第44話 ある日突然、デートする事もある。~紅葉編~
枝振りが見事な松の木を眺めながら歩道を歩く。玉砂利を敷き詰めてある歩道には、かなり間隔が狭められて飛び石が配置されている。履きなれない草履を履いて歩いているので、この配慮は大変ありがたい。
のんびり歩いているとやがて大きな池に差し掛かる。池には緩いアーチ状の石橋が掛かっている。その橋を渡り、アーチの頂点、橋の真ん中付近に差し掛かった時にふと、池の向こうに咲いている大きな枝垂れ桜の木が見えた。風もなく波1つ立たない池の水面に綺麗に桜が写って物凄く綺麗だった。
「紅葉さん、桜が綺麗ですよ。」3歩下がってついてくる紅葉さんに向かって話しかける。
「本当ですねぇ。永遠様の仰る通りとても綺麗です。」僕の斜め後ろまで来るとピタッと足を止めて桜の方を向き、それからゆっくり話し始めた。
「やっぱり隣を歩きませんか?」紅葉さんに聞く。
「いえ、女たるもの男の3歩後に下がってついて行くものです。永遠様にもしもの事があれば、後ろに控えた私が対処させて頂きます。」紅葉さんは僅かに微笑みを浮かべて答えた。
そう、聞いた話によると紅葉さんは子供の頃から合気道と薙刀を習っていて、控えめに言って日本一に輝く程の達人らしい。大袈裟に言えば、それは世界大会が設立される前の話なので、もはや世界一と言っても過言ではない。
実際に稽古の様子を見せて貰ったんだけど、お世辞抜きで本当に強かった。稽古に来ていた一般の生徒さんの誰もが圧倒されていたし。道場の師範の方も最後まで紅葉さんに勝つ事が出来なかった。
週に1回だけ道場を使わせて貰いたい旨を伝えると、「是非私たちに稽古をつけていただきたい。」と、逆にお願いをされる始末だった。なんだか道場破りみたいで申し訳ない気持ちになってしまった。
だから、なんで当時されるがままに暴力を受けていたのか聞いてみたんだけど。「武道を嗜む者は、決して素人相手に手を上げてはならないのです。もし武道を使う場面があるとすれば、大事な人を、愛する人を守る為に使う、その時だけです。」と答えてくれた。本当に紅葉さんって、一本筋が通った真っ直ぐな人なんだなって思った。
本日は美祢子とのデートの翌日。昨日同様、朝華怜から「今日は紅葉さんとデートをしてきて下さい。」とミッションを受けた。
紅葉さんは前日にそれを聞いて、薄紅色の振袖を用意していた。
本人は「この歳で振袖など着れません。」とことわっていたそうだが、「そのどう見ても未成年にしか見えない容姿で何をおっしゃるんですか?」と一蹴されたようだ。
薄紅色の生地に淡い色の桜が染め上げられている。京友禅と言うらしい。帯も華やかな結びで紅葉さんの容姿を際立てている。
僕も紋付袴を着せられた、これも紅葉さんの振袖に合わせて作ってくれたらしい。僕の家、廻神家の家紋がハッキリと分からなかったので、深大寺家の桐の模様の家紋が入れられていた。
初めて履く草履がとても歩きにくい……。着物自体は違和感が残るものの、割と楽に動き回れる事に感動した。多分室内なら快適に過ごせそう。
紅葉さんの希望で「日本庭園をお散歩したい。」との事だったんだけど、今日が土曜日と言う事もあり、都内近郊の日本庭園は混雑が予想された。
という事で急遽、華怜のごじっか。深大寺本家の日本庭園をお借りする運びとなったわけである。
結果的にどの日本庭園よりも管理の行き届いた、美しく安全な庭園散歩を楽しむ事が出来たわけである。
綺麗な池を後にした僕達は竹林の小道に入った。京都にあるあの素晴らしい竹林が霞んでしまうほどの綺麗に管理された竹林だ。
その竹林の小路を進んで行くと、道の先に建物が見えてきた。あの佇まいは茶室かな?建物の手前に柵があって、バス停みたいなベンチが置かれている。待合とか呼ぶんだっけ?小さい頃にテレビで見た気がする。
「紅葉さん、茶室がありましたよ!」振り向いて紅葉さんに話しかける。今日は紅葉さんがお茶を点ててくれるそうなので、茶屋を見つけて嬉しくなって思わずはしゃいでしまった。
「ふふふっ、そうですわね。それではあそこで休憩としましょうか。」子供っぽい僕を見て紅葉さんも少し和んできたように感じる。
