2話 神崎神社
旧公民館での任務の翌日、枢坂は呪縛霊並みの顔色の悪さをしていた。仕方ない。彼は一晩中書類整理で寝てないのだ。
机に突っ伏して虚ろな目をする枢坂の元に、事務所の部下がやってきた。
「あらぁ、枢ちゃん。そんな顔色してると呪縛霊に間違われるわよ。」
彼、いや彼女と言った方がよいか。とにかく彼女の名前は新田レベッカ、枢坂探偵事務所の専属医師だ。彼女を含め、事務所の人員は全員呪縛解きだ。呪縛解きをグループとして活動させるのは、秘密を共有して助け合うことが可能だからという政府の方針だった。
新田は女医らしい格好をしているが、それに似合わず筋肉隆々でガタイが良い。声もテノールだ。本人は趣味と言ってるので、周りの人間は特に言及しないようにしている。
新田は枢坂に微笑むと、隣に湯気が立つ緑茶を置いた。
「ありがとう、新田ちゃん。ところで茶の種類は?」
「枢ちゃん大好物の玉露よ。」
「あぁ、身体にしみる。」
枢坂が大好物のお茶に舌鼓を打った。新田はお盆を置くと、部屋の中央にあるソファーに腰掛けた。
「それにしても、旧公民館にいた女の子。面白いわねぇ。」
「神崎縁のことか。」
「ええ。あんたの話から聞けばまだ子供らしいじゃない?子供が単独で呪縛解きとして活動することは政府は禁止してるのよ。」
「何か理由があるんだろ。好奇心に負けちまったとか。」
「全く、それで命を落としちゃあ元も子もないのに。呪縛解きは殉職率が高いんだから。」
二人がやれやれと溜め息をついてると、事務所のドアが開け放たれて、若い男性が入ってきた。
「すんません!遅れました。」
「遅いわよ、千葉ちゃん」
「10分遅刻だ。」
「ひょえぇ。」
千葉と呼ばれた茶髪の男性はヘコヘコと二人に謝罪した。彼もまた呪縛解きだ。
「いやぁ、彼女が朝から期間限定スイーツ買ってこいってうるさくて。おかげで五軒ははしごしましたよ。」
「鬼嫁にならないといいわね。」
「はは、冗談にならないです。」
新田は千葉に茶を出してやろうと給湯室に行った。千葉はどてっとソファーに座った。
「枢坂パイセン、顔色死んでますよ?さながら呪縛霊っすね。」
「今日そう言われるのは二回目だよ。昨日の任務とお前らの報告書まとめてて寝れなかったんだよ。」
「そりゃすいません。でももう終わったんでしょ?」
枢坂は頷いた。その時、千葉がニヤリと笑った。
「じゃあ先輩、気晴らしに散歩に行ったらどうすか?例えば神社とか。」
「まさかお前、俺が下した神社に商売繁盛のお守りを買いにいけというお使いを忘れてたのか?」
途端、枢坂の背後からみなぎる怒りのオーラが見えた。千葉はビビりながら上司にお願いのポーズをした。
「先輩!日々任務と鬼彼女で疲弊する俺の身も考えて下さい!」
後輩の頼みに枢坂は髪をかき上げると、長い長い溜息をついた。
「はぁぁぁ、わかったわかった。」
「ヒャッホホーーーー!!あ、先輩、この先真っ直ぐ行ったところに神社があるらしいです。」
「そうなのか?聞いたことないぞ。」
「変ですよね。神社と呪縛解きは密接に関わってるから予め政府から存在とか位置が教えられるのに。」
その時、新田がお茶を持ってきて千葉が喜んで口をつけた。枢坂は立ち上がると着なれた紺色のジャケットを羽織り、ドアノブに手をかけた。去り際、千葉が声をかけてきた。
「先輩、神社の名前は『神崎神社』っていうらしいです!」
***************************
のどかで自然と心が安らぐ春の土曜日。レンガで構成された道路を進めば次々に家族連れや部活帰りであろう学生たちとすれ違った。
スマホで「神崎神社」と調べれば、すぐにヒットした。事務所から徒歩15分。意外に近い。途中、近道で「小間商店街」を通り好物の茶菓子と抹茶の茶葉を購入した。これを事務所からの景色をつまみに頂くのはたまらない。全く、ここに引っ越し、事務所を立ててから少し経つが何回もリピートしている。
