第7話 【レイ・冒険者初日】

二人は街の武具店である「ぽわぽわぴょんぴょん店」に来ていた。店名があまりに可愛すぎるが、店長の趣味なのだろうか。

フライドが言うには、この店は街で一番の品揃えを誇る武具店であるらしい。

実際、店は周りの商店と比べても一回りほど大きく、ガラス越しに見える店内は沢山の人で溢れかえっている。

「すまないな、レイ。完成した在庫を全部納品してしまっていた事をすっかり忘れてたぜ」

フライドはきまりの悪そうに頭をかく。

「あんだけカッコつけたのに、面目ねぇ」

「この店で売ってるんでしょ? なら大丈夫ですよ。それより申し訳ないです、お金を出して貰って」

当然、素っ裸で落ちていたレイがお金を持っている筈もない。彼が今着ているチュニックやその他生活の必需品は先程フライドに既に買ってもらい、冒険者を始めるために必要である武具の代金も支払うと言ってくれた。

「なぁに、出世払いだよ。お前が立派な冒険者になったら返してくれればいい。後はステーキでも奢ってくれれば俺は大満足さ」

「もちろん! 初給が入ったら二人で食べに行きましょうね」

フライドはニカっと笑う。

「さ、入ろうぜ」

ドアを開けると可愛らしい鈴の音が二人の入店を知らせる。しかしその音がほとんどかき消されてしまうほど、店内は賑わっていた。

結構広い店内だがショーウィンドーとお客で動けるスペースがほとんど無い。みんな互いをかき分けながら何とか移動している。奥に見える支払所にも長い列が出来ていて、見ているだけで気が滅入る。

「こ、混んでいるんですね」

既にげっそりとした面持ちでレイが唸る。

「まぁな。でも俺たちはこっちだ」

フライドが指さしたのは二つのショーウィンドーの間の壁にあった木の扉だ。丁寧な文字で「スタッフルーム」と書かれている。

彼はレイの腕を掴むと、他のお客をズカズカと押し除けながら扉まで移動する。

「はいはい、ちょっとごめんよ」

扉の前にいた男を退かして扉を開けると、レイを連れて中へ入る。

「少しは静かになったな」

先程までとは雰囲気がガラリと変わり、そこは事務所のような場所だった。書類や書籍が沢山詰まった本棚と重そうな大きなデスクのみが置いてある。

「おーい、センリはいるかぁ⁉︎」

部屋の奥にある、入って来たのとは別な扉に向かってフライドが叫んだ。すると壁の向こうから大きなため息が聞こえる。扉がガチャリと開き、白髪白髭で初老の紳士風の男が現れた。彼はニコニコと手を振っているフライドをめんどくさそうに睨む。

