第4話 可愛いロイスのお姫様

 翌朝。眠い目をこすりつつ、ケントは吉音に促されて、部屋を出て馬車に乗っている。

「昨晩はお楽しみズラ」

 定番の台詞を吐く吉音。頭の狐耳がピクピク動いている。

 吉音の嫌味にすぐに反応しない。(昨日はいつになく激しかったな……)とぼーっと頭で考えている。

 昨晩からのアイリーンとの会話を思い出すと、自然と顔がにやにやしてしまう。吉音はそんなケントを実に気持ち悪いと思った。

「アイリーンの奴が正妃にしろとうるさくてな。黙らせるために一晩中頑張ったぜ」

「相変わらずゲスいでズラ」

 吉音はそう小さな声でつぶやいた。

 アイリーンはケントの幼馴染であるが、父である副宰相の命令でケントに近づいているということは明らかであった。

 アイリーンにはケントと結婚し、やがて王妃となるという思惑がある。

 これは実家のディップ家の権力拡大が目的なのは間違いがない。

 ケントがそれを知っているのか知らないのかは分からないが、その思いを利用しているという形になっている。

(そして今から屋敷に行くともう一人、そんな立場の奴がいるズラ)

 ケント王子の屋敷の前に豪華な馬車が止まっていた。

 蔦と2羽の小鳥があしらわれた紋章がある。

 ロイス王家の紋章だ。

 馬車の主はロイス王国王女のマリアーノに間違いない。

 本人は玄関ホールでケントのことを待っていた。

「ケント王子、昨晩はどこへ行っていらしたのですか?」

 玄関のドアを開けて入ってきたケントの胸に飛び込んで来た。

 なんの躊躇もない。すべてを捧げているからなせる業だ。

「いや、昨日は祝勝会で飲みすぎてね。今まで城で休憩していたのだ」

 ケントは嘘をついた。よく咄嗟に、でまかせが言えるものだと吉音は思った。

(ゲスは死ねズラ!)

 その言葉を聞いて、マリアーノ王女の顔がぱっと輝いた。

(笑顔を作る前に一瞬だけ目が死んでいたズラ……王子の嘘はお見通しのようズラ)

 吉音は見逃さなかったが、馬鹿な王子はマリアーノの健気な態度にメロメロである。

 昨晩、あれだけ幼馴染の恋人アイリーンに結婚を迫られていたのに、こっちの王女にもデレデレである。

「せっかく来たのだ。くつろぐといい」

 そうケントはマリアーノ王女を自分の部屋へと誘う。

 マリアーノ王女はニコニコと笑い、ケント王子の腕に絡みつき、胸をわざとらしく密着させてついて行く。

(やれやれ……。ゲス王子も早朝から2試合目に突入ズラ)

 吉音はあきれかえるが、大きな手柄を立てて次期国王に王手をかけたケントに媚びる2人のお姫様の必死さには理解を示す。

 2人ともケントのことが好きなのか嫌いなのか定かではないが、彼と結婚して手に入る『王妃』という地位は何物にも代えがたい。

 やがて甘いささやき声と激しい声が響く。ついでに豪華なベッドがきしむ音がする。ケント王子の動きにベッドのフレームが悲鳴を上げる。

(と同時に王女様の悲鳴も重なるズラ……)

 やれやれと吉音は部屋の前から去った。しばらくはお呼びがかからなそうだ。

 あとは屋敷の召使いに任せておけばよい。

 やがて2時間ほど経った。

 頬をピンクに染め、髪も乱れたマリアーノ王女がそそくさと部屋を退出した。馬車に乗って屋敷へと帰って行く。

 きっと屋敷には実家の王国から派遣された大使が控えていて、王妃への道の進捗状況を報告すると思われる。

 そんな王女とは対照的にケントはベッドに全裸でぐったりしている。

 一応、下半身はバスタオルで覆っている。

 吉音はケントの着替えをもって部屋に入っていた。

 入りたくもないし、見たくもないが侍従の仕事をしないといけない。着替えを運ぶことは本来、侍女が行うであろう仕事であるが吉音が行う。

 こういうみっともないところを侍女に見せたくないというケントの薄っぺらい見栄のせいだ。

「ケント王子、朝からお楽しみズラ」

「……その台詞、2時間前にも聞いたぞ」

「頑張りすぎると早死にするズラ」

「この程度で俺が死ぬものか」

 そうケントは言ったが、吉音の見立てでは何やら思い悩んでいる風である。

 どうせ、マリアーノ王女にも正妃にしろと迫られ、アイリーンと天秤にかけ悩んでいるのであろうと吉音は思った。

(とことんゲスい……ズラ)