見たこともない神崎神社の風貌を頭に思い描きながら、歩を進めばあっという間に辿り着いた。神社は狭いろ路地裏を進んでいき、やがて竹藪だらけの道を通りぬけた場所に位置していた。
「道理で見たことないと思ったぜ。」
こんなややこしい道順をしていれば地元の人間でも迷ってしまうだろう。枢坂は買い物袋を抱えなおし、石段を上がった。頂上を登り、赤い鳥居をくぐればそこには懐かしさを感じるような、いかにもというような神社があった。右側には縄が巻かれたご神木があり、巫女装束を来た女性が人物がこちらに背を向けて箒で地面を掃いている。
枢坂は巫女に近づき、声をかけた。
「あの___」
「ふん♪ふふん♪お味噌汁は世界一♪」
「ちょっと__」
「豆腐を忘れたら厳禁♪」
「聞いてるんですか!」
「うひゃああ!!」
痺れを切らした枢坂に、巫女はびびって急いでこちらを向いた。
「もー、誰ですか急に__!?」
「いや、お守り売り場を聞きたくて__!?」
その瞬間枢坂は目を見開いた。なんと目の前に立っている巫女は昨夜の「神崎縁」だったのだ。よもやこんなに早く再会するとは…。
縁も同じようで、あわあわとして口を開いた。
「く、枢坂さんじゃないですか!!」
「そ、そういうお前は『神崎縁』か。」
「一体どうしてここに?」
「いや、事務所に置くお守りを買いたくてな。というかお前、神社の娘だったのか?」
「あ、はい!頼りない小娘ですが神崎神社数百代目の次期当主です!ああ、そうだ確かお守りでしたね。」
その後、枢坂は縁に案内され御守り売り場で商売繁盛と金運上昇の御守りを購入した。用事はそれだけだったが、縁がうちで茶を飲んでいけと彼を無理やり近所の自宅まで引っ張っていった。最も、「茶」に惹かれた枢坂は満更でもなかったが。
神崎邸は神社のすぐ真横にあった。古いなりだったが、大きくどこか威厳があった。枢坂は蔵屋敷が見える縁側に通された。
「立派な屋敷だな。」
「そうでしょう?そうでしょう?うちの先祖は金運の神様に愛されてたんですよ。」
縁は茶の椀を二つ置いた漆のお盆を抱えてくると枢坂の隣に腰かけた。枢坂は椀を取り、口をつけた。
「!美味い。」
「それは嬉しいです!うちはご先祖ほど裕福じゃないから贅沢できないけど茶葉だけは立派なものを取り寄せてるんで。」
「へえ、そりゃあ良いこった。茶は五臓六腑に染み渡る薬だからな。えっと、」
「縁でいいです、枢坂さん。」
「じゃあ縁、俺はこの一杯を飲んだら帰るよ。長居するのは失礼だからな。」
そう言うと、縁は頬を膨らまして残念そうな顔をした。
「えぇ、もう少しいましょうよ。昨日のこととか、色々話したいし。」
「そうしたいのは分かるが、俺は午後から仕事があ__」
そこまで言いかけた時、縁側に面する障子の向こうから足音が聞こえた。二人が後ろを向くと、障子が開け放たれおかっぱ頭のかわいらしい男の子が現れた。
「姉さん、お母さんが昼食の用意手伝いなさいって…!?」
「姉さん」という言葉から恐らく縁の弟であろう少年は枢坂の姿を目にすると呆然として見つめた。縁は、はっとすると弟に急いで枢坂を紹介した。
「な、
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
那由多少年は、姉の言葉を聞き終わる前に悲鳴を上げ逃げ出した。奥へと逃げる少年を縁は「待って」と追いかけていった。状況に目を丸くする枢坂が次に耳したのはこの言葉だった。
「おかあさんんんん!!姉さんが彼氏連れてきちゃったよぉぉぉぉぉ!!」
「いや、違うから…。」
枢坂の言葉は那由多の叫びにかき消されたのだった。
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