第17話 【仲直り】
その晩は洞窟で眠った。レイが布団を用意してくれていたのである程度は暖かかったが、
空間がジメジメしていて寝心地はかなり悪かった。三人とも、二度とここでは寝たくないと思う程だった。
寝苦しんでいる間にも日は昇り、長かった夜がやっと終わった。
レイは朝一番に出かけていき、アンナのために黒縁の眼鏡とショートボブの黒髪ウィッグを買って戻ってきた。指名手配対策の変装グッズだ。
鏡を見た彼女は似合わないなどと文句を言っていたが、それが変装というものなので渋々諦めていた。
「なんだかんだ言ってもやっぱりアンナは乙女だねぇ〜。女の子にとって見た目は大事だもんねっ。でもこれもこれで十分可愛いから安心しなよぉ」
依然彼女は服に細工されている可能性があったので、一式全てを買い換えるために服屋に出て行った。勿論変装していったから正体がばれる心配もない。
「さて、私たちも買い物だね。槍とか爆薬とか買わないとぉ」
「うん。でも武具屋は後でアンナに行ってもらおうよ」
「どうして?」
「ちょっと気まずくて…」
彼は冒険者になった直後に先輩冒険者と騒動を起こしている。センリやフライドに合わせる顔もないし、冒険者が集まりそうな場所にも行きづらい。
「しかもお店の地下室も今こうやって無断で使っちゃってるし」
「確かにぃ。レイくん大胆〜」
「とりあえず食料と火薬を買いに行こう。あと今晩の宿も居るかも」
最後の提案にティアは激しく頷く。
「じゃあ早速行こうか」
「は〜い。シューくんはここでお留守番ね? アンナが帰ってきたら面倒見てあげて」
シューくんは元気に鳴いた。返事の代わりだ。
レイは剣を腰につけ、ティアの隣に立つ。
「行くよ」
瞬間、二人の姿が空間から消えた。そして彼らは一秒も経たずに地上に立っていた。
ぽわぽわぴょんぴょんの店裏に出たので人に見られた心配はないだろう。それよりも地下室を出入りしている姿を見られる方がまずい。
「あたしも一緒に行けるの便利だねぇ」
「僕の意識次第で周りの人も巻き込めるみたいだ」
のんびりと会話しながら大通りに出る。
太陽が出てきてから既に結構経っており、街は今日も忙しなく動いている。二人は特に人の波に逆うこともなくその一部となった。
道脇には沢山の商店が並んでいてこれまた人で賑わっている。陽気な音楽でも流れてきそうな、活気のある風景。
「こんな楽しそうな街なのに、裏では嫌な事が起きているんだよね」
「そういうものだよぉ。光を当てたら影はできる。ギルドもそうなのかもしれないし、ヴァエネの貧民街だってそう」
「なんでなんだろうね。王様が悪いのかな?」
「悪いってことはないと思うよ。長い歴史の中でも人類はまだ政治の正解を見つけていないってだけなんだと思うな」
「なんか…」
「ん?」
「いや、ティアさんってやっぱり年上なんだなぁって。なんかこうやって話していると大人っぽいっていうか…」
「あはは。別にレイくんとそんなに変わらないよぉ」
食料は嵩張るので帰りに買うことにして、二人は先に宿を探すことにした。二人とも宿屋がある場所を知らなかったので、道にいたおじさんに訊ねてホテル街のある方向を教えてもらった。
「ティアさんもこの街詳しくないんだ?」
「いつもはソモに居るからねぇ。今回はアンナが戻ってきたって知ったから探しに来たの。それよりあたしの方こそ、レイくんって現地の子だと思ってたぁ」
「かも知れないけど」
「ほえ?」
「そっか、まだ言ってなかったね。実は僕、記憶喪失なんだ」
「ええっ⁉︎」
レイは森で目覚め、フライドという男に助けてもらったことを話した。
「記憶が無くて空っぽだから「レイ」くん…かぁ。なんだかレイくんってネガティブだね」