「フライド、何度言ったら分かるんです? 仕事の邪魔をしに来るのはやめてください」

「おいおい、そんなこと言って良いのか? 今日は顧客を連れて来たんだぜ?」

「は、初めまして…」

少年の姿を見つけた瞬間、初老の男の表情がパッと変わる。

「これはこれは、気づかずに申し訳ない。私はこのピュアパレットの最高責任者でセンリと申します」

男は紳士的に微笑み、深いお辞儀をする。

「この野蛮な男が何か失礼を致しませんでしたか? もしそうなら私から深く謝罪させていただきます」

「おいおい…」

「フライドさんと知り合いなんですか?」

「まぁ、腐れ縁と言いますか。昔一緒に働いていた頃からの付き合いなんです」

「そうだったんですか。いえ、失礼だなんてとんでもないですよ。僕、フライドさんに沢山助けてもらいました。感謝しても仕切れないほどです」

レイが弁解するとフライドは大袈裟にうなずき、責めるようにセンリを睨みつける。しかしセンリは彼を相手にする様子が全くない。

「それで、本日はどのようにお手伝いできますかな?」

「実は僕、今度冒険者になることにしたんです。そのための一式が欲しいんですけど、どうせならフライドさんが造ったものが良いなって」

「なるほど。確かにこの男、鍛治の腕だけは一流ですからね」

「だけって何だよ! この店の売れ筋商品は全部俺の作品なんだぞ⁉︎」

抗議するフライドをセンリは軽く遇らう。喧嘩しているように見えるがこの二人、本当は仲が良いのだろう。根拠はないが、レイには自然とそう思えた。

「俺の方は在庫切れでよ。お前の方で見繕ってくれないか」

「わかりました」

すると、センリの目つきが変わった。彼は何かを測定するようにレイの体をじっと見つめる。

「ふむ。身長約百七十八センチ。体重推定六十四キロ。体は細いが筋肉はしっかりついている。なるほどなるほど…」

そのままぶつぶつ言いながら扉を出て行ってしまった。

「あ、あの…」

「安心して待ってろ。変なヤツだが、武具店の店長としての実力は本物だ。きっとお前にピッタリの最高の装備を見つけてきてくれるさ」


センリが帰ってくるまでさほど時間は掛からなかった。彼に続いて三人の店員がそれぞれ腕いっぱいに武器や防具を抱えてきた。数あるそれらをあっという間にデスクに並べてしまう。

