第二章 ギルド大戦

第15話 【指名手配】

「だからもうこんなところに居たってしょうがないだろ⁉︎」

「ここを離れてどこへいくつもりなのよぉ! 大体アンナは今指名手配されているんでしょ⁉︎ さっき街で聞いたんだから!」

貧民街の暗闇の中で二人の少女の言い争う声だけがうるさい。

「それにギルドを倒すって言ったって正面突破じゃ勝ち目がないじゃん。こっちは二人と一匹しかいないんだよ?」

ギルドとの戦いは渋々だったが承諾された。その代わり、ティア達も参加するという条件がつけられた。

危険だからとアンナは強く拒否したが、素直にうんと言うティアではない。曰く、アンナが危険な目に遭うのを見て見ぬふりするぐらいなら死んだ方が楽だという。

「今の私は十分に強い。なんとかなる」

「無理に決まってるでしょ⁉︎ 冒険者が何人いると思ってるの⁉︎ ギルド長の号令一つで全員があたし達の敵になるのよ⁉︎」

返す言葉もなくアンナは唸る。

「倒す倒すって言いますけどねアンナさん、現実的に考えて戦力の差がありすぎるのよ」

「…わかっている。だけどっ」

「だけどじっとしてられないんだよね?」

ティアは大きなため息をつく。

「本当に困った妹だよぉ」

「悪いな…」

しかしアンナがいくら頑固でも、ティアの言うことは正しい。依然状況は悪いままだ。

「ねぇ、騎士団の人達には手伝ってもらえないかなぁ?」

「多分無理だ。城にはデドダムが居る。ハルトが居ない今、あいつが権力と決定権を持っている筈だ」

「どういうこと?」

「デドダムは二、三年前から大臣だった奴で、多分ギルドの手先だ」

「えっ⁉︎ それって…」

「ああ。スパイってことだな。サイガさんが毒殺された時点でその可能性を疑うべきだった」

「じゃあ王様を殺したのも…?」

「いや、それはわからない。あの頃あいつは城にいなかったからな。しかしサイガさんが死んで国王がハルトになったら、あいつが若いのを良いことに好きなように行動していたんだろう。政治にも関与して冒険者ギルドに有利な法をどんどんつくったんだろうな。大臣という立場を利用して。その結果ギルドはさらに大きくなり、その地位を絶対的なものにしていった」

「そういえばあたし今回初めて知ったんだけど、冒険者の人たちはいつでも自由に街を出入り出来るんだってぇ」

「ああ。あまりに冒険者贔屓だよな」

「だよねっ。あたしなんて検問に一時間もかかったよぉ」

「それはシューを連れているからだ」

名前を呼ばれて不思議そうに見上げるシューくんをアンナは撫でてやった。彼は心底嬉しそうにゴロゴロと唸る。

「それに店での買い物も冒険者贔屓だ。なんと彼らは全ての品を無条件で五パーセント引きの値段で買えるらしい。武具に関しては一割だ。ったくハルトのやつ、デドダムにどう言いくるめられればこんな法律を採用してしまうんだよ」

死人を悪く言いたくはないが、政治に関しての彼の勉強不足は否めない。

「そう、だね…。ふわぁぁ〜」

「お前…真面目な話してるのに」

「だってもう夜だよぉ? 良い子はおねんねの時間だよ?」

シューくんもどこか眠そうに左右に揺れている。

「仕方ない、今晩はヴァエネ街に泊まるか。さっきのテントでいいか?」

「えぇ〜、あそこ寒そう…」

ティアは寒がるポーズまでして、わかりやすく嫌がっている。

「なら是非うちにおいでください。鉄格子の中にはなりますが、せめて寒さは凌げましょう」

突然の男の声に二人は飛び上がった。いつ現れたのか、赤い甲冑に身を包んだ中肉中背の男がニヤニヤと笑っている。甲冑の胸には弓矢を象ったエンブレム。その特徴的な甲冑はギルドの先鋭部隊が着ているコスチュームである。

つまりこの男は、敵だ。アンナを追ってやってきたのだ。

逃げようとして振り向いて気づく。後方にも同じような格好の男が二人。そしてそれだけではない。向こうにも。向こうにも。いつの間にか二人は囲まれてしまっていたのだ。

「抵抗なんてせずにいい子にしててくださいよお嬢さん方。あなた達を捕まえれば、私はエライ褒められるんですから」

「ティア、後ろに隠れてろ」

囲いは少しづつ狭まり、徐々にアンナ達を追い詰めていく。

「助けてアンナぁ〜」

「数は大体十人ぐらい。…きついな」

「今の私は十分に強い。なんとかなる。…はどこ行ったのぉ⁉︎」

「うくっ…」

「覚悟の準備が出来たようですね。それっ! 捕まえてしまえ!」

偉そうなその男の号令で戦闘員たちが一気に襲いかかる。圧迫感の肉と鉄の壁。それが四方八方から一気に雪崩れてくる。

彼らはアンナを捕まえるため、彼女の首や手足を掴もうと手を伸ばす。

だがその細い首筋に指が触れようとしたその瞬間、アンナはそこにはいなかった。

男たちはただ虚空を掴んだ。そして次の瞬間、金属同士の激しい衝突音が鳴って、アンナを囲っていた男の何人かが四つん這いに倒れる。

「いつの間に背後に⁉︎」

「囲っていたのに気づかないなんて!」

アンナはさらに、びっくりしている他の男たち数人も剣で殴りつけた。剣撃は兜に防がれるも、その強い衝撃で男達は脳震盪を起こして地面に倒れ込む。

「今だティア逃げるぞ!」

たまたま不意打ちが上手くいったが敵はまだ半数ほどいる。アンナは即座に逃走に転じる判断に出た。ティアを抱き抱え、一目散に走り去る。

「逃がすな! 足だ!」

残った男のうち一人が取り出した弓に矢をセットし、アンナの足目掛けて弦を引く。矢は空気を切り裂き、アンナの足先に吸い込まれるように飛んでいく。

バキっ!

