第6話 【アンナ・王宮訪問】
ロキロキは王都だ。勿論そこには王族が住んでいる。
街の中心に立つ巨大な建造物。それこそがこの広大な王国を治める誇り高き王族の住まう城である。
外壁は真っ白いレンガで積まれており、壁の至る所にある出っ張りには宗教に関係ありそうな、羽や輪っかを持った人物の石像が飾られている。そしてそれらは全て無数の宝石類や貴金属類で豪華に飾られていた。
王家の権力を感じさせると共に、美術品としての完成度も素晴らしい。バックの美しい純白の壁とも相まって、一度視界に入れば暫くは目を逸らせないだろう。
だが何より目を引くのは、その美しい外壁の上に連なる、下部にも負けず劣らない美しさを持つ巨大な塔だ。
高さ十メートル以上はありそうな立派な塔が何本も何本も、高貴な威厳で立ち並んでいる。サファイア色の屋根瓦が良いアクセントとなり、見る者全てを魅了する美しき城を完成させている。
少女アンナ・ミロスフィードは、そんな完美な城をつまらなそうに見上げていた。
「見た目だけは昔のまんまだな…」
彼女は短く吐き捨て、城門へ続く階段をゆっくりと登っていく。踏み出す度に大理石の踏板にコツンと、ブーツの踵が空虚な音をたてる。
少女の前に白銀の扉が現れるまでそうは掛からなかった。扉の上にはこの国のエンブレムが大きく描かれている。
馬車すら余裕で通れる大きな両開きの金属製の重い扉の前には槍を持った二人の衛兵が見張り立っていた。
「女、何の用だ」
衛兵の一人が強い語気でぶっきらぼうに聞く。
「ガキの来る所じゃない。帰れ」
「なんてフレンドリーなおっさんだよ」
対してアンナは気怠そうに一枚の紙を投げ渡した。それを読んだ衛兵の顔色が一変。
「お、王宮専属歴史学博士⁉︎ た、大変失礼致しました!」
二人は槍を投げ捨て、慌てて少女の為に扉を開ける。
「昔はみんな顔見知りだったんだけどなぁ…」
短くため息を吐き、彼女は遠慮無い足取りで入城していく。
中の景色は白基調の外観とはまるで真逆だった。
派手な原色がふんだんに使われ、どこを見てもカラフルから逃げられない。正面階段まで続く真っ赤な絨毯には水色のラインが二本。壁にはルビーやらサファイアなど、色とりどりの宝玉が数え切れないほど埋め込まれている。机上では綺麗な黄色の大輪向日葵が手を振っている。
初めての客なら美しくも芸術的なそのコントラストに舌を巻いて感動するが、アンナは見向きもせずにステステと過ぎ去っていく。
「おい、アンナ嬢ちゃんじゃないか」
突然背後から肩を叩かれた。織部色の甲冑を着たその人物には見覚えがあった。
「ダンケルさん」
それは見知った顔の騎士だった。アンナが幼い頃から王宮騎士団として働いているベテランの男だ。中肉中背の中年で、人の良さそうな髭面をしている。
彼はアンナの手を取ると嬉しそうに握手する。
「戻って来てたのか。大きくなったなぁ」
「ダンケルさんも元気そうで」
その時アンナはふと、彼の後ろに隠れる小さな影に気付く。
「この子は…」
「お、嬢ちゃん覚えてるか? トトケルだよ。大きくなったろ?」
ダンケルはその小さな子供をひょいと持ち上げてアンナに見せる。
「ほら、お姉さんにご挨拶は?」
「赤髪のお姉さんこんにちは!」
子供は片手をあげて元気に挨拶する。
「トトケルって…まさかあの時の赤ん坊か。ダンケルさんの息子の」
「そうだよ。嬢ちゃんが三年も旅に出てるからこんなに大きくなっちまった」
十七の少女は時の流れに驚く。
彼女は戸惑いながらも、その柔らかい髪をそっと撫でてやった。するとトトケルは満足そうに笑い、アンナもつい、つられて微笑む。
「良かったな、トトケル」
ダンケルは少し重そうに息子を床に下ろす。
「元気な子でさ。将来は俺みたいな騎士か、冒険者にでもしようと思ってるん…」
バッッッ‼︎
アンナが突然胸ぐらを思い切り掴む。
「絶対に冒険者なんかにはさせるなっ‼︎」
鬼のような形相で彼女は叫ぶ。その怒号は廊下中に響き渡り、メイドや他の騎士たちがびっくりしている。