「た、沢山持って来たんですね」

「最終的に選ぶのはお客様であるレイ様ですから」

三人の店員は持ち場に帰って行く。

「どれもこれもレイ様にピッタリの商品です。時間はありますので、ごゆっくりお選びください」

すっかり接客モードに入ってしまったセンリは次々と商品の説明をし始める。

専門用語の飛び交うプレゼンテーション会をレイは虚ろな目でただ黙って聞く。

そうして小一時間が過ぎた。

「…と、こういう訳です。いかがですか、レイ様? どの商品に致します?」

「あ、終わりました…?」

いつの間にか出ていた涎を拭う。

「どれがよろしいでしょうか?」

「うーん…どれと言われても…」

長ったらしく難しい話を聞いても分かるはずも無い。しかし一時間も説明してもらった手前、何でも良いと言うわけにもいかない。

レイが言葉に詰まっていると、さっきまで黙っていたフライドが口を開いた。

「なぁ、センリ。あれは無いのか? 俺はてっきりあれを持ってくると思ったが」

「あれ…ですか?」

「あれだよあれ。待ってろ、俺が今持って来てやる」

フライドが勢いよく飛び出していったと思った次の瞬間、一セットの装備を抱えて戻ってきた。

「ああ! 確かにそれならレイ様にピッタリですね!」

「そうだろ? レイ、ちょっとこれ着てみろよ」

装備を渡されて、レイは試着室に入る。防具を着るという初めての経験に手こずりながらも、試し試しで何とか装着していく。

「終わったか? 開けるぞ?」

カーテンが開かれる。そこには瑠璃色の装備に身を包んだ美少年が格好良く立っていた。

「どう、ですか? 似合ってます?」

「おう! とても似合ってるぜレイ!」

「はい。サイズもデザインもピッタリですね」

二人は満足そうに笑う。

「防火性のある特殊な糸で編まれた蒼いマント。

世界一軽くて頑丈な金属で造られた胸当てのプレート。

インナーは薄くて丈夫な高級品。滅多に裂けたり切れたりしないでしょう。

そして布地に細かい砂を混ぜて縫われたカーゴパンツ。槍すら貫通せず、沢山あるポケットも絶対に破れないので貴重な物も入れ放題。

そして厚底だけど走りやすい設計の革ブーツ。どんな岩肌も一気に駆け抜けられます。

以上が装備セット、フライド作「軽防御セット」でございます! 軽くて防御性もあり、まさにルーキーの命を第一に考えた軽装なんです!」

我が物顔でセンリが饒舌に説明してくれる。結局よく分からなかったが、凄そうなのは伝わった。

「どうだ? 俺の作品、気に入ったか?」

「ええ、とても! 特にこの剣。妖艶な雰囲気に一目惚れしちゃいました」

レイは剣を抜いて嬉しそうに眺める。

それはかなり変わった剣だった。

刃から柄まで真っ黒で、紫色の花弁のような彫刻が鍔の代わりについていた。そして角度によって真っ黒なその身に光が当たり、紫色の箔が見え隠れする。

「気に入って頂き、光栄です」

センリが優しく微笑む。そして突然、何かを思い出したように真剣な表情になった。

「レイ様」

センリの真面目なトーンにレイも気づいた。自然と聞く耳になる。

「ご購入の前に、一つ大事な質問をしなくてはいけません」

「…はい」

「これは店に来る新人冒険者の方全員に聞いていることです。「あなたは見ず知らずの人のために自分の命を使う覚悟、本当にできていますか?」」

彼の目は恐ろしいくらい真剣だった。静かに、だが力強く、レイの顔を見つめている。

「どうですか、レイ様」

二択で答えられるシンプルな質問だが、彼の言葉は重い。沢山の若者を冒険者として送り出てきた武具店の店主として。そして先輩の冒険者として。「戦う」ということを誰よりも知っているからこその、質問だった。

「センリさんの言いたいこと、わかります。確かに死ぬのは怖い。理不尽に自分の命が奪われそうになるのは本当に恐ろしい」

しかし彼の声は震えてなどいない。センリにも負けない、真っ直ぐな声で言葉を紡ぐ。

「でも僕はフライドさんを見て、誰かを守る強さを知った。助けられる喜びを知った。

僕にできるのなら。空っぽで何もない僕にも、誰かの命を守ることができるのなら、僕は自分の命を賭けたって惜しくはないんです」

真っ直ぐな瞳でセンリを見つめ返した。その目は強く輝いていた。

「そうですか」

センリは笑う。

「あなたになら、人類の未来を任せられそうです」

彼は一枚のカードをレイに手渡す。そこにはレイの顔が描かれており、その上には「冒険者 レイ 国民証」と書かれた文字。そして真っ赤なハンコが押されていた。

「こ、これって…⁉︎」

「あなたが冒険者になった証ですよ。おめでとうございます、レイ様」

「センリさん…ありがとうございます‼︎」

レイは思わず、涙を浮かべてセンリに抱きつく。

「頑張って立派な冒険者になりなさい。応援していますよ」

「はい! 僕、がんばります!」

二人が抱き合う横で、フライドは一人怪訝な表情をしていた。

「…あんな剣持ってきたかなぁ? うーん、気のせいか」

彼は変なことを考えるのをやめ、大喜びのレイとハイタッチをした。


ぽわぽわぴょんぴょんの店の横には、野外トイレのような形の小さな木造建築がある。

フライドはセンリから借りた鍵を使って、その扉にかけられた鎖の錠前を外す。

ギィーと音を立てて扉が開く。中は真っ暗で何も見えない。フライドがランタンに火を灯すと、やっと辛うじて中の様子が見える。そこには地下深くまで降りてゆく石階段があるだけだった。

「降りるぞ」

段は湿っていて、気を抜くと滑り転びそうになる。

二人は踏み出す一歩に気を付けながら、あまりにも長いその階段を下っていく。

「どこまで続いてるんですか、これ?」

「もうすぐだ」

彼の言葉は真実だった。レイは下の方に小さな明かりを見つける。階段を一歩踏み出すたびに明かりはどんどん大きくなり、いよいよランタン無しでも全く困らないほど明るくなくなった。

「明かり? こんな地下に?」

「あれだよ」

フライドの指差す光景を見た時、レイは思わず仰天した。

階段の着地点、そこは巨大な洞窟になっていた。いや、洞窟というよりは人工のもののようだ。天井と床はすっかり平行で、壁も綺麗に削られている。そしてその天井には黄金色の鉱物がびっしりへばり付いていた。その小さな鉱石の一つ一つがあり得ないほどの輝きを放っている。

