ブリガンダイン

赤座かえ

護る男

【とあるよく晴れた日】


空気を切り裂く轟音と共にビル群が溶解し、崩れていく。何百人もの人々が一瞬で黒焦げの物体へと変質し、無惨に落下していく。

緊急事態に気付いた人々は慌てて部屋から飛び出し、東京の道路はいきなり数多の人々でごった返した。

そんな人々を灼熱のレーザーがあっさりと焼き払う。大地は割れ、人や建物は焼け焦げ、まさに地獄絵図と化していた。


空には一つの黒い影が浮いていた。人間とほぼ同じ大きさで、形状も似ている。しかし明らかに人間ではない。

体は真っ黒で、煤のようなモヤが体を覆っている。足が異常に発達していて、獣のような爪が左右に三本づつ。腕はないが、背中からは片方三メートルほどの翼が対になって伸びている。翼の根本、背中には大きな筋肉の塊がついていて、その力で羽ばたき、飛んでいるようだ。

そして最大の特徴。腹部に刺さっているように存在している巨大な砲台。赫色に発光しているラインが走っている。

ゴォォォーという音が鳴り始め、砲口に真っ赤な光が集まっていく。それが光の球体を生成したと思った次の瞬間、太いレーザーが地上を焼き払った。

人が次々と死んでいく。


それは殺戮兵器だったのだ。


【守護者】


「カンタ! 晩御飯よ!」

友達と田んぼで遊んでいると、母親の声が聞こえてきた。わざわざ呼びに来てくれたのだろう。そういえばいつの間にか辺りはすっかり暗くなっていた。

「はーい」

「じゃあなカンタ、また明日」

「うん、明日また学校でね」

友達と別れ、カンタ少年は母親の元へ駆け寄った。

「帰りましょうか」


家の食卓にはいつも通り、母のおいしそうな手料理が並んでいた。

今日は白飯とお汁と大根の漬物。大根は自分の畑で取れたものだ。

「いただきます」

「いっぱい食べて大きくなるのよ」

母は優しく微笑むが、カンタの顔色は優れない。

「ねぇ、お父さんは?」

「…まだ帰ってきてないわ」

「そうか…」

父と母と子。仲良し三人家族はいつでも一緒にご飯を食べていた。母が育てた野菜と父がその日狩ってきた獣の肉を食べるのが毎日の楽しみだった。

しかし最近は空席との食事ばっかりだ。食卓にはもうずっと肉も出ていない。

「仕方が…ないじゃない」

「ご馳走様」

おわんを流しに置き、カンタは自分の部屋へと戻っていった。母は何か言おうと手を伸ばすが、言葉が見つからなかった。


「おはよー」

「みっちー、おはよ」

寺子屋へ向かう道中幼なじみのみっちーと挨拶を交わす。いつも通りの朝だ。

「お前なんか元気ねーな」

「まだお父さん帰ってこないんだ…」

「うちもだ。最近全く会えやしない」

「うん…」

「あいつらのせいだよな。あいつらが来てから父ちゃん達は前の仕事を辞めさせられて、連れていかれちまった」

「そうだね。早くあんなの終わればいいのに」

「仕方ねーさ。俺らガキにはどうすることも出来ねぇ」

学校に着き、教室へ入る。全校生徒二十人の小さな一階だての小学校だ。カンタの学年なんて四人しかいない。

先生もやってきて授業が始まる。

前の担任は男の先生だったが、今は女の人だ。

この村にはもう、年寄りと子供以外の男はひとりも居ない。


国、数、社。午前の授業が終わり、昼休憩となる。

カンタは母が朝一で作ってくれた弁当を開けた。

みっちーの弁当もおいしそうだったが、カンタはいつでも母の料理を誇りに思っていた。今日は良い香りの野菜炒め弁当だ。

「いただきまーす」

「いただきます」

母の料理を食べると元気が出る。今朝はちょっと落ち込んでしまったが、もう大丈夫だ。みっちーも安心したような表情を見せる。


「なんだか外が騒がしいね」

