第3話 ツンな幼馴染

 やがて、宰相のケンジントン公爵が現れた。そして国王が体調を崩したので、この祝賀会に臨席しないと告げた。

 国王の臨席がなくなったので、出席していた貴族たちはがっかりしたようだが、それが返って次の後継者へのアプローチへの熱に変わった。

 当然ながらケント王子に挨拶をしにやってくる貴族は多い。中には自分の娘を紹介してくる者もいる。

 中にはケント好みの令嬢もいて、ケントの食指が動く。

そういう令嬢の名前と容姿を必死に頭へ叩き込み、後からデートの約束を取り付けようと考える。

 吉音が傍にいれば、吉音がすぐに名前を記録するのであるが、残念ながらこの場は招待された貴族か少佐以上の軍人しか入場できない。

「ケント兄さま、お帰りなさい」

 懐かしい声が聞こえて来た。

 ケント王子の下の弟、ローランド王子である。

 彼はまだ13歳の少年で、第4皇子。彼もメイソンやイライジャと同じく側室の子供である。母親は南方の大商人の娘である。

 なかなかの美少年であるから、ご令嬢たちの人気という点では、将来はケントの強力なライバルとなるであろう。

 ケントとは5歳離れていたが仲が良かった。

 ローランド王子はいつも笑顔の明るい少年で、いつもケントのことを慕っていた。

 ケントもこの3歳離れた腹違いの弟を可愛がっていた。

 彼が15歳になったら、自分の副官として初陣をさせてやろうと思っているくらいだ。そんなローランド王子が満面の笑みを浮かべている。

「ケント兄さまの発案で帝国軍を罠にはめて、せん滅したと聞いております。さすが兄さま。いつも見事な作戦でわが軍を勝利に導いておられます」

 そうローランドはケントのことを褒める。

 年少の弟に褒められると、ケントも無性にうれしくなる。

「まあ、地形を把握し、敵の将軍の性格を把握すれば問題ないことさ」

 ケントはそう答えた。戦上手な人間の答えそうな言葉だ。

「さすが兄さま。戦神と称される戦争の天才ぶりに僕は感動します。ああ、僕は弟として実に誇らしいです」

 ローランド王子の目は光り輝いている。心の底から優秀な兄に心酔する弟の目である。ケントはますます気分が良くなる。

「ローランド。戦いは指揮官だけが優秀だけでは勝てない。忠実にそして勇敢に戦っている兵士たちのおかげでもある」

 ケントはここで思ってもいないことを口にした。

 本当は自分の作戦のおかげで、兵士の質が底辺でも勝てたと思っている。

 それをあえて、自分の力だけではないと話す。

 もちろん、謙遜することで自分の名声を高める計算なのだ。聞いている貴族たちが感心して頷いている。

「兄さまは素晴らしいです。ご自分の手柄を自慢しない。まさに王者の風格です」

 そうさらにほめちぎるローランド王子。会話を聞いている貴族たちも口々に追従し褒めまくる。

 もうケントは褒め殺しさせられているようで、鼻がムズムズしてくる。それが褒めすぎだと分かっていても心が躍る。

 ローランドとの会話が途切れると、堰を切ったかのようにいろんな貴族がケントへの挨拶を再開する。みんな名前を覚えてもらおうと必死だ。

 ケントが次期国王になれば、そのことが自分の出世につながる可能性がある。酒の席は昔から貪欲が渦巻く場であるのだ。

 ケントは若いながらもそういうことを理解している。それがあまり気持ちの良いものではないこともだ。

 しかしこの祝宴の主賓だから仕方がない。ケントはこの後も2時間ほど貴族たちと歓談をした。ほぼ全員となんやかんやで言葉をかけ、やっとケントはやっとパーティ会場から逃れることができた。

「主様、もうお待ちでズラ」

 そう吉音が案内する城の一角の部屋には、幼馴染のアイリーンが黒髪を揺らして待っていた。

「ケント、遅かったじゃない!」

 ケントが部屋に入るとアイリーンはプンプンと怒っていた。そしてわざとらしく扉の反対側の窓へ体を向ける。

 どうやら、かなり前からこの部屋に来ていたようだ。可愛い奴だとケントはにやりとした。

「今日のパーティは俺が主役だ。主役が早々に抜け出るわけにはいかないだろう?」

 ケントはそう言ってアイリーンを後ろからそっと抱きしめようとしたが、アイリーンはするりと腕から抜け出た。

「このわたしを待たせるなんて、いつからそんなに偉くなったのかしら?」

 そういってアイリーンはまた顔をそむける。

 ケントは心の中で叫ぶ。

(キター。いつものツンデレ、ごちそうさま!)

 そう幼馴染のアイリーンはツンデレお姫なのだ。

 ケントにとっては、ツンデレは超ドストライク。しかも、アイリーンはツンの後のデレがもうたまらなく可愛いのだ。

「ずいぶんとご機嫌ななめだね、アイリーン」

「決まっているわ。このわたしがわざわざ来てあげたのに待たせるなんて。本来なら、部屋で出迎えて膝をつき手を取ってわたしを歓迎するべきだわ」

「はいはい。それでは俺のお姫様」

 ケントは左ひざをついてアイリーンの手を取る。

 そして手の甲に軽くキスをした。

 アイリーンがこういう態度に弱いことを知っていての行動だ。

「そ、そういう態度が取れれば、遊んであげてもいいわよ」

 顔を赤らめてうつむくアイリーン。

 少し目が吊り上がった勝気な表情が崩れていく。

(ほえ~っ。この幼馴染、めっちゃかわええええっ~)

 もうケントとしてはすぐにでも押し倒したい気分だ。

 だが、ケントももう大人だ。若さに任せてがっつくよりも、もっと楽しむ方法を知っている。

「遊んであげる?」

 そうアイリーンの言葉を繰り返した。

「そうよ。この忙しいわたしがわざわざ遊んであげるのよ」

「そうか~。じゃあ、別にアイリーンじゃなくてもいいよ。忙しいなら今度ね」

 ケントはわざとそんなことを言った。楽しむための一石だ。

とたんにアイリーンの表情が変わる。

 ケントはその表情を確かめた上でゆっくりと振り返り、興味を失ったかのような振りをした。

 アイリーンはすぐに駆け寄り、ケントの上着の裾を掴む。

(はい、キター!)

