第3話 【???・記憶喪失の少年】

王都ロキロキは発展した大都会だが、壁から一歩でも外へ出ると風景はガラリと変わる。草、木、花。周りを囲むは何処までも続く広大な草原や森林である。

街は防衛の理由で完全に壁で囲わなくてはいけないので、壁の外側を開拓してもあまり意味は無い。だからロキロキも手付かずの大自然のど真ん中に位置しているのだ。

そんな森の中、壁から少し離れた位置に、一人の少年が寝そべっていた。

呑気に寝ていたわけでは無い。どうやら気を失っており、今さっき気がついたばかりだった。

彼は朦朧とする意識の中、五感から一生懸命情報を仕入れようとしていた。

「こ、ここは?」

誰が答える訳でも無いのに、つい言葉にする。少し痛む頭を押さえて、少年はゆっくりと立ち上がった。

「森…?」

差し込む木漏れ日。重なるように生える大木。低木を行き来する獣たち。間違いなくここは森のようだ。

少年は思考する。自分が森にいることはわかった。しかしなぜ自分が森にいるのか、それがどうしてもわからない。

「僕はどうして…、ん? 僕?」

そこで彼はより重大なことに気づく。それは彼自身が一番わかっていなくてはいけないこと。

「僕って、一体、誰だ? 記憶が…無い?」

記憶喪失という、どこかで聞いたことのある単語が頭をよぎる。しかしその言葉をどこで聞いたか、それは依然思い出せない。

「記憶喪失…僕が…?」

無意識に体を触ると、指先にさらっとした肌が触れる。少年は自分が全裸であることに気付いた。

「もどかしい。何なんだ。服という概念は知っている。けどどうして自分が裸なのか、それがどうしてもわからない!」

未知なる恐怖が襲う。記憶が無いことがこんなにも怖いのか。こればっかりは体験しないとわからない。まるで目隠ししたまま走っているような錯覚に陥る。

「こうして考えていても仕方ない、か。先ずは情報を集めて、この森から出ることを考えよう」

幸い体に怪我はなく、満足に動かすことが出来た。

少年は素足に気を付けつつ、ゆっくりと森を歩いていく。

(どうやら、森に関する「知識」は多少持ってるみたいだ)

知識は、「先ずは食料の確保」と訴えてくる。それが正しい知識かは定かではないし、信用に値するかどうかの確証もない。

しかしお腹が空いているのも事実で、少年はとりあえず果実か何かを探すことにした。


運よく蜜柑の木を見つけた少年の腹は程よく膨れた。これで当分は餓死に怯えなくてもいいだろう。

食後の一休みも済ませ、活力の戻った少年は再び森の中をアテもなく進んでいく。

「せめて川でも見つけれたら…」

川は海へ続いている可能性が高いと知識は語る。川を辿れば、せめて森からは出られるかもしれない。そうすれば自分がどこに居るのか分かるかもしれないし、運がよければ人に会えるかもしれない。

(ま、そう簡単には見つからないだろうし、ゆっくり行くか)

しかしどうやら彼はツイているらしい。そう歩かないうちに、水の流れる心地よい音が耳に入ってきた。

少年は喜び、音のする方へと足を進める。水音が大きくなったと思ったその時、清らかな水流が彼を出迎えてくれた。少し浅くて静かな川だ。中を覗き込むと、泳いでいた小魚がぽちゃんと跳ねた。

少年は水に映る、初めてみる自分の顔をじっくり観察する。

そこにはとんでもない美少年がいた。

まつ毛は長く、ぱっちりとした両目。瞳はグレーでキラキラ輝いている。透明感のある白い肌、薄ピンクのみずみずしい唇。鼻は小さく、顔のバランスと合っている。

歳は大体十五程に見える。高い身長からもっと上だと思っていたが、予想は外れたようだ。承和色の髪は軽く癖っ毛になっていて、ふわりと頭に乗っかっていた。

これが自分の顔だとわかってはいても、つい水に映るその少年の容姿に見惚れてしまう。それほどまでの美少年。これが自分だと言われても全く実感が湧かないし、信じられない。

しかしそんなことを考えていても仕方ない。彼は川を下るために再び歩き出さなくてはいけない。

そう思って振り向いたその時だった。

「ギャァァァァオ‼︎」

「⁉︎」

零距離からの咆哮に思わず怯んで川の中に転ぶ。そして見上げた咆哮の正体。

「ギャウワウ‼︎」

それは陸亀のような見た目。しかし知識は叫ぶ。こんなに巨大で、しかも二足歩行の亀なんている筈がない。

亀の口はあんなに裂けていない。あんな恐ろしい真っ赤な牙なんて生えていない。甲羅から伸びる三本の触手も知らない。

そして何よりの驚愕。なんとその生物の肉体の半分以上が溶けたように爛れていて、骨格が丸ごと剥き出しになっていて、中では紫色の内臓が蠢いている。

それなのに弱っている様子は一切無く、唸り声を上げながら攻撃体制をとっている。こんな異様な生物、見たことなんてある筈がない。

「ば、化け物…⁉︎」

だからそれ以上の結論は出せなかった。

(逃げなきゃ…)

そう思った瞬間、亀の化け物の眼光が鋭く光る。背中に生えた三本の触手が恐ろしい勢いでこちらに伸びてくる。

顔面に突き刺さる直前、天性の反射神経でそれらを掴む。自身の肉体のスペックに驚くと同時に、ブヨブヨとした嫌な感触が手の平から伝わる。少年は思わず触手を放し、川の向こうへ逃げようと走り出す。

しかし奴の追撃は止まない。

足を曲げたかと思った瞬間、恐ろしい力で跳躍し、高く飛び上がった。骨剥き出しの体のどこにそんな力があるというのだ。

亀は空中で少年にしっかり狙いを定めると、メテオのように落下してくる。

(避け…)

水に足を取られてしまって間に合わない。亀の巨体が頭上に…

「危ないっ‼︎」

ごきんっ。

圧死する直前だった。金属で岩を殴ったような爆音がすぐ隣で聞こえたかと思った次の瞬間には頭上まで迫っていた巨大な影が真横にすっ飛んでいった。

少し遅れて岩の砕ける音が鳴る。

その突然の出来事に困惑しながらも、少年は恐る恐る振り返る。

すると、脅威的だったあの亀が岩に激突して砕けていた。体から真紫色の液体が流れでいて、動きは完全に止まっている。どうやら、絶命したようだ。

「あれは変異歹の中でも中の下の強さのやつだ。まだ運が良い方だぞ少年。ガッハッハ!」

豪快に笑う、先も聞こえた太い男性の声。

声の方を振り向くと、山のような大男がこちらを見下ろしていた。

「俺はフライド。命の恩人お兄さんって呼んでもいいんだぜ?」

大男はにんまりと笑った。

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