弁当も食べ終わる頃、カンタは外で人が騒いでいるのに気づく。

「何だろうな。見てみようぜ」

最後の数口をかきこみ、二人は窓から外を覗き見る。

そしてそこで衝撃的な光景を見ることになる。

「な、なんだあれは…⁉︎」

全身を武装した銃を持った男が五人、校庭にいた。男たちは銃を使って脅し、校庭にいた生徒や教師を校内に戻らせている。


学校はあっという間に制圧され、全校生徒と先生達は学校の一室に閉じ込められた。カンタとみっちーも逃げようとしたが、男たちのプロ並みの動きによって一瞬で捕まってしまった。

「お前、来い」

男のうち二人がヤマガタ先生を連れて部屋を出て行った。

残った男たちは銃口を向けて生徒たちを見張る。低学年の子や女の子は恐怖で泣いている。

「おい、こいつらって…」

「そうだね。あいつらじゃない」

二人は見つからないように気をつけながらコソコソ声で話す。

「あいつらの敵対勢力かもしれないね」

「そうだとしても、俺たちの味方ではなさそうだな」

「学校をあいつらと戦うための拠点にする気じゃないかな」


しばらくして男たちが戻ってきた。ヤマガタ先生の姿はない。

「どうだった?」

「ああ、分かったよ。そんなに遠い場所じゃないようだ」

「こいつらどうする?」

「ぴーぴーうるさいし、やっていいぞ」

「銃は使うなよ。目立っちまう」

「こいつらやったら村の制圧に向かおう。どうやら百人規模しかないようだ」

「了解」

男たちは腰からナタを取り出した。鋭く、分厚い。

「ヤバいぞカンタ」

「く⁉︎」

生徒たちは泣き叫び、逃げ出そうと窓に向かう。

しかし間に合わなかった。男たちが瞬時に回り込む。

「てこずらせるなよ」

ナタが首めがけて振われる。

パァリンっっっ

しかし、生徒の血飛沫が上がることはなかった。

逆に、ナタを振り上げたその男が、ドスンと倒れた。

「何事だ⁉︎」

窓の割れた音に、男たちは一斉に外を見た。

パリパリバリィンッッ

外から何かが投げ込まれ、男たちはガラスの破片を浴びながら次々と倒れていった。

そしてピクリとも動かない。

死んだ訳ではなさそうだ。血も一滴も流れていない。その代わり、額や首筋に小さな矢のような物が刺さっている。麻酔弾だ。

「早めに拘束しといたほうがいいと思うぞ」

外から男性の声が聞こえた。

先生たちは急いで男たちから武器類を取り上げ、体を拘束できるものを探す。

カンタとみっちーはその人物を探そうと外へ飛び出した。

そして校庭の向こうへ歩いていく人影を見つけた。

「ちょっと!」

「待ってください!」

二人は慌てて男の前に立ち塞がった。

男は三十代前半ぐらいで、驚くほど無表情だがそこそこの男前だ。黄色がかった黒のロングコートを着ており、手には小さな銃を持っている。きっとさっきの麻酔銃だ。

「なんだ」

「あの、助けてくれてありがとうございます」

「気にすることはない。目障りだっただけだ」

それだけ言って、男はさっさと帰ろうとする。

「待てよ」

みっちーが彼の腕を掴み、カンタもそれにならう。

「何のマネだ」

「恩人の名前も聞かずに返せるかよ」

「名前…か。ブリガンダインとでも呼んでくれ」

短く言い放ち、ブリガンダインはまたすぐに帰ろうとする。しかしカンタとみっちーがそうはさせない。彼らは大声で助けを呼び、駆け寄ってきた村人たちにも協力してもらって彼を取り押さえた。

「何をするんだ」

「村を救ってくれた恩人をタダで返すわけにはいかないよな」


近くにあった大衆食堂にブリガンダインを連れ込み、席に座らせた。学校の子供達や事情を聞いた村人たちも食堂に集まってきた。彼女たちは協力して、料理を次々に作ってブリガンダインの前にどんどん運んでいく。

