呪縛解き

渋谷滄溟

縁の章

1話 二人の呪縛解き

 

 枢坂探偵事務所_____


 繁華街のビルとビルの合間に挟まれ、それは立地していた。浮気調査、迷い犬の発見、そしてたまに警察からの応援要請。

 表向きはそんなもんだ。が、街中にひっそりと立つそれには裏の顔がある。


 それは、『呪縛解き』だ。







*********************





 繁華街であるN県小間市からほんの少し離れた田舎の廃屋。そこに枢坂探偵事務所の主、「枢坂連之助くるるさかれんのすけ

は車を走らせていた。

 空は暗黒、街灯やたまにすれ違う車体のライトが唯一の光だ。ラジオから流れる一昔前の流行曲を聞き流しながら彼は物思いをしていた。


「廃墟に、自殺者の呪縛霊か。」


 物思いの延長で出た独り言は車内に溶けた。彼はすっかり「呪縛解き」の仕事モードだ。

 車はその後さらに闇を走り、やがて枢坂は目的地に辿り着いた。乗りなれた車を下り、前を見つめる。

そこにはおんぼろで荒れ果てた旧公民館の廃墟がそびえたっていた。十数年前に廃墟となり、一年前に自殺者が発見された。それ以来、心霊スポットとなり、行方不明者も出ている。

 枢坂はどこか悪寒がした。が、首を振って、ワックスで上げた髪をかきあげ気を持ち直した。


「さてと、呪縛を解消しねぇとな。」





*************************



 枢坂の裏の仕事である「呪縛解き」は、端的に言えば霊媒師のようなものだ。世に対して何らかの呪縛を持つ悪霊、化け物からその呪縛を解消して成仏または討伐するのだ。但し呪縛を解くには“力”を要する。一般人には悪霊・化け物は視認可能だが、その呪縛は解けない。むしろ憑き殺されることすらある。呪縛を解くには、呪縛解きのもつ「浄化の御手」が必要なのである。呪縛解きが対象に触れ、祈ることにより完璧に成仏・討伐が可能だ。

 政府公認の存在であり、全国の神社が結託し、力を見出だされた者達は陰で呪縛解きとして暗躍することを命じられる。そのことは決して日の目を浴びることはなく、仮に死亡・負傷しても別の理由として処理される。謂わば闇の職業である。枢坂もその一人だ。

 

 玄関入口は呪縛霊か、不良のせいか知らないがバキバキに破壊されていた。そのため容易に侵入できた。  

が、中に入った途端異様に気持ち悪い臭いと冷風が押し寄せてきた。下水道のような悪臭に、枢坂は鼻を押さえて前に進んだ。辺りは当然真っ暗で、枢坂の懐中電灯がなければ手を伸ばすのでさえ恐ろしい。

 枢坂は色々部屋に入り、呪縛霊の居どころを探した。給湯室、礼法室、トイレ…。どこを探しても呪縛霊の気配は得られなかった。残るは大部屋といったところか。枢坂は老朽化した廊下を進んだ。

 その姿を監視されているとも知らず。


 ガタン。やけに軋むふすまを開け放つと、そこには埃っぽい空間が広がっていた。きっと閉館される前は子供や地域住民の声であふれていたのだろう。だが、今は机を各々散らばり、障子の紙も猫にやられたようにビリビリに引き裂かれていた。ここにもやはり的はいない。

「ダメ押しでもう一回見回るか。」

 枢坂が溜息をつき、踵を返そうとした時だった。



ドゴッ!!


「あいてっ!!」


 耳がつんざくような女の声が響いた。場慣れしている枢坂でさえ、肩が一瞬跳ねた。何かをぶつけた鈍い音、そして悲痛な声。全ては暗闇の風景の端にある机の下から聞こえた。

 呪縛霊の気配ではない。ならば人か?