「石が、発光…?」

「ガイダンストーンっていう、自然発光する珍しい石だ」

フライドは淡々と持ってきた荷物を床に置く。

「こんな凄いところで、今から何をするんですか?」

「簡単に言うと、ここは店で買った武器をテストするために造られた闘技場だ。最近はあまり使われていないがな」

客足が増え過ぎて、いちいち貸し出していられないからだとフライドは説明する。

「俺はたまにセンリに頼んで、特訓のために特別に借りてるんだ」

彼は話しながら、何やら壁を撫でている。すると、カチッという音が鳴り、大きな歯車のような音が壁から聞こえてくる。そして今度はゴゴゴゴという、重い音が耳を攻める。

「こ、これは⁉︎」

レイの見てる前で奥の壁がゆっくりと持ち上がっていく。ただの岩壁に見えたそれはカラクリ仕掛けの扉だったのだ。

レイは上がり切った扉の奥に何かがいることに気付く。そしてそれはゆっくりとレイ達に近づいて来ている。

「あれがお前の相手になる「人造生物」だ。制御装置がついてるから安心しろ。命の危険はあんまり無い」

それは二足歩行の兎のような生物だった。体のあちこちが鉄板で覆われており、なるほど確かに人造のような見た目をしている。頭には兜のような物がくくりつけられており、そこから導線がフライドの足元にある小さな木箱まで繋がっている。箱には「発電機」と書かれており、あそこからの電気を流して生物を抑制するシステムのようだ。

「俺たち人間は生身か、せいぜい武装することしかできないがそいつは口から炎を吐いてくるようになっている。気をつけて戦えよ」

フライドがそれをいい終わらないうちに、兎型の人造生物はレイに飛びかかる。

「えええええ⁉︎」

右手の爪攻撃を間一髪で避ける。隙を見てすかさず腹を蹴ってみるが、左手で軽くいなされた。相当の腕力があるようだ。

「それにしても人造生物なんて聞いたこと無いよな。センリのやつ、どこからこんな凄いの貰ってきたんだろう」


フライドは小さな木箱を持ってレイを見守っている。木箱には小さなレバーが付いており、太い紐のようなものが兎まで伸びていた。

「これで緊急停止できるんだってよ。だから安心しろ」

しかしどれくらいの即効性があるのかわからない。少なく見積もっても数秒以上のラグはあるのだろう。

だから兎に隙を見せてしまえば無傷というわけにはいかない。レイは必死に距離を取って体勢を立て直す。

しかし兎はそれを許さない。息を吸ったと思った次の瞬間、口から灼熱の炎を吐き出す。

「うあぁ⁉︎」

「マントを使え! 炎耐性がある」

そういえばセンリがそんなことを言っていたのを思い出した。

レイは慌てて空で回し蹴りをする。するとマントが勢いよく翻り、迫り来る炎をふわりと押し返す。

「変異歹って突然変異だろ? その時に体の材質や特性が面白い変化を遂げることがあるんだ。自然界では無いような珍しい特性が見つかることもある。俺みたいな鍛冶屋はそんな変異歹の体の素材を使うことで、奴らの能力の再現を目指している。とある蚕の変異歹はいくら炎を使っても全く燃えなかった。そのマントはそいつの糸を使っているんだ。だから絶対に燃えることはない。それを盾にして突っ込むんだ」

炎を吐く行為は少なからず体力を使うようだ。兎の息が一瞬止まり、荒い呼吸をする。

「今だ!」

レイは地面を思いっきり蹴って強引に距離を縮める。

兎はビクッとして、目の前の敵に再び炎を被せる。

(フライドさんセンリさん、信じるよ)

はためくマントの端を掴んで頭に被り、自身は進撃を止めない。

「熱っ⁉︎」

炎がマントにぶつかり、その灼熱が布越しに伝わってきた。毛穴という毛穴から汗が噴き出す。しかしなるほど、どんなに熱くても体が燃える気配は無いし、熱は一瞬でマントに吸収されていった。

「キュッ⁉︎」

兎は炎に構わず直撃してくる敵に驚き、思わず後退の姿勢をとる。しかしそれが隙を作った。

綺麗に背後を取ったレイは剣を握りしめ、振り上げる。

「今だレイ斬り刻め! 技名を叫ぶのも忘れるな!」

「わ、技名⁉︎」

「キュエェェ⁉︎」

「え、えーっと…。ぜ、ゼロソードアタック‼︎」

渾身の力を込めて剣を振り下ろす。刃は兎の背中をしっかり捉えた。肉を切り裂く感覚が剣を伝って右手に伝わる。紫色の液体が辺りに飛び散り、断末魔をあげて兎は地に倒れた。