酒も運ばれ、食堂内はすっかりと宴会モードだ。

「村を救ってくれてありがとうございます。私たちにとって子供たちの命は一番の宝です。それをひとつも失うことなく済んだのは、全部あなた様のおかげです」

ブリガンダインの正面に座った村長の翁は深く頭を下げる。

それと同時に他の大人たちも皆頭を下げるので、カンタたち子供たちもそれにならう。

「たまたま通りかかっただけだ。そんなお礼を言われるようなことじゃない」

「せめてこちらの気が済むまではもてなさせてください。どうぞ今夜は村に泊まっていってくださいな。衣食などこちらで全て面倒をみさせてもらいますので」

ブリガンダインは諦めたようにため息をついた。

「分かった、お言葉に甘えよう。無理やり逃げ出す方が大変そうだ」

それを聞いて歓喜の声が上がった。女性たちはさらに張り切って料理を作る。野菜鍋、漬物、天ぷら。すでに食べきれない量だが厨房はまだ止まらない。

「おいおい、いくら何でも作りすぎだ」

ブリガンダインは頼んで小皿を渡してもらい、自分に運ばれてきた料理をそれに移して子供たちにも配る。

「え? いいの?」

「これぇ、おじさんの分よ」

「一人じゃ食いきれん。いいから食え」

子供たちは大喜びで小皿を受け取ってく。

「いただきまーす!」

ブリガンダインと同じテーブルで一緒に楽しそうに食べている子供たちを見て村人の大人たちは微笑んでいる。村に若い男が来たのは一体いつぶりの事であろう。自分の夫、自分の父親をブリガンダインに重ねる者もいる。

子供たちはブリガンダインにすっかりと懐いたようだ。一生懸命話しかけたり、飲み物を進めたりと、彼の周りを取り囲む。そんな子供たちを、ブリガンダインは決して拒絶したりはしなかった。

「おっさん強いんだな。俺もおっさんみたいになれるかな」

みっちーは憧れの眼差しで彼を見つめている。

「こんなのに憧れるな。家族が悲しむ事になるぞ」

そう言ってブリガンダインは村の幼女たちが頑張って注いでくれた芋焼酎を飲んだ。

「それより…何でこの村には女子供と老人しか居ないんだ? お前らの親父は?」

彼の疑問に子供たちは辛そうに俯く。

「実は…最近この辺りに軍の大群が来ているんです…」

カンタが代表して説明を始める。それを聞いたブリガンダインはハッとしたような表情を浮かべた。

「軍…」

「お父さんたち、その人たちに連れていかれちゃって…」

「俺の兄ちゃんもだ。みんな近くの山で強制労働させられているみたいなんだ」

「そうだったのか…」

「お父さんたち、もう何日も戻って来ないんだ。お父さんたち、ブリガンダインさんみたいに強くないから、心配で…」

「…」

それからも料理は次々と運ばれて来て、女性たちも一緒になって食べ始めた。中にはブリガンダインに色目を使う若い娘もいたが、彼は全く相手にすることは無かった。ずっと子供たちと一緒に居た。

楽しい時間はあっという間に過ぎていき、日が沈んだ。

みんなブリガンダインを自分の家に泊まりに誘う。すっかり引っ張りだこだ。

結局は学校の体育館に子供たちと一緒に雑魚寝する事になった。

先生たちが床に布団を敷いてくれ、子供たちはブリガンダインを取り囲むように寝そべった。

「色々ありがとうな」

ブリガンダインは言う。依然無表情だが、カンタには彼がどこか微笑んでいるように見えた。

「こっちこそ。ずっとお父さんたちがいなかったから、こういうの久しぶりで楽しかった」

幼い子供たちはもう寝てしまったようだ。

「父親が居なくて寂しいか?」

「うん。仕方ないってわかっているけど、それでも寂しいのは変わらないよ」

「…。遅いからもう寝ろ」

「はい。おやすみなさい」

「おやすみ」


朝、ブリガンダインは外からの騒音に目を覚ます。子供たちもそれによって起きてしまったようだ。

音はどんどん大きくなり、近づいてくるようだ。気になって外へ出る。

そこには目を疑うような光景が広がっていた。

茶色い迷彩を着た何百人もの兵隊が、隊列を組んで行進して来ている。皆一様に鉄砲を持っている。彼らは何組かに分かれ、村の家々に突入していく。そしてそこの住民を強引に連れ出す。そして学校の校庭にやってきて、彼女たちを突き放した。そんなにかからず、村人のほとんどが強制的に校庭に集められた。子供たちは恐怖に怯えてブリガンダインの後ろに隠れる。