(ちょろツンデレ姫!)

「ま、待ってよ。嘘、嘘、本当はあなたに会えてうれしいの!」

 顔を真っ赤にしてそう告白するアイリーン。振り返ったケントはにやりと笑った。

(はいはい、ここからお約束のデレタイム!)

「なんだ、俺に会えてうれしいとかかわいいことを言うじゃないか」

「ば、ばか~」

 ポクポクとケントの胸を叩く。

(ほえ~っつ。可愛くて萌え死ぬ~っ)

「い、一か月ぶりなのだから、意地悪なこと言わないで!」

「そうか、アイリーンと二人きりで会うのは一か月ぶりか」

 もう心臓バクバクで戦闘態勢オッケーのケントは、それでも落ち着いた振りをしてそう答えた。

「もう心配だったの……だから……」

「はいはい、それじゃあ、1か月ぶりにアイリーンと遊ぼうか」

「きゃっ!」

 ケントはアイリーンをお姫様抱っこする。アイリーンは自然とケントの頭を両手で包み込む。アイリーンのなけなしの胸が顔に当たる。

(やっべ。この感触がたまらんぜ~っ)

 そしてポンとベッドに放り投げた。

 クッションがよい高級ベッドなので、アイリーンは弾むように横たわる。

「それでは戦場帰りの肉食獣が、かわいいウサギさんに襲い掛かりま~す」

「ば、ばか~っ!」

 ケントは容赦なくアイリーンの華奢な体にダイビングした。そして柔らかい双丘に顔を埋める。マリアーノ王女はそれこそ、うずまるほどの肉の豊かさがあるが、アイリーンは慎ましい。

 しかし、この慎ましさが返ってケント王子を興奮させる。

「ああ~っ。なんて可愛いのだ、アイリーン」

「あん、ケント。激しくしちゃ嫌」

「いいじゃないか、俺とお前の仲じゃないか」

 ケントはアイリーンのドレスを脱がせにかかる。

 自分も上着を脱ぎ棄て、ツンデレ姫の下着に手をかける。

「ケント、約束して。私をあなたの正妃にしてよ」

 ケントに生まれたままの姿のされたアイリーンは右手で胸、左手で下半身を隠す。最後の抵抗だ。

「うん、うん……考えておくよ。悪いようにはしない」

「約束よ……。あんな王女なんかには負けたくない」

「はいはい、アイリーンは俺の一番の女だよ」

「……本当に?……うれしい」

 アイリーンは秘部を公開して両手を広げてケントの頭を抱きしめた。2人は激しく口を吸い合う。もう言葉はいらないだろう。

 ケントの戦場での欲求不満はアイリーンによって一気に解消されていく。

「はあ~。主様は本当に馬鹿ズラ」

 部屋の外の扉で聞き耳を立てていた吉音。毎度のことながら、自分の主人の行動にあきれている。

「主様はまったく女を理解していないでズラ」

 吉音はドアから耳を離すとポンポンと自分のエプロンドレスをはたいた。

 興味深そうに吉音を見ていたドアの前を守る衛兵に片眼をつむる。

 それを見て衛兵は背筋を再びピンと張った。

 ケントもこれまではアイリーンとマリアーノの要求を適当にはぐらかせて関係を続けてきたが、そろそろ年貢の納め時になってきたようだ。

 ケントは自分のペースで事を進めていると思っているが、この異種族の侍従少女の目からは、したたかな女豹に標的にされているように映る。

 いや、寄生植物に絡まれた大木のようかもしれない。徐々に絞められ、弱っていくのだ。

(そのうち、気づけばいいズラ。でも、一生気づかないのも案外幸せズラ)

 吉音はそう思う。地位も金もある人間が真実の愛を掴むとは限らない。

 金や地位の続く間だけ、仮の愛情に包まれている男の多いこと。

 そういう男は金や地位が無くなれば同時に女も失う。

 女とはそういう生き物でもある。しかしそれは女のせいではない。

 この世界では、そうしないと女は自分の人生が成り立たないことが多いからだ。特に貴族階級は顕著である。

 言ってみれば女は自分の幸せのために男を利用しているのだ。それは否定できる概念ではない。誰でも自分の幸せが一番なのだ。

 もちろん、それとは別の概念もあることは吉音も承知している。

「それではウチは下がるズラ。衛兵さん、イケゲス王子の護衛を頼むでズラ。ウチは明日の朝に王子を迎えに来るズラ」

 久しぶりに帰国した王子である。明日からもいろいろと忙しくなる。王子の傍らで王子の相談相手をしつつ、王子のプライベート管理の仕事を全てこなす吉音は忙しいのだ。

 元来、怠け者の彼女にとっては非常に不本意ではあるが……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る