「よし!、いこう!!」またくるっと振り向いて茶室に一歩踏み出そうとすると、何かに躓き転びそうになる……。
スっと、紅葉さんが僕の横を通り過ぎ、僕の肩に手を置いてくるっと僕を半回転させる。躓いて転ぶ寸前だった僕は半回転して止まる。あーびっくりした。
くるっと振り向いて紅葉さんを見ると何も無かったかのような顔で立っていた。
「永遠様大丈夫でしたか?」びっくりしている僕に紅葉さんが話しかける。
「紅葉さんありがとう。」紅葉さんが何をしたのかは全く分からなかったけど、僕が転ばずに済んだことだけは確かだ。
「今どうやったの?」紅葉さんに聞いてみる。
「合気道の応用です。永遠様が転ぶ力を回転する力に変えました。」紅葉さんは簡単そうに説明してくれた。聞いてもよく分からないぐらい凄いことなのは分かった。
「そっか。全然分からないけど、ありがとうね。」多分相当アホ丸出しな顔をしてる事だろう。
「いえ、永遠様が無事で良かったです。」紅葉さんは今日一の笑顔で答えた。うわぁ……。紅葉さんやっぱり美人だなぁ。
チャッチャッチャッチャッチャッチャッ
静かな部屋に響き渡るリズミカルな音。僕の斜め前で姿勢よく茶筅を振る紅葉さん。「永遠様はお作法など気にせず、この空間、そして茶の味をお楽しみください。」紅葉さんにそう言われ、遠慮なく作法を気にする事なく座布団の上に座っている。本来なら正座するところだろうが、胡坐をかかせてもらっている。
「どうぞ。」お茶碗を両手で持ちくるくるとしてから僕の前に差し出された。
「頂きます。」こういう場合お点前をなんちゃらって文言があった気がするけど、作法は気にせずってことだったしね。
「あ、飲みやすい。ちょっと甘いんだね。」抹茶ってもっと苦いものだって聞いてたからこんなに飲みやすいものとは思わなかった。
「はい、永遠様はお茶席が初めてだと聞いておりましたので、飲みやすくおつくり致しました。」この飲みやすさは紅葉さんが意図的に作ってくれたのか。どんな味がするのかドキドキしてたけど、ちょっと安心した。
「このお茶碗とても綺麗ですね。まるで宇宙みたいだ。」真っ黒いベースカラーに無数の銀色とも金色とも見える丸い模様がちりばめられている。それが天の川のようにも見える。
「さすが永遠様です。お目が高い。実はそのお茶碗は国宝なんです。」紅葉さんが怖い事を言うので、両手で持ったお茶碗を静かに床におろした。
「私もなぜここに国宝のお茶碗があるのか目を疑いました。お聞きしましたところ、あるものはあるんですよ。との事でした。そういうものなのでしょう。」いやいや、深大寺家恐るべし。
「茶道というのは、主人とお客様とのコミュニケーションといわれております。おもてなしの精神と茶を点てる所作の美しさ、それをお客様に飲んでいただく事でお客様からのお返事を頂く。今回は私の気持ちを永遠様にお伝えしたく、この席を用意して頂きました。このお茶碗を選んだのも永遠様への気持ちの一つでございます。永遠様からのお返事も大変嬉しゅうございました。」紅葉さんは本当に嬉しそうな顔をしている。僕からの気持ちが届いたという事だったが。僕の心が見透かされたってところだろうか。茶道恐るべし。
「女学生の頃には理想の大和撫子像を追い求め懸命に自分を磨いてまいりました。心も身体も、いつか出逢うであろう愛する人の為に。その身体を汚され、心も奪われ、私の人生はあの日に全て終わっておりました。永遠様はそんな私の心も身体も取り戻してくださいました。残された人生、この私の心も身体も全て永遠様に捧げます。どうか永遠様の為に最後の一滴まで搾り取ってくださいませ。」紅葉さんは美しい所作で両手をつき頭を下げた。改めて言葉にされるととても照れてしまうが、紅葉さんの本気が伝わった。
「結構なお点前でした。」正座に座り直し、僕も紅葉さんに対して両手をついて頭を下げる。
坂本永遠35歳。本日は大変結構なお点前でした。紅葉さんの大和撫子魂恐るべし。武道に茶道、しかと見せつけられました。
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