「村の住人たちよ! よく聞け!」

一人の軍人が拡声器ごしに怒鳴る。彼だけ衣装が他と違うのを見るに、きっと高い階級なのだろう。角のあるツヤツヤな帽子を被っている。

「この男は友人と共に我々に歯向かい、村に帰ると言い出した!」

軍人の塊の中から、後ろ縄で縛られた傷だらけの中年男性が突き出された。彼はよろめいて、顔面から校庭の荒砂の上に転げた。

「お父さん‼︎」

叫ぶカンタ。あの男こそがカンタの父親だった。彼は口を動かそうとするも、声すらでない。泣き叫ぶ息子の呼び掛けに答えることすらできない。

「彼の友人は見せしめとして向こうで殺した! こいつには村で死んでもらう!」

酷く動揺し、村人がざわめく。

「やれ!」

「はっ」

「やめろぉー‼︎」

ブリガンダインが慌てて駆け寄る。しかし。あっさりと。あまりにもあっさりとそれは行われた。

ズキューン‼︎

鋭い銃声が校庭に響き渡る。

男の頭はスイカ割りのように簡単に、あっさりと粉々に砕け散った。血飛沫が舞う。

「うわぁぁぁぁぁぁー⁉︎ お父さぁぁぁぁーん‼︎‼︎」

「あっはっはっは‼︎」

カンタは膝から崩れ落ちた。ただただ号哭する。父親が、目の前で無惨に殺されたのだ。

「…」

ブリガンダインは突っ伏すカンタを拾い上げ、先生に預けた。

「…下がっていろ」

ブリガンダインはゆっくりと、バカ笑いをしているボスの方へと近づく。

「なんだ貴様⁉︎ 止まれ! 止まらないと殺す!」

一般兵がわめき散らかすが、ブリガンダインの耳には入らない。

「いい、やれ! 奴を打ち殺せ!」

ボスの号令で兵隊たちが一斉に銃を構える。ブリガンダインを蜂の巣にするために。数十の弾が一気に放たれる。

しかし、既にブリガンダインはそこには居なかった。

「何ぃ⁉︎」

標的を見失った銃弾が学校の壁を粉々にしていく。

兵隊たちは慌ててブリガンダインの姿を探し始める。キョロキョロと辺りを見渡す。

「う、上だぁ‼︎」

気づいた時にはもう遅かった。ブリガンダインはコートの内側から袋のような物を取り出し、その中身を兵に向かって散布した。白い霧が軍隊に降りかかる。

「あぁー⁉︎ め、目がぁぁぁ‼︎」

次々と顔を手で覆って蹲っていく兵たち。ブリガンダインは地面に降り立つと同時に懐から十手を取り出し握った。

そしてそれを振り回し、次々と兵隊たちを気絶させていく。

「お前ら何やってんだ!」

ボスが慌てたように叫ぶが、目潰しをされた兵たちはまともに動けていない。

「無駄だ。その粉は目潰しと同時に相当の激痛が走るような代物だ」

すでに半数の兵たちが倒されている。粉を受けなかった兵がブリガンダイン目掛けて発泡するが、それにいち早く気づいた彼は近くの兵をそちらへ投げつけ盾にすることで防ぎ、胸ポケットから取り出した投げナイフをカウンターのように投げつける。

