第2話 【ルカ・英雄】

アンナが馬車で街に入った頃、街の真逆に位置する西門には沢山の人々が集まっており、大きく賑わっていた。皆一様、興奮気味に門の方を見つめている。

「ルカ様のお帰りだぁ!」

高らかな男の声と共にラッパの音が鳴り響く。重い門がゆっくり開き、一頭の黒馬とそれに乗った男が現れる。

二十四、五歳ほどの若い男。結構なハンサムで、キリッとした逞しい顔だ。

綺麗に切られたその髪は雪のように真っ白で、陽の光を受けてキラキラ輝く。

全身を真っ赤な甲冑で包み、背中には巨大な剣を背負っている。その間から見える肉体は程よく鍛え上げられていて、彼が戦士だというのは誰が見てもすぐに分かる。

彼が街に入った途端、人々の盛大な歓声が彼を迎える。口笛を吹いたり手を叩いたりと、皆が彼の到着を心から祝福している。門が閉まる頃には一斉にうわぁーと彼を取り囲んでしまっていた。

「ルカ様おかえり!」

「よくぞご無事で!」

口々に彼を労いながら近づこうとする民衆。すると真っ赤な甲冑を着た男たちが現れて、白髪の青年から彼らを引き剥がす。

「ルカ様はお疲れなのだ。お前たち、下がれ」

「あぁ〜ルカ様ぁ!」

「みんなごめんな。また今度ゆっくり」

青年は優しく微笑んで手を振ると、馬を走らせてその場を後にする。


馬は街の中心へと進んでいき、一つの建物の前で停止する。巨大な塔状の建物だった。

周りの建物が精々二階建てなのに対して、それはなんと六階建て。幅もかなり広く、直径四十メートル以上はあるだろう。

赤レンガの石壁には小窓もびっしりで、動物や自然などを象った豪華なレリーフなんかがいくつも彫られている。

見るからに権力のある建物、その足元に青年は馬を停める。

「すぐに戻ってくるから、少しだけ待っててな」

「ヒヒーン!」

黒馬の鼻を撫でて、青年は建物の扉へと向かう。

扉の上には漆塗りの豪華な看板、「冒険者ギルド・ロキロキ本部」と書かれている。青年は二メートルもある大きな扉をゆっくり開け、中へ入ってく。

そこは巨大なホールになっていた。小綺麗に敷き詰められた石床。あちこちに木造の机椅子が置かれ、陽気な男たちがお喋りなんてしている。

向こうの掲示板にも沢山の人が屯していた。きっと変異歹討伐の依頼でも見ているのだろう。

依頼をこなしてその報酬を貰う、それが彼ら冒険者たちの日常だ。依頼をこなしたら向こうの受付カウンターで報告、確認後支払いが行われるという仕組みだ。

言ってしまえばその日暮らしだが、変異歹の被害が絶えない今の世では変異歹退治の依頼もまた絶えない。報酬も結構高いので、冒険者というのはちょっとした人気職だ。

しかし青年はカウンターへは向かわず、真っ直ぐに上階へ続く階段へと歩いていく。

彼がホールに入っていくと、それに気づいて賑わっていた男たちは一斉に黙った。皆が尊敬の眼差しで彼のことを見つめている。青年はそれをわざと気にせず、静かにホールを横断していく。

そして階段に足をかけ、一般冒険者は立ち入りが禁止されている四階へと上がっていった。


コンコンッ。

「入りたまえ」

扉の向こうからのしゃがれた声が青年のノックに答える。

「失礼します」

黄金の施された分厚い扉の、これまた黄金で作られた取っ手を押して中に入る。

真っ赤なカーペットが敷かれた部屋の真ん中のデスクに、一人の男が座っていた。小太りの中年だがどこか上品で、いかにも重役に就いてそうな風貌の男だ。

「任務が終わりましたので、報告に参りました」

ルカは背中から剣を外し、男に向かって頭を深く下げた。

「素晴らしい。さすがは冒険者、いや、「英雄」ルカくん。君の働きぶりにはオーナーも関心なさっている」

「過ぎた言葉です。俺はただ、弱い人たちを守りたいだけですから」

「君のその強い思いが沢山の変異歹を殺し、遂にはあのギガントニュートをも倒した。君は英雄と呼ばれるに相応しい男だ。人類の希望だよ」

「ありがとうございます」

重役の男は満足そうに笑う。

「さて、ルカくん。ギガントニュート退治から戻ってきたばかりで悪いんだが、君に次の任務を頼みたい。危険な任務なんだ、最強の冒険者である君にしか頼めない」

「はい、ギルド長。何なりとお任せください」

「ふはは。君ならそう言ってくれると思っていたよ」

男は一枚の洋紙をルカに手渡す。

「概要はそこに書いてある。難しい任務だから、五日ほど街で休んでから向かいなさい」

「わかりました。ありがとうございます」

ルカはもう一度お辞儀をし、退出した。


ここは本来ギルドの重役しか入れない四階。英雄と呼ばれる最強の冒険者であるルカは特別に立ち入りを許されているが、ルカ以外の一般の冒険者はまず来れない。ルカは廊下に設置されてある革のソファーに腰掛けて、一休みすることにした。ここなら街の何処よりも静かで落ち着いている。

「五日か…。親父に会いに行く時間はありそうだ」

しかし先ずは依頼内容を確認しようと思い、洋紙を広げる。

「おや。またギルド長直々の任務かい?」

突然の静寂を破る男の声にルカはビクッと立ち上がる。

「落ち着け、俺だよ。もしかしてビックリしたぁ?」

彼はそう言って悪戯っぽく笑う。

「なんだ、ヒヨクか」

すらっとした長身にボリュームのある青髪、色白い肌のこの男はルカの顔馴染みの冒険者だった。

「お前、四階は立ち入り禁止だぞ? 勝手に来るなよ」

「ギルド長のお気に入りは手厳しいですなぁ」

彼はわざとらしく肩を窄める。

「揶揄うなよヒヨク。俺はただ、みんなを守るために戦っているだけだ」

「英雄サマはかっこいいこと言うねぇ」

ヒヨクはソファーにドスッと座る。ルカも彼の隣に腰掛けた。

「それで? また危険な任務なのかい?」

先ほどとはまるで違う、真剣な表情でヒヨクが尋ねる。

「マウンテンホエールの討伐司令。村を次々と焼き払っている危険な変異歹のようだ」

「出発はいつだ?」

「五日後だ。それまでは家族に会ったりして、ゆっくりするよ」

それを聞いたヒヨクは深いため息をつく。

「お前が最強の冒険者なのはわかるけどよ、ギルドは何でもお前に頼み過ぎだと思うね、俺は」

「心配してるのか?」

「そりゃな。俺にとっては唯一の友だ。変異歹になんか殺されて欲しくない」

「ヒヨク…」

「旅仲間でも作って一緒に行けばいいのにな。ま、この国の冒険者じゃ誰を連れて行ってもお前の足手まといになるだろうけど」

そう言って彼は立ち上がる。

「それじゃな、ルカ。実は俺もギルド長に呼ばれてるんだわ」

「あ、ああ。またな」

軽く手を振って、彼はギルド長室の方へ歩いていった。

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