第12話 【ルカ・冒険者と憎む者】
「彼女のこと、よろしくお願いします」
「ええ。任せて頂戴」
ルカは寮長のおばさんに深くお辞儀をすると、静かに寮を後にした。
何とか無事に変異歹を倒したルカだったが、ジーナの精神を守ることは出来なかった。兄を失った絶望、血みどろの現実、恐怖。彼女の心は持たなかった。ルカが駆け寄るより先に、死んでいくように気を失った。
そんな彼女を急いで街に連れ戻し、冒険者寮に預けたのだった。医者も呼んだので数分のうちにやってきてすぐにジーナのことを診てくれるだろう。
勿論、ルカもそばにいてやりたかった。しかし街に戻るや否や、ギルドからの緊急呼び出しを受けたため、長くは居られなかった。
「ジーナ、すまない。すぐに戻るからな」
沈みかける太陽を背に、彼は大急ぎでギルドへ走っていく。ジーナの元へ早く戻ってやるためでもあるが、緊急の案件というのも放ってはおけない。
ギルド長はルカに休暇を与えた。それを取り消してまで彼を呼び出すというのは本当に只事ではないのだ。
すっかり見慣れたギルド本部の扉を開け放ち、四階目指して階段を飛ばす。
「ルカくん‼︎」
「ギルド長、連絡もらいました! 一体どうしたんですか⁉︎」
「今からここへ賊が攻め込んでくるらしいのだ」
「賊ですって⁉︎」
「ああ。赤髪の少女でミロスフィードという名前らしい」
「少女? ひとりですか?」
「かなりの強者らしい。何でも人の力を超越しているらしい」
「え?」
「それにオーナーからの指示で、絶対に人に知られてはいけない。君の実力ならそれが可能だろ? 速やかに人目のつかないところへ連れて行き、討伐せよ」
「討伐…」
「ギルドからの最重要司令だ。早く行きたまえ」
「わ、わかりました」
ルカは急いで今来た階段を駆け降りる。耳を澄ませば下の方で何やら受付がもめているような声が聞こえる。
(もう来たのか)
一階へ着いて入り口の方を見る。血のように真っ赤な髪をした少女が受付嬢に向かって何やら怒鳴っている。
(賊め!)
ルカは全身の力を足に込め、思いっきり階段を蹴飛ばす。彼の体は弓矢のように少女に向かって飛んでいく。
「なっ⁉︎」
飛んでくる男に少女が気づいた時には彼はもう彼女を腕の中に抱え、その勢いのまま扉から飛び出す。そして足が地面についた瞬間、今度は大地を思いっきり蹴り飛ばし、ロケットのように上空へ飛び上がった。
「離せこの痴漢野郎!」
「ああ、離すよ。人気がないところでね」
ルカ達はギルドの建物を飛び越え、その裏にある巨大建築物へ向かって落下していく。そこは大きな円形闘技場だった。
「いいから離せ!」
少女はルカの腹部を肘で全力で殴りつける。一瞬緩んだ手を振り払い、体を空中で何度も回転させて勢いを殺し、闘技場の真ん中へ着地する。その数メートル先にルカもクレーターをつくって降り立った。あんな高さから落ちたのに両者とも怪我やダメージは一切ない。この時点で二人とも化け物だ。
「ここはギルドが造った闘技場さ。一般開放はされていないから人に見られる心配もない。ここでゆっくりと君を無力化させてもらう」
「拉致までしておいてとんだご挨拶だな。少女趣味は犯罪だぞ」
「君は随分と口が悪いんだな。えっと、ミロスフィードだっけか」
「いいからどけよ。私はギルドに用があるんだ」
「いいや、どかない。俺は冒険者ルカ! ギルド長の命で君を無力化する!」
ルカは背中に背負う柄から剣を抜き取り、構える。
「冒険者か。なら倒しても良心は痛まずに済むな」
少女も剣を抜いた。こうなったら戦いが始まるのは必至。
両者が睨み合う。
辺りはもうすっかり暗くなり、両者のギラつく瞳に灯る殺意がよりはっきりと映る。
「どうした? かかってこないのか?」
「君こそ、早く襲いかかれよ。賊なんだろ?」
「賊だと? そう名乗った覚えはないぞ」
「とぼけるな。ギルドを襲おうとしていただろ」
「お前…バカだろ。なんで賊がご丁寧に受付寄るんだよ」
「何ぃ⁉︎」
確かに彼女は一階で怒鳴っていたが、暴れたり攻撃したりといった様子はなかった。
「ならなぜギルドへ来た⁉︎ 君は冒険者では無いだろ⁉︎」
「ああ違うね。私はギルド長とやらに会いに来ただけだ」
「ギルド長に? なぜだ」
「何でお前に話さなきゃいけない。いいから早く斬り合えよ‼︎」
少女が走る。剣を振り上げたかと思った刹那、彼女の姿が消えた。
「上かっ⁉︎」
ルカが真上へ剣を突き刺す。刃先は虚空をただ横切っただけだった。
「下だ」
「いつの間に⁉︎」
顎下の死角から剣先が突き上げられる。あまりの速度に避けきれず、ルカは慌てて左手で喉を守る。彼女の剣は左手の甲をズタズタに切り裂くが、致命傷には至らなかった。
「ちっ」
少女は急いで距離をとり、ルカの反撃にそなえる。しかしルカは反射的な反撃は読まれると判断し、少女の避けるであろう方向に向かって走ることを選択していた。
カウンターを避けたと思い込んでいた少女は目前へ突撃してくる敵に一瞬ギョッとした。彼の剣先はいつの間にか胸先まで伸びていた。
「正義は勝つ‼︎」
しかし。
「手応えが…ない?」
確かに捉えたと思われたルカの剣はしかし布だけを斬り、少女の肉体には届かなかった。
彼女はその隙にくるりと体を翻し、今度こそ距離をとる。
「冒険者のクセになかなかやるな」
「君もな。まだ十七やそこらだろ。大したスピードと戦闘センスだ。君が味方に、冒険者になってくれたらどれだけ心強いか」
「ふざけるな。誰がそんなのになるか」
「君は冒険者を嫌っているようだな。一体なぜ?」
「なぜだと? それはこっちが聞きたい。一体なぜあんな犯罪者組織のために働けるんだ」
「何っ⁉︎ 俺たちを侮辱する気か!」
「侮辱されたのはこっちだっ‼︎」
少女の叫びが闘技場中にこだました。
「貴様らのせいで私は…ティアは…サイガさんは…」
「サイガ…だと? 前国王のことか⁉︎ 一体どういうことだ⁉︎」
「うるさい。興が醒めた。今夜は帰る」
「おい! 待て!」
ルカは慌てて少女を追いかけるが、次の瞬には彼女の姿は闇に消えていた。
ルカにとって、人生で初めての任務失敗だった。
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