第20話 【作戦失敗】
少女は息を切らして路地に座り込む。表通りではまだ何人かの冒険者たちが彼女を探し回っているようだが、すでに大半は諦めて帰ったみたいだ。残った執念深い者たちからも何とか逃げ切り、撒くことに成功した。
途中何度か追いつかれそうになったが、リーチの長い槍が役に立った。雑に振り回し、敵が怯んだその隙に距離をとる動きが強かった。その内二本はその際に追っ手に折られてしまったので、三本も買っておいたのは正解だったようだ。だが折角のお気に入りだったのでアンナは少しだけ悲しくなった。
懐中時計を見ると、追いかけっこが始まってからは既に一時間半以上が経過していた。時間稼ぎは十分に成功したと言えるだろう。
あとは尾行されないように気をつけながらティアの待つ地下室へ戻るだけだ。きっと今頃レイが連れてきたギルド長を拘束し終えて監視しているだろう。
アンナは息を整え、立ち上がる。あと一踏ん張りだ。
注意深く周りを見渡し、最後の槍を足場に使って近くの建物の屋根へと登る。最後の槍ともお別れになってしまったが、後で迎えに来ることを誓う。
人に見られなかったことを確認すると、彼女は注意深く屋根をつたっていった。
「何っ⁉︎ レイがまだ戻っていない⁉︎」
無事に地下室に辿り着いたアンナだったが、そこにはギルド長もレイも居なかった。不安そうにシューくんを抱きしめている涙目のティアだけだ。
「もうそろそろ潜入開始から二時間が経つぞ⁉︎ いくら何でも遅すぎる!」
「わっかんないよぉっ! あたしもうずっと心配で不安で」
ティアはいよいよ泣き出してしまった。ただでさえ一人でずっと心細かったのだろう。
「見てくる!」
彼女は地上に戻ろうと、階段に向かって走り出した。しかし階段手前で突然立ち止まる。
「足音?」
コツコツと、石段を降りてくる靴の音が近づいてくる。
「れ、レイくん…?」
「違うっ! あいつじゃない!」
アンナは咄嗟に剣を抜く。
出口は階段ひとつしか無く、どこにも逃げ場がないのだ。緊張が走る。
「まさかこんなところに隠れていたなんてな」
「何者だ⁉︎ 答えろっ!」
足音はすぐ側まで近づき、その人物の姿が現れる。
「前に君と戦った男だ。まさか忘れてはいないだろ?」
もちろん覚えている。それはギルドの英雄、ルカその人だった。
アンナは歯軋りをする。
「今日は決着を付けに来た」
「なぜここが判った⁉︎ 誰にもつけられなかった筈だ!」
「ギルド本部に君達のアジトをリークした者が居たらしい。俺はギルド長の命で君を拘束するために来たのさ。今回のギルド襲撃、見逃すわけにはいかない」
ルカは背中に手を伸ばし、彼の背負う鞘からその大剣を引き抜く。もの凄い殺気だ。
前回のは手加減だったのだと、アンナは今更ながら知る事になる。
「まさかレイくんとティアちゃんも賊の仲間だったなんてな。親父のダイナマイトはこのためだったか」
「レイだと? 何を知っている⁉︎」
「彼がギルドに侵入したから、ちょっと気絶させて拘束したのさ。今頃ギルド長から事情聴取を受けている頃だ。騎士団にも通報したから、お前たちは終わりだよ」
少なくともレイは生きているらしい。アンナとティアはほんの少しだけホッとした。
「ところで、そこに居る鹿は変異歹か? なぜ一緒に居る? まさかお前たち、ソモの民と関係しているのか?」
「だったら何だよ。人権を剥奪してサンドバックにでもするつもりか」
「そうは言わないが…、だが重罪だぞ? 変異歹が今までどれだけの人を殺してきたか分かっているのか⁉︎」
ルカに怒鳴られ、ティアは震え上がる。あの日のトラウマが蘇り、我慢しようとしても涙が溢れてきた。
「分かってないのはお前らだ。そこに因果関係はないんだよ。ティアたちは変異歹をけしかけたことも、庇おうとして冒険者の邪魔をしたことすら一度も無い。自分たちが少数派であることを理解しながら、自分達が信じた平和的解決法が確立して世間に認められるその日が来るのを静かに待っているだけだろうが。なのにそれでも彼女たちが悪だと言うなら、お前らは心底救えない馬鹿だよ」
「そんなのは関係ないな。俺らは民を救うのが使命。民を脅かす存在、またはその危険を排除するのが仕事なんだよ」
「なら私はっ‼︎」
アンナは深く呼吸をし、剣を握る手に力を込める。
「なら私は、お前の言う民とやらにすら混ぜてもらえない弱者を守ることにするさ! たとえそれが血に染まった道でも」
「アンナ…」
