第38話 ある日突然、驚く事もある。

 紅葉さんの話によると、悪魔と契約、いや悪魔の一部になってしまってからの生活は自分にとってとても興味深いものだった。

 興味深いなんて不謹慎かもしれないけど、誰もが経験できるようなことではないからね。


 悪魔の一部になってからも紅葉さんは自分の意識を保つ事が辛うじて出来ていたそうだ、つい最近までは。まぁつい最近と言っても、一昨年位までの事だというけれど。

 しかし、意識を保っていたと言うだけで、性格そのものは変貌していったそうだ。自分の行動、言動が制御しきれずに。身体は勝手に動いて喋っていたという。僅かに残っていた意識で、やり過ぎた行動を多少抑えることぐらいしか出来なかったらしい。


 そしてある日、ついに深雪さんに対しての強い憧れが嫉妬へと変わり、呪いの儀式を行うことになってしまった。

 呪いという儀式自体を止める事までは出来なかったが、幸いその効果を弱くする事には成功していたそうで、深雪さんを呪い殺してしまうという最悪の事態だけは避けてこられたらしい。しかし一昨年位から意識をも乗っ取られた状態になり、深雪さんに対する呪いはいよいよ完全なものになっていったそうだ。


 僕達が千羽鶴や写真立ての解呪にあれだけ苦戦した理由がなんとなく理解出来た気がする。だって本物の悪魔の呪いだもんね。そう簡単に祓えるわけがない。っていうか悪魔って実在するものなんだね……。



 今の紅葉さんからは邪悪な気配は一切無い。あの日僕達が祓った事により紅葉さんの身体は、完全に悪魔と切り離せたようだ。


 しかし、長年の悪魔との共同生活によって、紅葉さんの持っていた深雪さんと写った写真を飾ってある写真立てに、悪魔の分身というか残滓というか、強い力が残っていて。今回の騒動は、その写真立てに残った悪魔の分身が引き起こしたものだったようだ。

 紅葉さん自身を祓う事よりも、写真立てに対する抵抗の方が強かった点だけど、紅葉さん自身を祓う時には、紅葉さんが内側から強く抵抗した事により、悪魔も外からの抵抗と内からの抵抗、両方に対処しなければならず。今回の写真立ての解呪よりも少ない力で祓う事が出来たようだ。


 意識を乗っ取られている時も、しっかりと自分が何をしでかしているのかは見えていたそうで、自分のやってしまったことを大変反省していて本当に酷く落ち込んでいた。

 それに対して深雪さんは全てを許し、尚且つ深雪さんが紅葉さんに対して嫉妬していたことも告白し、お互いに本音をぶつけ合い、完全に和解が出来た。


 そして余談だが、紅葉さんのお兄さんから紅葉さんへの突然の告白を聞いて、お兄さんの奥様が酷くご立腹でした。そして今もまだ別室でお兄さんの謝罪が続いている。



 しかし、僕としては物凄く気掛かりな事が1つ、いや2つかな?あるんだ。

 それはなんと言っても紅葉さんが、ご両親からお見合いを勧められた時に作ってしまったという、額から鼻を横切って頬まで続く大きな傷跡だ。これがかなり目立つ。

 そしてもうひとつは、時折着物の袖から顔を出す無数の火傷の跡。両腕、両足、そして身体にも何十箇所もつけられたって本人が言っていた。

 このふたつの問題に対して僕は黙って見過ごす事が出来なかった。



 「あの、紅葉さん。そのお顔の傷跡と全身の火傷の跡なんですけれども、永遠様に治して頂いたら如何でしょうか?」僕が気にしていたのに気付いたのか、華怜が紅葉さんに声を掛けてくれた?ホント華怜はテレパシーでも使えるのだろうか?


 「いえ、これは罰なんです。謝ったところで、警察に自首したところで、私の罪は消えません。だからこの傷と火傷は死ぬまで一緒に付き合いたいと思っています。私などに優しい言葉をありがとうございます。」紅葉さんは正座をしたまま華怜に向き合い床に手を付き頭を下げた。


 「ダメです!!私も顔と身体に大火傷を負って、人生をめちゃくちゃにされました。紅葉さん、貴方の辛さは十分理解しているつもりです。そして、その苦しみから解放して頂いた今、私は物凄く幸運だったと思っています。紅葉さん、こんなチャンスはもう訪れないかもしれませんよ?本当にそれで貴方は後悔しませんか?」華怜は強くハッキリと、そして優しく紅葉さんに語り掛ける。あれ?僕の言いたかった事を察してくれたっていうよりも、華怜自身気になっていたって感じだな。テレパシーじゃなくて良かったな……。