 枢坂は息をのんでライトを向け、言い放った。

「誰かいるなら出てこい。心配はない、俺は何も危害は加えないぞ。」

 

 沈黙と静寂


 やはり相手は相当警戒してるだろう。だが、今ここで正体を突き止めておかないとこれからの任務に支障がでる。下手すれば被害者がでるかもしれない。一応、自分も悪人ではない。部外者を巻き込ませるのはごめんだ。

 枢坂がもう一度声を掛けようとしたその時だった。


「本当にあなた何もしない?警察とか警備員じゃない?」

 机下の者がしゃべった。枢坂はしつこいというように返した。

「何にもせんよ。それにそういう職業でもない。ただ、その、個人的な用事でここにいる。」


 問答の後、机からするりと何者かがでてきた。ライトを照らせば、そこには少女が立っていた。セーラー服の上から赤色のパーカーを羽織っており、顔はフードで見えない。見た目から恐らく高校生だろう。少女はフードの下から枢坂を一瞥した。

「何者?廃墟探検者?」


「あー、まあそんなとこだな。」

 真っ赤な嘘だ。だが、相手が一般人だとしたらバレないほうがいい。

「俺は枢坂っていうもんだ。嬢ちゃんはどうしてここにいるんだ?それにさっきのお悲鳴はなんだ?」

「えっと、私も個人的なことです。あとさっきのは頭をぶつけちゃって。」


 話してみれば普通の人間だ。やれやれ女子高生が廃墟探検か。全く最近の子供の考えていることはわからない。ともかく、一刻も早く出て行ってもらおう。

「嬢ちゃん、ここは不良が出るって危ないところだぜ。早く帰んな。」

「!い、いえまだ帰れません。それに危ないのはお兄さんの方かもしれないです。」

「ほう。」

「ここ、悪霊が出るんです。だから調べに来ているんです。」

 この女、もしや同業者か?枢坂は尋ねようと口をひらいた時だった。

「あ、危ない!!。」

 少女が叫び、その場所から飛びどいた。枢坂も急いで横にずれた。何かが勢いよく二人の間に通りぬけた。長い長い首筋、そして白い白い肌の色。その先端にあるのは、女の頭部だった。


「ひえぇ。」

 少女が小さいうめき声を出した。枢坂は急いで、首の出現場所を辿った。どうやら首はぼろぼろの屋根から飛び出ていた。首には縄が巻き付いている。

「ろくろ首の一種?」

「いや、確か自殺した奴は首吊りだったらしいから、その霊だろう。」


 的を見つけた。だが、今は何としてでも少女の命優先だ。

「おい、逃げろ!ここは俺がなんとかする!」

「で、でもわたしは…。」

「いいから、はや___」

 

 その時、頭部がぎゅるりと後ろを向き、二人を見つめた。瞳はまっくろで恐ろしいほど肌が白い。黄ばんでギザギザの歯をしまっている口は頬まで裂けてニタァと笑みを浮かべている。二人は息をのんだ。その瞬間、首は枢坂にかみつきかかってきた。

「クソッ!」

 ギリギリ避けれた。少女が心配して駆け寄ってくる。

「枢坂さん!うぎゃっ」

 が、首の呪縛霊は方向転換をすると少女に突進して派手に転ばせた。少女は尻を押さえてうめいている。枢坂は彼女を庇うように駆け寄り、周りを見回した。

 

 怨霊どもの呪縛をとくには一定の状況が必要だ。一つ、怨霊たちを心から安心させ敵意をなくした状況。二つ、怨霊が命の危機を感じている状況。

 この呪縛霊を安心させる方法は思いつかない。だが、二つ目の状況なら…。

 

 枢坂は少女を立たせ、手を引いて広間を出た。その後ろを首が容赦なく追いかけてくる。

「どこに行くんですか!?」

「なに、ちょっと策が浮かんだんだ。」 

 

 その途端、首が二人の横に来た。気持ち悪い口から舌がのびてくる。少女は枢坂の手を離すと、近くに落ちていた固定型電話を拾い首にぶつけた。

「こんにゃろ!あっちいって!」

 首は痛みで顔を歪めている。チャンスだ。枢坂は少女の肩を叩き、ともに走った。向かう場所は給湯室。入室すると、少女は急いで鍵を閉め、へたり込んだ。枢坂は棚に置かれている埃を帯びた電子レンジをひっつかんみ、コンセントから外した。