「かかってこいよ青二才。正義ってのは勝つらしいぞ? どっちが勝つのか気になるよなぁ⁉︎」
「吐かせ!」
両者同時に走り出した。金属音と火花を散らし、剣と剣がぶつかり合う。一瞬力での押し合いが発生するが、腕力に大差が無いことを察してルカはすぐに判断を変える。彼はわざと力をスッと抜き、アンナのバランスを前に崩そうとした。
しかしそんな単純な手にまんまと引っかかるアンナではない。彼女は最初から全力で斬りつけてはいなかった。ポーズだけだったのだ。だから彼女は重心を崩すこともなく、ルカの想定とは逆に真後ろに飛ぶ。
しかしルカは実はその可能性も考慮していた。剣同士が離れる瞬間の彼女の体がどう動くかを注意深く観察していた彼は、すぐにアンナの動きに対応した。彼はすぐさま飛び上がり、アンナの軌道を読んで剣を振り下ろす。勿論、彼女がそれに対してするだろう次の動きの予測演算も同時に行う。彼女が右に避けようが左だろうが、それに対する回答は既に持っている。
しかし彼女は一向に避けようとする素振りを見せない。当然、ルカの動きは見えている筈なのに。ルカは少し意外に思いながらも、チャンスを逃さず剣を振り下ろす。
しかし次の瞬間、彼女がパッと軌道から消えた。気配を感じて真上を見る。彼女はそこに居た。
(この感じ、あの時も…!)
あの時は初めての相手ということもあり、随分速い使い手だと感心しただけだった。しかし今の動きは明らかに普通じゃない。予想外の状況にルカは急いで思考を回す。しかし彼の経験と知識にはこれを説明する材料が全くなかった。
だがそれは対処不可を意味している訳ではない。ルカは種明かしに思考を使いながらもアンナの一撃に向かって剣を振るい、冷静に相殺に終わらせる。
しかしそれは再び起こった。彼女の姿がまた消えたのだ。しかし今度ははっきりと見た。彼女は消えているように見える程速いのではない。文字通り消えている。
ルカは彼女の姿を急いで探す。彼女は少し離れた壁際に立っていた。丁度十秒程で移動できそうな距離に。
ルカはすぐさま追い討ちを仕掛けようとすると同時に、彼女が何やら壁を撫でているのに気付く。不審には思いながらも、何かをされるのであればされる前に討とうと、地面を思いっきり蹴って彼女を狙う。
「残念。ちょとだけ、遅かったな」
またしても彼女は消え、ルカの剣先は石壁に突き刺さる。彼は剣を抜き取るが、同時に壁の中からする奇妙な音に気付く。
「もうスイッチを入れ終えた後だよ。お前がチンタラしている間にな」
奥の壁が動き出していることに気付いた。その向こうにはツギハギだらけの、二足で立つ兎のような生物が二十体ほどズラリと並んでいた。
「なんだこれは⁉︎」
流石のルカもこれには動揺する。
「訓練用の人造生物らしい。言っても変異歹並には危険だけどな。ま、その緊急停止装置はこれだったんだけど」
バキバキっ。
アンナは足元の木箱を思いっきり踏み潰した。その残骸からは紐のようなものが兎達に伸びており、ルカは今何をされたのかを理解した。
「邪魔者を加えて乱闘しようってわけか」
「いいや?」
彼女の姿がまた消える。ルカは再び彼女の姿を探すが、その時あることに気付いた。ティアとシューくんの姿もいつの間にか居なくなっていることに。
「まさか⁉︎」
慌てて出入り口階段を見ると、今まさにティアが駆け上がっていくところだった。
「お前は戦いながらも気を配るタイプみたいだが、」
アンナもいつの間にか階段のところに立っている。
「今回は奇妙な戦い方をする私との戦いに集中し過ぎたんじゃないか? 素人同然のティアの忍び足にも気づかないなんてな」
ルカは既に彼女の方へ走りだしていた。何としても敵を逃すわけにはいかない。今ならまだ間に合える。
「今度も、ちょっとだけ遅かったな」
瞬間、彼女の姿は消え、代わりに天井が崩れてきた。瓦礫や岩は狭い階段の通路を完全に塞ぎ、ルカの突進を足止めた。当然、普通はこんな一瞬で道が塞がり切るなんてありえない。
彼はすぐさま障害の排除を試みようとするが、そんな暇は与えてもらえないみたいだ。目をぎらつかせた人造兎が二十、炎を吐きながらすぐ後ろまで迫っていた。
「ミロスフィードォォ‼︎」
彼の憎しみの籠った叫びは彼女には届かなかった。狭い洞窟に、ただ虚しく木霊する。
エフィーコ・ゼーロ 〜彼女はただ、幸せを求めていた〜 赤座かえ @KaeV090
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