第16話 【作戦会議】

暗くてジメジメした空間を天井の淡い光が静かに照らしている。この場所をティアは知っていた。とある見ず知らずの少年の優しさに触れた、思い出の場所だ。

前とは違って小さなテーブルと布団のようなものが置かれている。

「安心して。ここは安全だし、人が来ることも無いよ」

聞き覚えのあるその声に、ティアは喜びを隠せない。

「レイくん!」

ティアは彼に駆け寄り、ぎゅうっと抱きつく。少年は少し赤面し、困ったように狼狽えている。

「おいティア、誰だそいつは」

「そいつとはご挨拶だね。君こそティアちゃんの何なのさ」

「ティア「ちゃん」だと? そいつ今年で二十一だぞ」

「ええぇー⁉︎ 年上⁉︎」

二人のやりとりにティアとシューくんは大爆笑している。

「二人ともいきなり仲良しだねぇ」

「どこがそう見えたんだよ」

「ねぇティアさん、紹介してよ」

「はいはーい。えっと、こっちの赤髪でヤンキーっぽいのがアンナでぇ」

「あ?」

「こっちのお人好し金髪がレイくんだよぉ」

「お、お人好しって…」

ティアは二人の手をとり、強引に握手させる。

「はい、仲良し〜」

「それよりお前…レイとか言ったな。お前私たちに何をした。今まさにヒヨクに殺されるところだったはずだ。それがどうしてこんな洞窟にいる」

「ええっと、話すと長くなるんだけど…」

「いいから話せ。…このままだと満足に礼も言えないじゃないか」

「…。ティアさん、あの時のこと話すけど、いい?」

「……うん。いいよ。アンナに隠し事、したくないし」

レイは頷き、アンナにティアとの出会いのことを話し始めた。

冒険者の件で彼女は激しく憤怒したが、ティアとシューが何とか彼女を落ち着かせる。

「その時、僕たちは突然この場所にいたんだ。まるで一瞬で移動したような。あの時はそれどころじゃなかったからあんまり考えなかったんだけど、ティアさんと別れてから、その事がどうしても気になったんだ」

レイの話を二人は真剣に聞いている。

「あの、一応聞くけど、魔法とか異能の力とかを使えるような知り合い、居たりする?」

「ナニソレ」

「お伽話の世界じゃないんだし、そんなのある訳ないだろ」

「だよね。でもどうやら僕は、使えるんだ」

レイは腰から剣を外し、テーブルの上に置いた。

「使えるって、何を」

「異能の力だよ。僕はどうやら、「瞬間移動」が使えるようなんだ。いや、厳密にはこの剣がそうさせてくれる」

彼が指差すその妖艶な剣を二人はジィーッと見つめる。

「あの後、瞬間的に場所を移動できた原因が気になって色々試したんだ。でも何をやっても再現できなくて。だから諦めて荷物をまとめてたんだけど、最後に一度だけ試そうと思って、「温泉に行きたい」って心の中で念じてみたんだ。そしたらなんと、一瞬で山奥の天然温泉に居たんだ! お湯に浸かってたお姉さん達もびっくりしていたよ。当然だよね、みんな裸なのに鎧を着た僕が突然現れたんだもん。だから慌てて訓練場に戻れって念じたら、また同じように一瞬でここに戻ってきてたんだ」