「そ、そう? お洒落だと思ったんだけど」
「あたしだったら希望とか、そういう感じの名前にするかなぁ」
主要な施設は全部纏まって分布しているのか、ホテル街にはそう歩かずに辿り着いた。表の賑やかな雰囲気とは一転、昼でも安眠できそうな暗くて静かな場所だ。
二人は適当な宿屋に入り、三人部屋(ペット可)が空いていないか尋ねた。一軒目は残念ながら駄目だったが、二軒目はオーケーだというので早速今晩の予約を済ませた。
「やっとゆっくり寝れそうだよぉ〜。あったかお布団♪」
「なんかごめんね…洞窟で寝かせて…」
「あとは食料と…火薬かぁ。どこに売っているんだろ」
「それなら俺に心当たりがあるよ」
後ろから若い男の声がした。声の主は二十代中盤くらいの整った顔立ちの男だった。綺麗な白髪が輝いてる。
「突然失礼。つい会話が聞こえてきたから」
「いいえ全然。お店、知っているんですか?」
「ダイナマイトみたいな物でいいなら、俺の実家で取り扱っているんだ。丁度今向かうところだから一緒にどうだ?」
「本当ですか? 是非お願いします。あ、僕レイっていいます」
「あたしはティアだよぉ」
「俺はルカだ。よろしくな」
一時間後、レイは顔を真っ青にしていた。
「ここが俺の実家だ。少し遠かったよな。でもここらじゃ火薬を取り扱っているのはここぐらいだと思うぞ」
「大丈夫だよぉ。ね、レイくん」
「そ、そうだね…」
レイが青ざめている理由、それはその実家という建物に見覚えがあったからだ。しかも今一番近づきたくなかった建物だ。
「親父ー、今日は居るかー?」
「おう、ルカか」
中から男の太い声が聞こえる。聞き覚えのあるその声にレイはいよいよ確信する。
「ぼ、僕、やっぱり帰りま…」
ガラガラガラッ。
「帰ったかルカ、久しぶりだな!」
レイが言い終わらないうちに扉は勢いよく開け放たれ、身長二メートル程の大男が現れた。
「なんだ連れがいるじゃねぇか。…って、お前は!」
「こ、こんにちは、フライドさん…」
「まさか親父とレイくんが知り合いだったなんてな」
とりあえず四人は部屋に入ってテーブルについた。しかしフライドとレイは互いに気まずそうにしている。無意味に花瓶を撫でたり、窓の外の蝶々を見たりしている。
見兼ねたルカは耳打ちでティアに尋ねる。
「ねぇティアちゃん。あの二人何かあったのか?」
「よくわかんなぁい」
「な、なぁレイ」
「は、はい」
「一昨日はその…大丈夫だったか? 少なくともそのお嬢ちゃんは元気になったみたい…だな」
「はい…」
「そうか…」
二人は再び黙り込んでしまう。
「ルカくんのお父さんって口ベタなの?」
「いや、こんな親父初めて見た」
「うちのレイくんもなんか変だよぉ」
状況が理解できない二人は一緒に首を傾げている。
「実はその…謝りたくてな。あんなものを見せるためにお前を飲みに誘ったわけじゃなかったんだ」
「別にフライドさんのせいだとは思ってませんよ。おかげで彼女を助けることが出来ましたし」
会話を聞いている内に、鈍いティアでも少しづつ話が見えてきた。レイが話した森で助けてくれた男のことを思い出す。
「言い逃れに聞こえるかも知れないが、正直、あいつらがあんなことをしているって知らなかったんだよ」
フライドはバツが悪そうに俯く。
「あの後奴らを叱ったが、まるで聞いてはくれねぇ。冒険者を辞めたあなたには関係ないですって言われっちまった」
「フライドさんに迷惑をかけてしまったのは謝ります。でも、見過ごすことなんて絶対にできませんでしたから」
「ああ、勿論だ。あんなの大人のすることじゃない」
