第5話 緊急招集
疲労から完全に爆睡していたケントは、3時間ほどで吉音に起こされた。
緊急事態以外は起こすなと言ったから、起こされた理由は緊急事態だ。
「至急、王宮へ集まるようにと、ケンジントン公からの命令ズラ」
そう吉音は端的にそう報告した。
ケンジントン公は王国の宰相。爵位は公爵で貴族を束ねる立場だ。
アイリーンの父親であるディップ侯爵とは政治的に対立関係であり、2人で貴族の勢力を2分している。
経験を重ねた油断のならない策略家であるが、貴族たちからは人望があった。年齢は70を超える。口うるさく嫌な奴だとケントは思っていたが、この老人の国王に対する忠誠は疑いがない。
その宰相が至急、4王子と都にいる貴族に招集をかけたのだ。これは何かが起こったと考えるべきである。
そしてその予感は当たってしまった。
城の王の間と呼ばれる大広間で宰相から知らされたのは『国王崩御』であった。
「陛下は1か月前にご逝去された。アルトリアとの戦争の真っ最中であったため、ご逝去されたことは秘密とした。これは亡き陛下の意志である」
そうケンジントン公は説明する。確かに決戦前に国王が亡くなったことが前線に伝われば、リーグラード軍は戦意を低下させるおそれがあった。
そうなればアルトリア帝国軍が勢いづき、形勢は逆転してしまったかもしれない。国の存亡がかかっている。国王の死は隠さねばならなかった。
これは誰もが納得するしかないことであろう。
しかしケントとしては、この展開は予想外。そして何か陰謀の臭いがする。
そもそも、遠征に出ていた自分やまだ子供のローランド王子はともかく、首都にいた長男のメイソン王子と次男のイライジャ王子もこのことを知らなかったようだ。
(無能な奴らだ……)
何かにつけて王に会えない、王が姿を現さない。これは何かあると感づくはずなのに、両兄とも呑気に王都で暮らしていたようだ。
ケントは父親である国王が死んだと聞いても、悲しい気持ちになれなかった。父である国王との思い出はそれほどなく、幼少の頃に触れ合った記憶はほとんどない。可愛がってもらった記憶はゼロである。
それどころか、成長して軍に入っても会ったのは数えても10本の指で事足りる。能力を買ってくれて重用されたと言っても、愛情からではない。
あくまでも部下と上司という関係に過ぎない。だから亡くなったと聞いてもそれほど悲しむ気持ちにはなれなかった。
母親も妹を生んだ時に、産褥熱にかかり亡くなってしまった。もう13年以上前だ。当時5歳のケントには少しくらい記憶があるはずだが、とある理由で全く記憶から消えていた。
(父王が病死というのは本当かもしれないが、それを宰相が利用することは十分に考えられる……)
ケント王子はケンジントン公爵の詳しい経緯説明を聞きつつ、考えを巡らす。王族が揃っている右列の対面には有力貴族が並んで立っている。その2番目にアイリーンの父親であるディップ侯爵がいる。
彼は副宰相でケンジントン公とは政敵同士である。きっとこの状況を分析し、今後の展開を考えているに違いない。
(……いや、ちょっと待て……)
ケントは違和感を覚えた。
政局に疎いまぬけな兄2人はともかく、副宰相であるディップ侯爵まで国王が死んだことに気づかないはずはない。ケンジントン公ほど切れる男ではないが、貴族の勢力を2分するほどのしたたかさは健在だ。
ケントは話を聞いているディップ侯爵の口角が上がっているのに気付いた。目は笑っていないが、明らかにニヤついている。
何かいいことがあったのだろうか。
(国王が死んだというのに不謹慎な……)
一瞬そう思ったが、左列の貴族。特に高位の者たちの様子がおかしい。
これからケンジントン公爵が話すことを知っているみたいである。
「国王陛下の国葬は一週間後に執り行う。なお、国葬の代表者は長男であるメイソン王子とする」
どよどよ……。ひそひそ……。
ケンジントン公爵のこの言葉に多くの貴族たちが思わずどよめいた。
いや、既におかしいと気づいたケントは、一部の大貴族たちだけが微動だにしないことで確信をもった。
(ケンジントン公の奴……何か企んでいる)
慣例では国葬の代表は次期国王が行う。
ただ、皇太子がはっきりと決められていない今の状況では、長男のメイソンが国葬の代表者に任命されるのはおかしなことではない。
しかし、国王となると別である。能力や人望、外交面からも明らかに優秀なケントが次期国王であることは誰の目にも明らかである。
そうケントは信じていた。
(まあ、ディップ侯爵あたりが異議を唱えるはず……)
意義を唱えたところで、きっとケンジントン公爵は国王の遺言だと突っぱねるだろう。
だが、意義を唱えることでケントが次期国王の有力候補であることを今一度、全貴族たちの前で知らしめることができる。
(いけ、ディップ侯爵……)
ケントはそう念じてディップ侯爵の顔を見る。ディップ侯爵も偶然にケントと目があった。
(そうだ、お前が異議を唱えるのだ。そうなればお前の娘は次期王妃。お前は外戚としてケンジントン公爵を越えられる……)
ケントは促すようにゆっくりと頷いた。
ケントの意思は伝わったはずだ。
だが、ケントの予想外のことが起きた。
ディップ侯爵はにやにや笑い、そして目を背けたのだ。
ケントを拒否するかのように。
(ど、どういうことだ!)
(権力争いに敏感なお前なら、ここで発言するだろうが!)
(このまま、次の跡継ぎにメイソンがなって見ろ。お前はケンジントン公爵に追われて中央政界から去ることになる……いや、待て……)
ここに来てケント王子は、ケンジントン公爵の壮大な計ごとの全容に気づい
た。自分の権力を強化し、そして政敵の貴族たちも抑え込む一手。
そのために邪魔な人間は、次期国王だと言われる評判の高い王子。
つまり自分をなんとか始末するはずだ。
(アイリーンは昨晩、いつものように俺に迫ってきた。あの時点では父親の侯爵は俺の味方だったはずだ……アイリーンは少なくとも何も知らなかったはず)
昨晩のアイリーンとの甘いひと時を思い出すケント。
ケンジントン公爵は厳かに分厚い紙を取り出して、それを広げた。そして高らかにそれを読み上げる。
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