「し、死んじゃった?」

「大丈夫だ、在庫はまだ山ほどあるからな。それより凄いぞレイ。良くやった」

フライドはその大きな手で大音量の拍手をしてくれた。

しかしレイの腕には気持ち悪い殺傷の感覚がまだ残っていた。生き物の肉を強引に斬り、命を奪う感覚が。レイは右手にかかった紫の液体に負い目を感じるようにじっとそれを見つめている。

「フライドさん…」

「気持ちは少しはわかるけどよ。生きるってこういうことさ。食すため、素材を得るため、そして殺されないために、他者の命を奪う。そしてお前は今日、人類を守る冒険者になった。他者の命を奪うってことに、今のうちに慣れておけ」

「…わかりました」

レイはハンカチを取り出し、その液体を拭き取った。


そろそろ夕方と呼ばれる時間帯に差し掛かる。仕事終わりなのか、ぐったり疲れた様子の人たちが大勢街を歩いている。

「俺たちも疲れたなぁ」

フライドは大きく背伸びをした。ただでさえ巨大な男が背伸びをすると恐怖すら感じるほどの威圧感がある。

「今日はありがとうございました。何から何まで」

命を救われ、冒険者の道を諭され、そして戦闘訓練にまで付き合ってもらった。あの後もしばらくは地下に篭って剣術の訓練なんかをおこなっていた。つまりほぼ丸一日も一緒にいた事になる。

「気にする必要は全く無いぜ。これだけ恩を売っておけば俺の老後も安心だ」

冗談っぽく言って大笑いするフライド。レイもつられて笑う。

「だが流石に疲れたな。さ、今日はここで飲むか。お前にも付き合ってもらうぜ?」

フライドが飲み屋を指差す。古びた小さな店だった。

オンボロな看板には「ハイパーゼットン」と書かれている。店の風貌に似合わず、なんだか随分強そうな名前だ。

だが雰囲気自体はよくある地元民から愛される感じの居酒屋で、案外こういう店がとても良い店だったりする。元気に扉を開け放つフライドに続いてレイも入店する。

「よお、二人だ」

フライドはマスターに挨拶すると我が物顔でドスンと席に着く。かなりの常連なんだそうだ。

狭い店内には他にも結構な数の客がいる。彼らは皆揃って、防具や数々の武器で身を包んでいた。あれが本物の冒険者なのだろう。レイの先輩たちだ。

「よしレイジ、何頼む? とりあえず生か?」

「い、いや、僕は…」

「なんだ? 遠慮するなよ?」

「いや、多分僕十五ぐらいだし…」

「十五ならもう立派な大人だ。ほれ、遠慮せずに飲め飲め」

しかし、やっぱり一応酒は断ることにした。代わりにさくらんぼジュースを注文してもらう。フライドの方は、なんといきなり生ビールを四杯も頼んでいた。見た目のイメージ通り、豪酒のようだ。

「さて。新人冒険者のレイ・ルーキー君を祝って、乾杯っ!」

「「「乾杯っ!」」」

フライドの音頭に合わせて店内に居た他のお客も一緒になって叫ぶ。

レイは居酒屋に来たのは初めてだった(多分)が、こういう雰囲気も悪く無いと思う。最初は少し緊張していたレイだが、今やすっかりフライド達と一緒に楽しんでる。

「おおぉ、いい飲みっぷりだ! ほらじゃんじゃん食えよ? ガッハッハ!」

「な、何ですかこの正三角形のきのこは? 毒とか無いですよね…?」

「いいから食え食え、ちょっと目眩がするだけで問題ないから」

「いやそれ問題ありますよね⁉︎」

いつの間にか他のお客たちもレイたちの席に座っていて、会話に混ざってきた。彼らはどうやらフライドの飲み仲間で、彼の連れてきたレイに興味を抱いていた。

「少年どこから来たんだい?」

「彼女はいるのかい?」

「おじさんと遊びに行かない?」

「え、え〜と…」

「ガッハッハ! お前ら、あんまりそいつを困らせてやるなよ」

料理もどんどん運ばれてきて、店内は大盛り上がりだ。すっかりテンションが上がってしまったマスターなんて、フロアでブレイクダンスを踊っている。

そんな楽しい時間はあっという間に過ぎていき、外はいつのまにか暗くなっていた。

何気なくレイは窓から外を見る。

(フライドさんみたいないい人に会えて良かったなぁ)