フライドはチラリとティアを見て、申し訳そうに俯く。そして何を思ったのかポケットから小さな紙包みを取り出してティアに渡した。中には粉々になってしまったクッキーが入っていた。
「わぁい! クッキー♡」
ティアは嬉しそうにその欠片を口に入れていく。
「フライドさん。僕は彼女たちを守るために立ち向かいますよ。それがあなたに教えてもらった強さと優しさだから」
「勇敢だな、お前は。俺はあの時すぐに行動できなかった。周りに抗うということに怯んじまったんだな」
「フライドさん…」
「だが冷静になった今ならわかる。世論なんて関係ねぇ。冒険者の常識なんてクソ喰らえだ。俺は自分の心の正義に従うぜ。それが漢ってもんだ」
フライドの声に熱が戻ってきていた。
「レイ、俺はお前に協力するぜ。嬢ちゃんたちを救うために、何だって手伝ってやる」
「フライドさん…!」
「不安にさせて悪かったな。もう仲直りだ」
フライドはその大きな手の平を差し出した。勿論レイはその手を取り、漢たちの間に固い握手が交わされた。
「あれっ、なんかいつの間にか仲良しになってる」
「親父は昔から自分の心を言葉にするのが苦手なんだよ。レイくんとの会話で自分の考えに整理がついたみたいだ」
これでやっと保護者組の方も一安心である。
「そういえばお前ら、うちに何の用だったんだ?」
「あ、忘れてたぁ」
「実は少量の火薬が必要なんです。ルカさんにここに売ってるって聞いて」
「火薬? ダイナマイトならあるが、何に使うんだ?」
「別に物騒なことに使うわけじゃないですよ」
「ああ、売るのは構わない。倉庫にあるからついてきな」
二人は立ち上がり、店の奥へと消えていった。蟠りはもうない。二人の背中は古くからの友人同士かのように見える。
「二人の緊張も解けたみたいだねぇ。めでたしめでたし」
「なぁ、結局二人は何の話をしてたんだ? 親父があんなに落ち込むなんてよっぽどだ」
「うーん、まぁ色々あったんだよ。でも和解したんだしもういいんじゃない?」
「まぁそうか」
「バカ、代金なんていらねぇよ。協力するって言っただろ」
「でも…」
「そんなちっこいダイナマイトの二本ぐらいくれてやる。それよりあの約束、絶対守れよ?」
「わかりましたよ、困ったら遠慮せずにフライドさんに頼るって約束します。ダイナマイト、ありがとうございました。この前の分と合わせて、必ずお礼はしますから」
「若いんだからいちいちそんなの気にすんな。子供は少し図々しいぐらいが可愛いんだよ。ルカなんてこの前、犬が飼いたいって言って一晩中泣いてたんだぜ?」
「それ十年以上前の話だろ!」
親子漫才にレイとティアは大笑いする。
「それじゃ、そろそろ僕らはお暇しますね」
「さよならぁ。またクッキー食べにきますね♡」
「おう。頑張ってな」
二人は手を振り、フライドも彼らが見えなくなるまで大きく手を振り続けた。
「いい子たちだよな。一体どこで知り合ったんだよ親父」
「…」
「親父?」
「なぁ、ルカ。いつからだろうな。正義って言葉が免罪符として使われるようになったのは」
「どうしたんだよ、突然」
「いや、何でもない。それよりお前、今日は泊まるんだろ? なんか食いもん買ってこないとな」
「いや、ギルドで仕事があるから、もう戻るよ」
「仕事? 休暇じゃなかったのか」
「最近物騒らしくてね。ちょっと警護しなきゃいけないんだ。会えて良かったよ親父。また時間が空いたら遊びに来るから」
「そうか…、分かった。気を付けてな。悪さだけはするなよ」
「子供扱いするなって。大丈夫だから」
「そうだな。お前は昔から優しい子だったもんな」
「じゃ、いってきます」
「おう、いってらっしゃい」
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