第13話 【アンナ・集会と王さま】
夜の決闘から一晩が経った。朝になり、少女は路地裏で目を覚ます。アンナは荷物を持って、髪についたゴミをはらい、ハルトの待つ王宮へ向かった。
城前ではデドダム大臣が待っていて彼女を出迎えてくれた。
「おはようございますアンナ殿」
「ああ」
「いよいよ今日、あなたの悲願が叶うんです。数時間後にはお城横に民衆が集まります。そこで彼らにギルドの闇を突きつけてやりましょう」
「そうだな」
「これも全部アンナ殿のおかげですね。当局すら知らなかった事実を三年もかけて調査してくださったんですもの」
「おい」
嬉しそうに話す大臣をアンナが睨みつける。
「部外者が、知ったような口を聞くな」
「し、失礼しました」
アンナは不機嫌にスタスタと歩いていく。大臣と歩行速度を合わせる気は一切ないようだ。
(冷たいですね…。陛下にはもう少し優しかったのに)
デドダムは苦笑して肩をすくめる。
(食えないお嬢さんだが、彼女がこの国の命運を握っているのは確か。今日の仕事、何としても成功させましょう)
デドダムは気を引き締め、早足の気難しいお嬢さんを追いかける。
「さて、それでは今日の国王集会の最終ミィーティングを開始する」
ここは王宮の会議室。ハルトの号令で場が締まる。本日の重大ミッションに、その場にいる数十人の重役たち全員が緊張を隠せないようだ。
「一応もう一度確認しておくよ。今日の集会は数々の犯罪行為を行なってきたギルドの罪を国民に公表する場だ。世論を使ってギルドに圧力をかけるのが目的だよ」
皆が静かに頷く。これは昨日アンナに言われて急に決まったことなので、彼らもまだ完全には状況を飲み込めてはいないのだろう。しかし国をよくしたいという想いは同一であり、意義を唱える者はいない。
「ギルドについてはアンナちゃ…、アンナ博士から説明してもらう」
ハルトに促され、アンナは壇上に上がる。
「冒険者ギルドの大罪は主に三つ。一つ、ソモの民の虐待。安全面に十分配慮されているにも関わらず、彼らの試みている変異歹の治療を悪と決めつけ、全冒険者を持って差別と加虐を行い、さらには一般市民にもそれを強要している。そして二つ、前国王のサイガさんの暗殺だ」
会場がざわめく。
「証拠もある。暗殺依頼書だ。ご丁寧に殺戮動機も書かれている」
聞かされてはいただろうが、それでも動揺を隠せないようだ。それはそれだけギルドの表の顔が良いということがわかる。
「その他にも、冒険者達を使って様々な地域で殺人や強盗などの暗躍をしている。そのデータについては手元の資料を各自見てくれればいい。以上」
「ちょっと、待ってよ」
壇を降りようとするアンナをハルトが引き止める。
「三つ目は? 僕も聞かされていないんだけど」
「…」
「アンナちゃん?」
「…人体実験だ」
三年かけてアンナが集めた資料に一通り目を通し、会議室ではますます断罪ギルドの思いが強まった。
「集会が始まるのは午後一時きっかり。気が早い国民はもうすでに隣の噴水広場に来ているかもしれない」
「まずは当局が開会の挨拶をし、それから陛下御自らに話していただきましょう。それが一番国民の心に響くでしょうから」
それには満場一致で賛成だった。
「逆上した冒険者が暴動を起こすのを防ぐために、王宮の騎士団には広場の警備をしていただきましょう。騎士団長、前へ。アンナ殿は確か初対面でしたよね?」
大臣の元へ黒髪ロングで甲冑に身を包んだ女性がやってきた。すらっと高い背と整った顔立ちからは格好良さを感じるが、同時にどこか人を安心させるような優しさも感じる美人だった。二十代ぐらいだが、その大きな胸からは母性すら感じる。
「騎士団長のアーサー・カタパルトです。初めまして、アンナ博士」