頬杖なんてつきながら、満点の星空を見上げて今日の出来事を思い返す。

その時だった。

ふと視線を下げた彼の目に、それが写り込んだ。

ピンク色の服を着た小さな女の子が、数人の男たちに蹴られていた。子供は地面に倒れていて、頭を抱えて必死に打撃から頭を守っている。

「何だよあれっ⁉︎」

「どうしたレイ?」

レイは慌てて店を飛び出し、窓から見えたその男たちに向かって走る。

男は全部で三人。そしてその足元には小柄な少女が倒れていた。身長と顔立ちから十一歳か二歳だろう。まだ幼い子供だ。

彼女は怪我もしていて血も流れている。この男たちは集団になって彼女をリンチしていたのだ。

「やめろぉぉぉぉ!」

レイは走ってきた勢いそのままに男の一人を思いっきり殴りつける。

人を殴った痛みが拳に伝わるが、後悔は無い。

殴られた男はその衝撃で隣の民家の壁に強打する。

「なんだガキ⁉︎ 突然何をするんだ⁉︎」

他の仲間が叫ぶ。

「突然だと⁉︎ その子が何をしたかは知らないけど、寄ってたかってそんな小さな女の子を痛めつけるなんてどうかしている‼︎」

こうしている今も少女は足裏にされている。男が体重をかける度に彼女の顔が苦痛に歪む。

「やめろって言ってるだろ!」

レイは飛びかかろうとしたが、その時男たちの武装が目に入った。革や金属で造られた防具を着ており、腰にはナイフや斧が刺さっている。

彼らは冒険者だったのだ。つまりは戦闘のプロ、新人のレイ一人が敵う相手では無い。

先程殴った男もケロッと復活して剣を抜いている。

「かっこつけんじゃねーよボウズ。ナンパならよそでやんな」

「ふざけるな! こんな仕打ち、誰だって見過ごさないぞ!」

「そうか、お前知らないのか。なら教えてやる、こいつの正体を」

男は後ろを指差す。そこには山葵色の鹿のような生き物がぐったり倒れていた。

全身はおよそ一メートル弱で、その体は紫色の液体に塗れている。そして上側、体の左半身は骨が剥き出しになっていた。

「変異歹⁉︎」

小型だが間違いない。鹿変異歹の呼吸は絶え絶えで、涙を流して苦しんでいる。

「そうだ。これで分かっただろう? あいつは人間のくせに変異歹に肩入れする「ソモの民」のガキだ」

「ソモの民?」

「知らないのか田舎者め。変異歹を匿い、怪しげな研究や実験をしている連中がソモの民だ。変異歹に肩入れする人類の敵だよ」

他の男たちも彼の言葉を肯定し、口々に少女を罵り始める。

「ち、違…う……」

地に伏す少女は声を絞り出す。彼女の口は口角は切れて血が流れていた。しかし彼女はどうにか喋ろうと口を動かす。

「あたし、たちは…変異歹さん達と…、共存の、道を、探しているだけ…なの」

「黙れ、この汚れ者め!」

「お願い…、この子に薬を買いに…来ただけなの。病気なのよ…」

「それが人類に対する裏切りだって言ってんだよ」

男が足を上げる。彼の履く厚底のブーツは少女の顔面真上に掲げられた。

「やめろォォォォッッ‼︎‼︎」

レイが吠える。我慢の、限界だった。

「お前たちおかしいんじゃ無いのか⁉︎ 本当にそんな理由でこんなことを⁉︎」

それを聞いた男たちはただ肩を竦めるだけだった。全く悪びれていないその態度にレイの怒りがさらに込み上げる。

「彼女から離れろ」

気づいた時には剣を抜いて彼らに向けていた。

「お、やる気か?」

「おい少年やめろ! 喧嘩なんてするもんじゃない!」

レイを追ってやって来た居酒屋の冒険者たちが割って入る。それでも止めようとしないレイは後ろから羽交い締めにされる。

「離してください! あいつら、あの子がソモって民族だって理由だけで、大人数人で痛めつけていたんですよ⁉︎ 彼女を守らなきゃ!」