「それを武器にするんですか?」

「違う、目当てはこのコードだ。悪いが、ハサミを探してくれないか?」

「は、はい!」

 少女は棚を物色し、銀の料理ばさみを発見し枢坂に渡した。枢坂は礼を言うと、電子レンジの電気コードを切り始めた。その途端、給湯室のドアに衝撃が響き渡った。

「追いつかれてる!」

「もう少しだ!」

 電気コードの切断に成功した。その直後、また衝撃が響き渡った。枢坂はドアの横に少女を連れて待機した。そしてまた衝撃が響き渡り、今度は金属音がした。老朽化した鍵が壊れたのだ。それは首が侵入可能の合図だった。次の瞬間、にゅるりと怒りに満ちた首がゆっくりと現れた。ドアの横にいる二人には気づいていない。枢坂は飛びだし、首に電気コードを巻き付け力いっぱい締め付けた。

「゛うあぁぁぁぁぎゃぁぁ!!」

 首がこの世の終わりかのような叫び声をあげた。枢坂の考えは、こうだ。

 死因が首吊りだったのなら、その死の過程で必ず命の危機を感じている。ならば同じような状況を作ってしまえばいい。

 首は尋常ではないほど苦しんでいる様だ、枢坂は「当たった。」と口元をほころばせた。そのまま呪縛を解こうとしたが、如何せんかなり相手が暴れている。油断すればこちらが吹っ飛ばされる。その時だった。ドアの陰から少女が出てきた。

「おい、危ないからそこにいろ!」

 枢坂は声をかけるが、少女は何も言わず呪縛霊の首筋に触れた。その途端、水晶の如く美しい碧色の光が少女の手からあふれた。あれは____


「浄化の御手?」

 

 まさか少女も枢坂と”同じ側”だったのだ。呆然とする枢坂をよそに少女は冷静に首に触れ続けた。光は優しく首を包み込んだ。首の表情が、段々柔らかくなる。


『ごめんなさい、死んじゃってごめんなさい、お、か、あさん…。』


 首が弱弱しくうめいた。その目からは涙が流れている。少女は微笑んで首筋を撫でた。

「苦しかったでしょう?さあ早くこの世を捨てて旅立ってください。」

『う、ん』


 首はうなずくと安らかな表情で、光にすべてを包まれた。次に見たときにはすでに消滅していてわずかな光が散らばっているだけだった。枢坂は目を何回かしばたき、少女を見た。少女の方は切なげに首がいた場所を見つめていた。だが、顔を上げ枢坂に微笑んだ。

「呪縛霊がいなくなって大分空気がよくなりましたね。もうでましょうか?」





************



「驚いたよ、まさかこっち側だったなんてな。」


 事の後、二人は廃墟を出た。なんだか両方疲れた表情をしていた。少女は少し背中を伸ばして枢坂に笑いかけた。

「こっちも同じでしたよ。枢坂さんも呪縛解きだったなんて。私、最初あなたのこと、変人だって思ってたんですよ。」

「それは不服だな。」

 枢坂は苦笑するとスーツの胸ポケットから煙草を取り出して火をつけた。一つ吸い、ふうっと煙を吐いた。

「まあ、なんだ。二人とも無事だったから良かったよ。それじゃ俺はもう帰るわ。報告書をたんまりと書かないといけないんでな。」

「私もです。そろそろ行かないと家族が心配するし、それにお母さん特製味噌汁が私を待っているので!」

 少女は「えへへ」と言うと、まっすぐ道をもと来た道を歩き出した。枢坂はしばらくその後ろ姿を見つめていたが、やがて思い出したかのように彼女に声をかけた。

「おい、嬢ちゃん、名前はなんていうんだ?」


 少女は立ち止まると振り返り、フードを外し枢坂を見つめた。

  取られたフードの下から現れたのは、ショートボブで可愛らしく凛々しさも併せ持った若き乙女の顔だった。


「私の名前はえにし、神崎縁です。」


 それだけ言うと、縁はまた歩き出した。枢坂も煙草の煙を吹き、「縁か。」とつぶやくと車にもどっていった。



 

 これが、世に暗躍する二人の呪縛解きの初遭蓬だった。





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