彼女は優しく微笑みアンナに手を差し出すが、彼女はそれを無視する。
「こんな青二才がダンケルさん達を束ねているのか?」
「アーサーはとても優秀なんだよ。彼女に敵う戦士なんてこの国に三人もいない」
「恐縮です、陛下」
「アーサー殿、広場の治安は貴女に任せますよ。騎士団長様の采配と優秀な騎士団の実力、信じていますよ」
「任せてください、大臣」
彼女は胸に手を当てて敬礼をすると、騎士団を統率しに会議室を出て行った。
「他の皆も各自の持ち場について。政府として、これからの冒険者ギルドについていっぱい考えなくちゃいけないからね」
これによって会議は終わり、いよいよ作戦が始まる。
「ハルト、お前はこの後のギルドをどうする気だ?」
「まだわからない。国民の反応次第かな」
「世論がどれだけこちらに傾くかってことか」
「うん。今ギルドは国民的大企業としてかなりの地位にいるからね。国民を味方につけずに攻撃したらかなりの反発を喰らうのは目に見えている」
「今や家族や知り合いに冒険者がいない人の方が少ないからな。だからこその集会だ。信頼している国王に面と向かって事実を突きつけられれば、いやでも気持ちは傾く」
「信頼…されているのかな? ほら僕まだ若いし、成りたてだし…」
「民が長に抱く感情なんて二種類ぐらいだ。疎むか信頼するか、大体この二極端に分かれる。そしてお前は少なくとも疎まれてはいない。それは街の住人を見ていればわかるさ」
「それが本当かはわからないけど、アンナちゃんに言われると不思議とそんな気がするよ」
「私は本当のことしか言わないさ。昔からそうだろう?」
「そうかもね。でも昔から、よく隠し事をすることも知っている」
「…」
「あの時だって、父さんの死因を教えてくれなかった。最初からギルドに殺されたって知っていたんでしょ? だからそんなギルドを告発するために一人で旅に出て」
「それは…」
「僕を不安にさせないために隠していたんでしょ? 余計なことを考えず、政治に集中できるように」
「…」
「それに今も何か隠してる。ねぇ、人体実験って何? 昨日は話してくれなかったよね」
「お前に関係ないからだ」
「じゃあアンナちゃんには関係あるの?」
「…余計なことを言ったようだな。パンチのあるワードを出した方が王宮の意思を統一できるかと思って言っただけだ。気にするな」
「そう…」
「それより早く広場を見下ろすバルコニーへ向かおう。他の連中も持ち場についたみたいだし、時間ももうあまりない」
「そうだね。この集会、国の未来のためにも絶対成功させようね」
「ああ。頑張ろうな」
一時になる頃には広場は国民でいっぱいになっていた。流石に国民全員ではないだろうが、それでも相当な数だ。王宮からの緊急連絡ともなれば聞き逃すわけにはいかない。好奇心半分、恐怖心半分で毎回かなりの割合が集まるようだ。
心を動かし、新たな世論をつくるには十分な数だ。
そんな人でいっぱいな広場のあちこちに織部色の人影が見える。王宮騎士団の甲冑だ。この様子だと城の騎士団員はほぼ全員広場の警備に当てられているようだ。どうやら暴動のリスクをかなり重く見ているらしい。
「あと一分です。陛下、準備はよろしいですか?」
「大丈夫だよ」
バルコニーへ繋がる広間で待機中の面々に緊張が走る。もう後戻りはできない。
懐中時計が一時を示した。
ハルトはデドダム大臣に頷き、それを合図に彼はバルコニーへと出ていった。
バルコニーからは広場が一望でき、また広場からもある程度は姿が確認できるようになっていてる。最初から公演用に設計されているのだ。
「親愛なる国民の皆さん。本日は突然の会合にも関わらず、お集まりいただきありがとうございます」