簡潔で分かりやすく説明した。これで彼らも状況が分かって手を貸してくれるはずだと思った。味方してくれると思い込んでいた。しかし依然彼らは腕を離そうとしない。

「あ…の…?」

「少年、ソモはまずいよ」

レイを羽交い締めにしている冒険者が、ぽつりと言った。さっきまで一緒に楽しく飲んでいた男だ。

「えっ」

思考が一瞬、止まった。言われた言葉が、理解できなかった。

「ソモの民は、ギルドの禁止も聞かずに山奥で変異歹の飼育をしている奴らだ。関わっちゃいけねぇ」

「それどころか、見かけたら街から追い出すようにギルドは言っている。人類の裏切り者たちを許してはいけないからな。お前も冒険者を目指すんだったら、率先してソモを追い出すように働いた方がいい。それが正義だ」

レイに言い聞かせるように、冒険者の男はそんなことを言った。

「ほら聞いたか? これがまともな意見だ。俺たちは正義の冒険者ギルドの方針に協力しているだけの善良な市民さ。分かったなら殴ったのを謝ってさっさと消えろ」

「…」

実はレイは最初から心のどこかで気付いていたのかも知れない。こんなに大きな騒ぎになっているのに、それを止めようとする人は誰も居ないということに。こんな表通りで少女が痛めつけられているのに、止めたり通報したりする人が誰も居なかったということに。

冒険者というは街のヒーローだとフライドは言った筈だ。これではまるで話が違う。

いや、そうじゃない。だからこそだ。だからこそ、彼らが正しいということになっているんだ。

レイは自分の中で怒りのような複雑な感情が湧き上がってくるのを感じた。

「   」

「少年?」

「…離して……」

震えが、止まらなかった。

「離せって言ってるだろっ‼︎」

彼女はきちんと説明していた。共存のために研究していると。街に害なすつもりは無く、ただ薬を買いにきただけだと。

「それを何だと、ギルドが言ったから迫害してもいいだと⁉︎ ふざけるなっ‼︎」

騒ぎを聞きつけたのか、フライドもいつの間にか来ていた。

しかしレイは止まらない。

「お前ら全員イカれている。どうしてこんな残虐なことが平気で出来るんだよ⁉︎」

「少年落ち着けよ。お前も冒険者になりたいんだろ? なら俺たちに従った方がいい」

「バカか…?」

「少年?」

「…冒険者? 僕がそんなのになる訳ないだろ‼︎ こんなサディスト集団の仲間なんてこっちから願い下げだ‼︎」

レイは国民証を取り出し、地面に思いっきり叩きつける。

「レイ!」

フライドが心配そうな声を上げた。しかし少年の耳には届かない。

「おい、このガキを捕まえろ。何しでかすかわからねぇぞ」

六人もの大人の冒険者がレイを取り囲む。一人一人が戦闘の手だれだ。

(くっ。ここで捕まったら彼女は…)

男たちはじわじわと近づいてくる。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼︎」

月に向かって叫ぶ。彼は無力な自分をただ呪う。

「へっへ、観念しな。無駄な抵抗はよ…ん?」

突然だった。レイの体が青白い光を発し始める。輝きはどんどん強くなり、彼の姿が光に覆われ見えなくなっていく。

「何ぃっ⁉︎」

そして次の瞬間、少年の姿はどこにも無かった。青白い光とともに、雷のように消えてしまった。

「逃げたのか⁉︎ どこだ‼︎」

慌てて見渡すが、少年はおろか、さっきまで倒れていた少女と鹿の変異歹すらも居なくなっていた。

暗い夜道には慌てふためく六人の冒険者と、フライドだけが残された。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る