 10分ぐらい経っただろうか?凄く長~い沈黙が流れる。誰も身動きひとつ出来ないような緊迫感の中、ついにその沈黙を破るように紅葉さんが口を開いた。

 「お願いします。」再び深く頭を下げた紅葉さんからは嗚咽が洩れていた。






 リラックスした姿勢の方が僕も治療しやすいので、紅葉さんのお部屋で布団に横になってもらう。

 僕の後ろにはもしもの為と華怜と美祢子がスタンバイしてくれている。今日はかなり消耗したけど、晩御飯も頂いたし、割と回復出来ている。みんなの助けもあって、限界まで使い切った訳じゃなかったしね。多分これぐらいの傷跡なら心配はないと思う。そして深雪さんも紅葉さんの横に座って手を繋いでいる。仲直り出来て本当に良かった。




 「じゃあ始めますね。紅葉さんはリラックスしていてください。」


 「ちちんぷいぷい、ちちんぷい。」今も少し袖口から見えている火傷の跡、そこに意識を集中していく、両腕、両足、そして身体。目を閉じると身体中に物凄い数の光が現れる。いや、これ何十箇所じゃきかないぞ、100箇所以上は確実にある。こんなにいっぱい煙草を押し当てられてさぞ熱かっただろう、さぞ辛かっただろう。


 「ちちんぷいぷい、ちちんぷい。」更に顔にある大きな傷に意識を集中していく。

 この傷のせいで、どうしても紅葉さんの印象が暗くなる。

 この傷をつけたのが自分の意思だったのか悪魔のせいなのかは僕には分からないけど、鏡を見る度に辛い思いをしてきた事だろう。

 だって、紅葉さんも深雪さんもお兄さんも言ってたもんね、紅葉さん物凄く美人だったって。和製ヘップバーンって言ってたっけ。僕はあまりよく知らないけど、たしかハリウッドの有名な女優さんだよね。そんなに美人だったのかぁ、僕も見て見たかったなぁ。


 「ちちんぷいぷい、ちちんぷい!!」再度、全身に意識を集中していく。そして目を開けると紅葉さんの全身から眩い光が溢れ出していた。


 「痛いの痛いの飛んでいけ!!」その光を小さく丸めて窓の外に投げる。

 光の球がグラウンドの彼方に飛んでいく。そしてストライクゾーンを通り壁に激突して掻き消える。おぉぉ!!ナイスピッチングじゃない?


 「え!?」「なに!?なに!?」「あらまぁ!?」ザワつくギャラリー。僕のナイスピッチングにビックリしてるなぁ?


 得意顔で振り向く僕。


 しかし皆が見ていたのは僕じゃなかった……。僕じゃないのかぃ……。

 皆が見て驚いていたのは紅葉さんだった。綺麗に治ったのかな?


 「わっ!!治ってる!!治ってる治ってる!!ここも、こっちもこっちも!!」注目される本人は袖を捲って、両腕を確認して、裾を捲って両足を確認して、そして立ち上がって帯を解いて着物を脱ぎ捨てる、自分の身体をあっちこっちと確認してキャーキャー言っている若い全裸の女性。いや、ちょっと待て。いやいや、ちょっと待てって!!


 「紅葉ちゃんダメ!!ちょっと着物着て!!」驚きで固まっていた深雪さんが慌てて立ち上がり脱ぎ捨てられた着物をその若い女性に巻き付ける。


 いやぁ、紅葉さん本当に美人だった。和製ヘップバーンって言われていたのが納得出来るほど美人だった。いいモノ見たわぁ。バッチリと。



 「これ、これみて!!」深雪さんがバッグから手鏡を取り出し、紅葉さんに差し出す。


 「え、え!?え!!!!!!」暫く固まった後、紅葉さんは驚きの声を上げた。

 「戻ってる、あの頃の、女学院時代に戻ってる!!」紅葉さんがぴょんぴょんしながら顔をペタペタ触りはしゃぎまくる。


 「永遠様!!ありがとうございます!!!!」グルっと巻かれた着物トラップから抜け出して僕に飛び付いてきてほっぺたにチュッチュとキスの雨を浴びせてくる。そう、全裸で……。


 「キャーー!!」悲鳴となんだかわからない叫びを上げながら華怜と美祢子が必死に紅葉さんを剥がそうと奮闘している。


 「永遠様!!永遠様!!」物凄く興奮して僕の名前を連呼してキスの雨を浴びせかける紅葉さん、いや紅葉ちゃん?








 坂本永遠35歳。アンチエイジングの力が手に入りました?

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