バルコニーの手すりに取り付けてあるホーンを使ってデドダムが挨拶を始める。ホーンからはパイプが伸びており、その出口は広場の至る所に設置してある。広場のどこにいても音声がしっかりと聞こえるシステムだ。管の中では音波が反響しながら進むため声量が小さくなり過ぎる心配もない。
「本日は我らが国王、ハルト殿下より緊急のお話がございます。場合によっては命に関わる重大な案件ですので、しっかりとお聞きいただくよう、お願いします」
大臣の言葉に民衆がざわめく。少なくともいい知らせではないことを知った彼らの感情は動揺と不安に染まっていく。
「皆さん、こんにちは。今日もいいお天気ですね」
満を持してハルトがバルコニーに現れる。いよいよ始まるのだ。
流石のアンナも冷や汗が垂れる。
ハルトも緊張している様子だ。深く深呼吸をして気持ちを鎮めると、ホーンに口を近づけた。
「早速ですが本題に入りたいと思いま…」
ドスン。
何秒経っても続きがない。アンナは不審に思い、バルコニーを覗き込む。
「⁉︎」
そして絶句した。思考が吹っ飛んだ。
ハルトは床に倒れていた。その緑色の美しい髪が真っ赤に染まっている。
「ハルトぉ‼︎」
無我夢中で駆け寄る。抱き上げても、彼の体は無力にのしかかってくるだけだった。
「ハルト‼︎ ハルト‼︎」
「アンナ…ちゃ…ぼく…しぬん…だね」
ハルトの頭を見ると長さ十センチメートルほどの短い槍のようなものが刺さっている。それはどう見ても完全に頭部に刺さっており、重症どころで済まないのは一目瞭然だった。ハルトは頭からドクドクと血を流して大量の涙を浮かべながらも、アンナの頬に一生懸命手を伸ばそうとしている。
「きみの…こと…尊敬してる…だいすき…だ、よ…」
それを最期に、彼の体が重くなった。
「ハルト…? ハルトッ! ハルトォォ‼︎ うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼︎」
少女は叫ぶ。涙が止まらない。しかし彼女がいくら悲しんでも無駄だった。彼女のたった一人残った家族はたった今、死んだのだ。
悲しみに打ちひしがれた彼女の体が突然強い力で引っ張られる。
「王が殺された! この賊によって!」
大臣はアンナを引きずり上げて国民に見せつけた。
民衆がざわめく。悲鳴や怒号も聞こえてきた。
「デドダム…? 何を…」
「邪魔だったんだよ。お前も国王も。これで両方潰せた」
涙越しに彼のどす黒い笑みが見える。
「本当にバカな騎士団どもだ。まんまと国王の警備を解きやがって。そしてお前もな。お前がいたから暗殺の罪を被せることができたんだ」
下方の広場では騒ぎがますます大きくなっている。騎士団達は異変に気づいて急いでこちらへ向かっているようだ。
「すぐにお前は逮捕される。国家反逆罪と王暗殺の罪によってなぁ!」
「ふざ…けるな!」
アンナはデドダムの腕をつかみ、腕ごと体を投げ飛ばす。
「なんて力だ⁉︎ ガキのくせに!」
「貴様が、ハルトをやったのか…⁉︎」
「お前がギルドに楯突くからだ」
階段を駆け上がる音が近づく。騎士団がもう到着したのだ。
アンナは悲しみを無理やり抑え込み、涙を拭いた。
「デドダムっ‼︎ 貴様だけは絶対に許さない‼︎」
「逃げる気か。まぁ、仕方ない。当局では抑えきれないようだからな。だが、ギルドは絶対にお前を逃がさない。覚えておけよ」
デドダムは首を切るジェスチャーをして見せた。
「こっちのセリフだクズが」
アンナは最後にチラッとハルトを見た。そして走り出し、バルコニーから飛んだ。隣の屋根に降り立った彼女はそのまま物凄いスピードで屋根の上を駆けていく。
騎士団がたどり着いた時、彼女は既に何処かへ走り去った後だった。
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