ナイフは兵の手首に突き刺さって血が噴き出す。痛みと麻痺で銃を手放した刹那、ブリガンダインは彼に駆け寄って十手で首を殴りつけた。彼は泡を吹いて倒れていった。

兵隊はどんどん倒されていき、残るは彼らのボス含めた四人だけになった。

「お、お前一体何者なんだ⁉︎」

「この村を守る鎧だ」

「何が目的だ。場合によっては協力するぞ。取引をしよう」

「黙れマーダー」

ブリガンダインは唾を吐き、十手を振り上げた。

グサッ。ポタ…ポタ…。

「か…かはっ…」

胸から血が流れ出し、校庭に滴が垂れる。

軍隊のではない。ブリガンダインの胸から分厚いナイフ先が生えている。

実は仕留め損ねていた兵に、後ろから刺されたのだ。

ナイフが抜き取られ、ブリガンダインはうつ伏せで倒れた。体の下からの血溜まりが膨らんでいく。

「ブリガンダインさん‼︎」

村人たちが口々に叫ぶ。しかしブリガンダインはピクリとも動かない。

「あっはっはっは‼︎ 我々に逆らうからだ」

ボスはブリガンダインを指差しながら馬鹿みたいに笑う。それを見たみっちーが怒りをあらわにする。

「お前ぇぇぇぇ‼︎」

彼は拳を握って兵隊たちに駆け寄っていく。

「やれ」

ズキューン‼︎

弾丸が少年の胸を貫く。血が吹き出し、みっちーは白目を向いて倒れていった。

「みっちー‼︎」

「どいつもこいつも逆らいやがって。おい、皆殺しにしてやれ」

手榴弾が取り出された。村人たちは悲鳴をあげる。

「させ…させるか」

今まさに手榴弾のピンを抜こうとするその手がガシッと掴まれた。ブリガンダインだった。

「貴様、まだ生きていたのか」

ブリガンダインは手榴弾を取り上げ、その兵の口にそれを突っ込んだ。そしてピンを抜き取り、彼をボスの方へと突き飛ばした。

「や、やめ…」

ドガァァァァァァァァァァンッ。

二秒も経たず、手榴弾が炸裂した。

四人の兵たちは肉片となって砕け散った。ブリガンダインと共に。


【おもちゃ】


青白い蛍光灯と薄汚れた白い壁の部屋。

どこかの研究所で青髪のスーツの若い男と、白衣を着た老人がテーブルを囲んで話している。

テーブルには人間の体の破片が山盛りに積まれている。四肢はもちろん、割れた頭部すらある。

「なんじゃねこれは。わしにジグゾーパズルでもやれというのか」

「こいつ、あのテロリスト軍団の軍隊百十人を一人でやったんだぜ」

「ほう。中々やるではないか」

「だろ? いい逸材だと思って持って来たんだ」

「なるほどあの実験の「核」にする訳じゃな。早速取り掛かるとするか」

「面白くなりそうだ」

二人は不気味に笑う。


【終焉】


人々が逃げ惑い、東京が崩れていく。そこにあるのは血と廃材。形あるものは壊れるだけ。命あるものは死んでいくだけ。

警察や自衛隊が集まり、この未だかつて無い非常事態に立ち向かおうと奮闘する。

大砲やバズーカ、狙撃銃などをありったけ持ち出し、根源である黒いヒトガタに向かって何発も何発も打ち込む。

しかしそれは無意味に終わった。

黒いヒトガタは背中から生えている大きな羽をただ軽く振るうだけ。たったそれだけで数多の殺戮兵器たちはあっさりと打ち返され、東京の街に更なる破壊をもたらすことになる。それによってさらに人が死に、彼らの武器も壊されていく。そして追い討ちと言わんばかりに放たれるレーザーが、運よく生き残った人々も一網打尽に焼き払っていく。


