの金持ちになっていたようだ。
で、俺はどうすりゃいいんだって話だが、築20年くらいのアパートの一室をあてがわれている。高校生の一人暮らしにはちょうどいいオンボロアパートだ。
マッドサイエンティストの爺さんは表向きは町医者をやっているらしく、俺の後見人になってくれているようだ。
それにしてもあの爺さん、何者なんだろうな? 深入りするとヤバそうなニオイがプンプンするが、俺にはもう選択肢はなさそうだ。何しろナノマシンとかいうヤツの秘密を共有しちまってるからなぁ……
ともあれ、あの爺さんの病院から出た俺は、このアパートで落ち着くと、まずは渡されたマル秘資料に目を通した。
「なんだこりゃ……あンの爺ィ」
思わず悪態が口をついて出てしまう。
身体の中で活発に必要最大量まで増殖したナノマシン君達は、ウィルスなんかの異物が侵入してきたら勝手に撃退してくれるし、悪性の細胞なんかもきっちり治してくれるらしい。つまり俺は病気にならない健康優良児になったって事だ。
まあ、それだけなら喜ばしい事なんだけど。
「怪我の修復……ふむふむ……はぁ!?」
さっきの病気の話よりぶっ飛んでたのがこの怪我の項目。怪我をしたら元の状態に戻してくれる。これがナノマシン先輩の効能らしいんだが、物凄くぶっちゃけるとだな……
「つまり、腕が切れたら再生するし、腹に穴が空けば塞がるし、無いとは思うが心臓を落っことしたらそれすらも再生しちゃうって事か」
これだけ聞くとほとんど不死身みたいに聞こえるかも知れないけど、どうも生命活動が完全に停止した場合、ナノマシンも活動停止するらしい。ナノマシンは限界まで俺を生かそうとするけれど、死んじまったら終わりって事だ。
つまりこれが自己修復、自己増殖に当たる部分だな。
あとの自己進化って項目だけど……
「ああん? 何だこりゃ?」
自己進化についてはどうなるか予想できないそうだ。
俺の拙い知識から思うに、進化ってのは生物が環境に適応するためにより生きやすい能力を持ったり形を変えたり、つまりより便利になるって事だよな?
それを考えると、俺が日常生活でこれといって不便を感じないなら、進化は起きないのかも知れない。それにマル秘資料にはこうも書かれていた。
【儂が摂取したプロトタイプには自己進化機能はなかったのでな。ほっほっほ!】
ほっほっほ! じゃねえよバカヤロウ!
これじゃまるっきり俺が被検体1号として人身御供になったみてえじゃねえか!
【困った時には奥歯のスイッチをカチリじゃ】
俺はマル秘資料を床に放り投げ、ベッドに横たわった。何が奥歯のスイッチだ。どこのサイボーグだよ。
資料には腕輪型デバイスについての説明もあったが、とりあえずそれは後で読む事にし、そのまま眠りに落ちた。
***
そんな感じでな。なんだか得体の知れないモノになった気分と、これから話もした事のない年下の奴らと同級生をしなくちゃいけない憂鬱な気分が混ぜこぜになって、不機嫌な状態で登校している訳なんだよ。
さて、復学後の俺はどこのクラスに入るか分からんので、自分の下足箱を探すのにしばらく掛かった後、職員室へ向かった。
「はよーっす。今日から復学する事になった本田っすけど」
「おー、本田か! 元気そうで何よりだ。あたしが君の担任だよ」
「え、鈴木先生っすか」
「なんだよ、あたしじゃ不満か? コノヤロ! 一緒に生徒指導室に来いっ!」
このヒトは鈴木先生。大卒二年目とかで、まだ若くて元気いっぱいで生徒にも人気がある。さらに西欧系のハーフらしく、金髪碧眼の超美人にしてわがままボディの持ち主だ。フルネームは鈴木ジェンマとか、ジェンマ・スズキとかだったかな?
その上、男女問わずスキンシップが多いんだよなあ……実際今俺は、ヘッドロックを噛まされて生徒指導室に引きずり込まれている。横っ面にプニプニが当たってる。
「さて……君が生きていて良かったよ」
「あ、はい。ありがとうございます」
鈴木先生は急に真面目腐った顔でそんな事を言い始める。この人は一見おちゃらけた感じだけど、生徒の事は本当に親身になって考えてくれるらしい。だから俺の事も必要以上に気にかけてくれるんじゃないかな?
「こう言っちゃなんだけど、君はクラスメイトより年上だ。そしてあの大事故から生還した事で、良くも悪くも有名人になっている。いろいろ苦労もあるだろうけど、何かあったら先生に相談するんだぞ?」
「はーい。あざます」
そして俺達は、3年1組という教室に入った。ホームルーム前のガヤガヤとした懐かしい空気が、ガラガラという扉の音でシンと静まり返る。
そして鈴木先生に続いて俺が一歩教室に足を踏み入れた瞬間、教室は眩い光に包まれた。
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