 心の中でそう言ったが、ゲスでも主人である。悩んでいる主人に助言するのも侍従の務めだ。

「主様、2人の姫が幸せになるよい方法があるズラ」

 吉音は以前から考えていたことを言う。

 悩んでいたケントが吉音に視線を向ける。

 やっぱり、女のことで悩んでいたのは正解だと吉音はげんなりした。

「王妃を2人にすればいいズラ」

「……はあ?」

「だから、マリアーノもアイリーンも王妃にすればよいズラ」

「……そんなことはとっくの昔に検討した。だが、一応、一夫一婦制が建前の教会が許さないだろう」

 一応、この国の宗教であるアズガルド教は正式には多妻制を認めていない。実際は有力貴族、王族は正妻と側室、愛妾を抱えているケースが多い。教会はそれを黙認している。

 しかし、王妃となるとさすがに問題があるだろう。国に王妃は一人というのが昔からの決まりだ。現にケントの母は王妃だったが、兄の母親たちは側室である。

「でもアズガルド教の教義にはそういう記述はないズラ。王室典範には王妃及びそれに代わるものを置くことを認めると書いてあるズラ。さらに外国の王女たる女性は王妃の待遇を与えるともあるズラ」

 そう言って吉音は王室典範の書いてある書物を開く。付箋をして関連ページをチェックしていたのだ。

 それを熟読したケントはポンと思わず手を叩いた。

「おお、この解釈は思いつかなかった!」

(やっぱり、乗るズラ……まさにゲスの極みズラ)

 王妃は一人と決まっているというのは、これまでの慣習からであり、王室典範にもアズガルド教の経典にもそんな記述はない。

 国によっては第1王妃、第2王妃、第3王妃などと複数立てる国もあると聞く。リーグラード王国でもやろうと思えば国王の権力で強引にやれなくはないが、やはりそれだと王としての品格を疑われる。

 しかし国王一家のありようを記した王室典範によれば、アイリーンを王妃にすればマリアーノは王妃待遇の身分を与えられるという解釈になる。つまり法律上でも問題がないと言えなくはない。

「うんうん、その解釈でいこう。アイリーンが第1王妃でマリアーノが第2王妃。2人とも王妃の地位が欲しいのだから文句は言うまい」

 そういうとケント王子はふとんを被って横たわる。疲労で目もうつろである。

「俺は疲れたから寝る。緊急時以外は起こすなよ」

 そう言った途端にいびきをかき始めた。やはり連続試合での登板はかなり体力を消耗したようだ。アイリーンに最低でも4回。マリアーノに2回は挑んだはずだ。

(はいはい、眠るズラ。寝ている時だけが幸せズラ。王妃2人に囲まれた幸せな夢でも見るズラ。でも、ケント王子。王妃2人を立てればよいなどとゲスな考えをしているうちは本当の愛はえられないズラ……)

 部屋を後にした吉音は、なぜかこの調子に乗った王子に天誅が下るのではないかと不意に思った。背筋に冷たいものが走る。

 吉音には悪い予感がするたびにこういうことが起こる。

(こういう時はほとんどロクでもないことに巻き込まれるズラ)

 吉音は嫌な予感を打ち消したいと首を左右に振った。

 主人の王子はイケメンだが女にだらしないイケゲス王子である。しかし吉音は王子の能力は買っている。

 まだ若いからおだてられて調子に乗っているだけだ。吉音が見たところ、ゲスな性格はいただけないが、それももてまくっている状況に欲望を忠実に実行しているだけだ。

 年を重ねちゃんとした教育を受け、周りに正しく導く人間がいれば大きく化ける可能性はある。特にしっかりした伴侶がいれば変わる。

(そう考えると王子の伴侶はマリアーノ王女やアイリーン姫ではだめズラ)

 なぜだか吉音はそんなことを考えた。

 どんな女性がケントの伴侶にふさわしいのか全く答えは分からないが。

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