その様子を遠くの屋上で見ていた者がいた。若い青年だった。彼は悔しそうに歯軋りをしていた。

「あなた達は、こんな事がしたかったんですか⁉︎」

彼は怒りのあまり、後ろに立っていた老人を怒鳴りつける。老人は分厚い金属製の拘束具で全身を拘束されており、武装した二人の女性に銃を突き付けられていた。

「ただの実験じゃよ」

「なんだと」

「科学者のあくなき探究心じゃ。研究が世間に悪と捉えられようと善と捉えられようと、ワシらはただ実験を繰り返し、その結果に一喜一憂するだけじゃ」

青年はその言葉にカッとなって老人を殴った。だが老人は笑っている。

「御託はいい。さっさと薬の在処を吐け」

二人の女性は脅すように銃口で老人の頭をグリグリした。

「…教えるのは構わんよ。しかしおぬし、本当に使う気なのか」

「ああ。その為に何年もかけてお前を探したんだ。お前のクソみたいな実験とやらをお前の実験で止めてやる。さぁ、言え。言うんだ‼︎」

「ワシの右の靴の中に隠してある」

女性の片方が老人の靴を奪い取る。そして靴底がやけに分厚いことに気づき、それを乱暴に引き剥がした。中には銀の紙に包まれた錠剤が一個、入っていた。女性は錠剤を青年に手渡す。

「どうなっても知らんぞ。どうせ脅威が二倍になるだけじゃ」

「あの人には借りがあるんだ。だから絶対に止める。それが最後に出来る、せめてもの恩返しだから」

二人の女性は青年を見て頷いた。青年も頷き返す。

「じゃあね」

青年の頬を一筋の涙が伝う。

「あの人の苦しみを終わらせてあげて」

「私たちもすぐ行くわ。みんなに会うのが楽しみね」

二人も涙している。しかし三人とも笑顔だった。

青年は迷いもなく錠剤を飲み込んだ。瞬間、彼の顔が苦痛に歪み、胸を抑えて苦しみ出す。

バキュン。

二人は老人を撃ち殺し、青年から距離をとるために下がる。

「ウァァァァァァァァ‼︎」

青年が吠えた。彼の体が変化を始める。背中から翼が生え、体が徐々に黒いモヤに包まれていく。

そう。東京の街に浮かぶ、あの黒いヒトガタと同じような姿に変化しているのだ。

しかし彼はその変態を最後まで待ちはしない。もう飛べるとわかった瞬間、ロケットのように飛び去っていく。

その様子を見て女性達は安堵した表情を浮かべた。そして二人は自分の頭に銃を突き付け、発砲した。


黒いヒトガタは再びレーザーを放つ準備に入っていた。しかし何かが自分に向かって高速で飛んでくることに気づき、迎撃体勢に入る。再び黒い羽を伸ばす。

だが、その羽が弾かれた。ヒトガタは驚いたようにそちらを見た。見ると、それは自分と同じような羽を持っていた。それによって弾かれたのだ。

迎撃できなかったその羽の主の速度は全く変わらず、そのままヒトガタにぶつかってきた。そして勢いそのままに、黒いヒトガタを抱いてグングン上昇していく。

もちろんそれは抵抗しようと足掻くが、どれだけ暴れても、がっしりと掴まれている腕が緩む事はない。

二人はあっという間に大気圏を抜けた。

「ま…だギリ…リいsきがあ…。いしき…のま…れるm…に、あ…たをとめてmsる」

無重力によって体のコントロールを失い、二人の体が離れた。黒いヒトガタはすかさずレーザーのエネルギーを溜め始める。真っ赤な光が胸部の砲台の銃口に集まっていく。

青年は我武者羅に羽を使って何とか近づき、砲台を掴む。赤い光のエネルギーをもろに受け、体がどんどん溶けていく。

「あらs…だらけ…お…なskいともおわか……すn。a…よで…っといっssssssょにへい…らしましょu…」

青年の口から、ヒトガタのと同じような砲台が顎を割って現れる。緑色の光が銃口に集まり、高エネルギーの光の球体が生成されていく。

「さy…rrr、……nだいんさん」

同時。レーザーが放たれた。赤色と緑色の太い光の柱が互いの体を粉々に砕いていった。黒色に染まってしまった体は粒子となって、消滅した。


『カンタ、ありがとう』

『こちらこそ』


二人の人間の魂は白い光に包まれ、笑顔でこの世から旅立って行きました。

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ブリガンダイン 赤座かえ @KaeV090

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