「じょ、嬢ちゃん? 落ち着けよ」
戸惑ったダンケルの顔を見て我に帰ったのか、アンナは静かに胸ぐらを離す。
「お姉さん、どうしたの?」
トトケルが心配そうに袖を掴んで見上げてくる。
「なんでもない…」
しかし彼女はその手を振り払う。
「とにかく…ギルドには近づくんじゃない。良い子だから、言う通りにしてくれ…」
震える声でそれだけ言い残し、彼女は駆け足で階段を登って行った。
「お父さん、あのお姉さんどうしちゃったの?」
不安そうな声で息子は尋ねる。
「心配ない。彼女は本当は怖いお姉さんじゃなんだ。驚かせてすまないな」
そう言って彼は息子を優しく撫でる。
「うん、僕わかる。あのお姉さん、本当は優しい人なんでしょ? だってこれ」
彼が左手を突き出すと、そこには小さな木彫りのカニさんが握られていた。カニさんのお腹には「ごめん」と彫られた文字が。
「嬢ちゃん、いつの間にこんなの…」
「お父さん! お願いだからお姉さんを怒らないで。僕、お姉さんにカニさんのお礼がしたい」
ダンケルは微笑み、息子を抱き上げる。
「怒らないさ。あのお姉さんはいつも他人のために自分を犠牲にしてでも全力を尽くしてくれる。感謝しかないさ」
話しながら、いつの間にかダンケルの瞳からは涙が流れていた。
「お父さん? なんで泣いてるの?」
「あんなに明るかった子が、どうしてそんなに変っちまったんだ…」
階段は最上階まで続き、豪華絢爛な扉が出迎える。赤い革に、それを飾る純金の枠。散りばめられた金箔。一目で重大な部屋であると分かる威風だ。
ここは王の寝室だった。
アンナはその白金で作られたドアノッカーを掴んで二回鳴らした。コンコンと、心地良い音が廊下に響く。
「陛下、宜しいでしょうか?」
「入ってくれ」
室内からの若い男の声が入室を許可する。
「失礼します」
重い扉を押し開け、中へと入る。
廊下に劣らない、煌びやかな室内の風景が視界に飛び込んできた。
金や宝石で飾られた巨大な家具。タンスも鏡台も、机だってそうだ。そのどれもが高級品であると素人目にも分かる逸品揃いだ。ベッドはキングサイズで、カーテン付きのキャノピーまでついている。
そんな豪華な部屋の窓際に、一人の華奢な人物が外を見て立っていた。若菜色の後ろ髪が風を受けてサラサラ揺れる。
「父親によく似た綺麗な髪だ。三年前から全く変わらない」
人物はこちらを振り返る。深緑の目をした中性的な顔立ちの十八歳の美少年だった。
彼は来訪者がアンナだと気づいた瞬間、満面の笑みをその顔に浮かべる。
「アンナちゃん⁉︎」
彼は駆け出してアンナに飛び付くと、彼女を強く抱きしめた。
「戻って来てくれたんだね。おかえり…」
少年の涙がアンナの首筋に溢れた。彼はただ泣きながら、彼女をしっかりと抱きしめる。
「ただいま、ハルト。久しぶりだな」
そんな彼をアンナもまた、強く強く抱きしめ返した。
「おいハルト、そろそろ離せ…」
顔を真っ青にしたアンナが唸る。
「だって…だって…」
「ほんとに苦しいから。このままだと久しぶりの再会が永遠の別れに変わるから」
涙でぐじゃぐじゃの少年を強引に引き剥がす。
「ご、ごめんね」
「まぁ、元気そうで良かった。どうだ? 国王としての仕事はうまくいっているのか?」
「ぼちぼちかな。父さんが死んでからもう三年になるけど、国を背負う大変さにはまだ慣れそうにないよ」
少年は寂しそうに笑う。
「でもアンナちゃんが戻って来てくれたから元気が出た」
「…そうか」
「アンナちゃんは…元気じゃない?」
流石にハルトもアンナの様子がどこか陰鬱なことに気が付いた。彼は心配そうに彼女の顔を覗き込むも、軽く目を逸らされてしまう。
「ハルト、今日は話があるんだ」
「…」
「お前の父の、その死について。そして私がこの三年間何をしていたか」
「…うん。聞かせて、アンナちゃん」
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