鹿のシューくんが間一髪、アンナの足が貫かれる前にその矢を真横に蹴り飛ばした。誰でも出来る技じゃない。変異歹特有の圧倒的な身体能力を持ってして飼い主の親友を救うことに成功したのだ。

「ありがとな、シュー」

二人と一匹はヴァエネ街を飛び出し、ロキロキの暗闇をがむしゃらに走る。足元はいつの間にか丸石の道になっており、振り返ってもテントの一つも見えない。

「流石に撒いたみたいだな」

赤い甲冑も見えなければ矢も飛んでこない。アンナは小さな路地に入り、ティアを下ろして一呼吸する。

「アンナぁ…ありがと…」

「いつの間にか居場所が割れていたんだ。デドダムの奴、一体どんな方法を」

「まさかヴァエネ街まで辿り着くなんてねぇ」

「そういやお前も私のこと簡単に見つけたよな?」

「まぁねぇ。シューくんのお鼻は絶対的だからね」

ティアは得意げに胸を張る。シューくんも何故か同じポーズを取っている。

「匂い、か…。城で私に何か目印みたいなものを付けた可能性はあるな…」

「でもシューくんが、アンナから変な匂いは特にしないって」

「うーん。とりあえずこの服はここに脱ぎ捨てていくか。ティア、代わりの服ないか?」

「なんであると思ったの?」

「困ったな。指名手配されているなら下手に店にも出入りできないぞ」

「宿も取れないよぉ!」

「よしわかった。取り敢えずヴァエネ街に戻ってみよう。誰か服をトレードしてくれるかもしれない」

「ちょちょちょ、戻るって本当に⁉︎ また襲われちゃうよ⁉︎」

「ああ。敵もそう思うだろうから、今度は街を探すだろうな。まさかまたすぐに戻ってくるとはあのハゲも想像つかないだろ」

「えっ? さっきの人ハゲてたっけ? 兜被ってたからわかんないよぉ?」

「勘だ」


彼女の読みは当たり、さっきまでわんさか居たギルドの兵達は一人も居なくなっていた。二人は既に寝静まったヴァエネの街の中を息を殺して忍足で進む。

「ほら、私のテントだ。仕方がないから今日はここで寝よう」

「寒いんだろうなぁ…」

テントというには歪だが、寝る分には問題ない。十分大きいので、二人と一匹が入っても領土問題に発展することはないだろう。

アンナが中に入ってランタンを探そうとしたその時だった。彼女はふと視線を感じる。

何気なくそちらを振り向き、彼女は喫驚した。

「ヤァ、ミロスフィード」

「ヒ…ヨク…⁉︎」

「アンナぁ? 誰かいたのぉ?」

「逃げろティア‼︎」

「え?」

「はやくっ‼︎」

アンナはテントに入ろうとするティアを押し出し、彼女の手を引き、全力で走りだした。

「アンナどうしたの?」

「死にたくないなら走れ‼︎」

どっちに走っているかなんてわからない。ただあのテントから離れようと死力を尽くす。

途中、他のテントを何個か薙ぎ倒した。誰かの足も踏んだ気がする。だがそんなことに構っている暇はなかった。走る、走る。ただ必死に、ただ死なないために彼女は全身全霊を持ってティアの手を引っ張る。

だが。

「はぁ…はぁ…」

「残〜念、行き止まりみたいだな〜」

いつの間にか進路は街を守る巨大な防壁に遮られていた。そして後方にはテントの男、ヒヨクが息の一つも切らさずに立ち塞がっていた。

すらっとした長身に毛量の多い青髪。人を舐めたような嫌らしい笑顔。

ティアはその男を知らないが、アンナは彼から目を離さない。いや、離せなかった。目は恐怖で開き、冷や汗がどんどん出てくる。

「久しぶりの再会だというのに逃げるなんて酷いな。そこのピンクの嬢ちゃんもそう思うだろ?」

彼の余裕な態度と対照的に、アンナの精神はどんどん削れていく。疲れではなく、呼吸がどんどん荒くなっていく。

ただならぬ雰囲気を感じ、ティアも恐怖と緊張で震えている。

「君のことだからテントに戻ってくると思って張ってたけど、正解だったね」

「なんの…ようだ…」

「ん〜? ほら君、今国王暗殺の容疑で指名手配されてるじゃん。俺も冒険者の端くれだからさ、正義の味方として君を捕まえないわけにはいかないんだわ」

「ふざ…けるな。何が正義だ犯罪者のくせに…‼︎」

「君にはがっかりだ。折角俺が手伝ってやったのに、三年も経ったが何一つしでかさない。失敗だったよ、君を選んだのは」

ヒヨクは大きなナイフを取り出した。

「じゃあな、ミロスフィード」

恐ろしい速度でヒヨクが飛んでくる。ナイフが首めがけて振り落とされる。

(早い⁉︎ 避けきれ…ない⁉︎)

シュッ。

しかしヒヨクの刃が返り血を浴びることはなかった。

アンナもティアもシューくんも、もうどこにも居なかったのだ。

「逃げたか。まさか仲間がいたなんてね」

刹那の出来事だったが、ヒヨクの目は確かに捉えた。一瞬だけ現れ、アンナ達と共に消えた、蒼いマントの少年の姿を。

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