女子二人が怪訝な顔をするが、レイはそれに気づいていない。

「それで閃いたんだよ。もしかしたら持ち物が関係しているんじゃないかって。だからしらみ潰しに試した結果、この剣が原因だってわかったのさ」

話終えた少年はどこか誇らしげだ。

ティアは拍手を送るが、アンナは依然疑うような顔をしている。

「本当かよ」

「ほ、本当だって! この力のおかげでさっきは二人を助けられたんだ!」

「じゃあ証拠を見せろ」

「い、いいよ」

「今すぐ梨のフルーツオレを買ってこい。十分以内」

「え?」

「この街の名物だ。はい、よーいスタート」

レイが慌てて剣を取ると、彼の姿が瞬間的に消えた。

「うわっ消えた⁉︎ やっぱり本当だったんだぁ」

「まぁそうだろうな。そんなデタラメな力でも無いと、あのヒヨクからは逃げきれない」

「じゃあ何で行かせたの?」

「喉が渇いたからな。安心しろ、ティアにも分けてやるから」


数十分経ってレイが帰ってきた。その腕には人数分の小瓶が抱えられている。

「もう深夜だっていうのに、物凄く並んでた…。もう二度と行きたくない…」

ティアとアンナはテーブルに紙を広げて何やら話している。

「ねぇ、買ってきたってば」

レイが覗き込む。そこには街の地図が広げられていた。ギルド本部と書かれた建物にバツ印が描き込まれている。

「ご苦労さん」

アンナはレイからオレの入った小瓶を一本奪い、代わりに金額分の小銭を握らせる。

「ねぇレイくん、あたしたちが今居る場所、わかる?」

ティアもレイからコップを奪い取り、小銭と万年筆を渡す。

「えっと…、ここかな、確か」

レイはセンリの店を丸で囲んだ。

「そうか。ギルド本部は結構近いな…」

アンナは親指の爪を噛み、何やらぶつぶつ言い始める。

「考えるときの癖なの。気にしないでぇ」

「ねぇティアさん。彼女はやっぱりギルドを?」

ティアは困ったように苦笑いした。

「うん…。止めて聞くような子じゃないし」

「そう…なんだ…」

「おい、レイ」

「何?」

「近くに武器や防具が売ってる店はないか?」

「まさにこの真上がそうだよ」

「そうか。なら後で槍みたいな長い武器を二、三本買ってきてくれ」

「槍?」

「リーチさえあれば何でもいい。金は出すから安心しろ少年。あとは爆薬も欲しいな」

「爆薬は店では売ってないんじゃないかな…」

「どっかに売ってないか?」

「うーん…」

「爆薬なんて何に使うのぉ?」

「囮。冒険者どもの気を逸らすんだよ。いいか、作戦はこうだ」

彼女は地図を使って話し始めた。

「まず、私たちの目的はギルド長の拉致だ」

「らちってなぁに?」

「誘拐することだよ」

「ああ。ティアの言う通り、ギルド所属の冒険者達全員と正面切って戦うのは無謀だった。そこでターゲットを組織のトップ、つまりギルド長一人に絞る。ギルド長を秘密裏に拉致し、王宮に連れて行って悪事を自白させるんだ。ついでに、ギルドの解散宣言もな」

彼女の冷酷な作戦を二人は固唾を飲んで聴き入っている。

「だが冒険者でいっぱいのギルドにバレずに侵入するのは困難だった。だがそこで役に立つのがレイ、お前の瞬間移動能力だ」

「僕?」

「ああ。瞬間移動があれば誰にもバレずにギルド長に接触できる」

「確かに」

「ちょっと待ってよアンナ! 何でレイくんを巻き込むの⁉︎ 無関係なレイくんを危険な目には合わせられないよ!」

しかしレイは首を振る。

「最初から関わる気だったさ。だからこそ二人を助けたんだ。やっぱりティアさんのこと、ほっとけない」

「だよな。目を見れば分かる。お前もギルドが許せないんだろ?」

「許せない。あの後色々追加で調べたんだ。ギルドの、ソモの民への虐待の数々を」

強く握りしめた彼の拳がギリギリと鳴る。

「どんな理由があっても、あんなのはだめだよ…」

「ああ。ティア達を、救ってやろうな」

「だけど一つ問題がある。僕は建物内への瞬間移動は出来ないんだ。内部構造がわからないから、かなりの確率で壁か床に生き埋めになる。この洞窟みたいに、一回でも来たことがあれば位置と距離感が分かるから別だけど」

「いや、問題ない。私が爆薬を使って囮になるから」

アンナは今度はギルドの塔一階の間取り図が描かれた紙をテーブルに広げた。

「ここが入り口で、その真逆の方向に階段がある。レイ、お前は普通にこの入り口から入って階段を上り、上階に居るだろうギルド長を探し出せ。そして見つけたらそいつを連れて瞬間移動でここに戻って来い。そしてここで待機しているティアがすぐさま拘束するんだ」

「なるほど」

「私はレイが安全に入れるように、ギルドの外で爆発騒ぎを起こす。それで見に来た冒険者が指名手配中の私を見つければ、奴らこぞって追いかけてくるだろう。どうやら捕まえれば報酬も貰えるみたいだしな。だから私はそいつらを引きつけて適当に時間を稼ぐ。レイはその間に作戦を実行するんだ。ちょうどギルド内も空っぽになって、見つからずに探索しやすいだろうしな」

「了解したよ」

「ティアもわかったか?」

しかし彼女は不安そうな表情だった。

「どうした?」

「ねぇ、本当にやるの? やっぱりやめない? あたしなら大丈夫だからさぁ、二人が犯罪者になることないよ…」

「ティアさん。僕はある人に命を救われて、人を助ける優しさの素晴らしさを知ったんだ。だけど本来その立場にある筈の冒険者ギルドが罪なき人々を虐げている。僕はその状況がどうしても許せない。だからこれは僕の自己満足で、ティアさんが後ろめたさを感じることなんて何もないよ」

「レイくん…」

「私も別にティアだけの為じゃない。奴らは私の仇でもある。ハルトとサイガさん、そして私の味わった汚辱を思い知らせてやるんだ」

「アンナ…」

「作戦決行は明後日だ。それまでに各自準備をしよう」

「そうだね。とりあえずアンナの変装用にメガネとウィッグを買ってくるところから始めるとするよ」

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