第37話 ある日突然、変貌する事もある。~EP紅葉その3~

 「今日付属の方に警察やマスコミが集まってたの、昨日の〇〇公園の事件関係らしいよ。」

 「え?〇〇公園の事件って女学生が集団で自殺したって今朝噂になってたやつ?」

 「そうそう!あの女学生ってのがうちの付属の生徒だったみたい。」

 「こわ~い。今朝その事件の話聞いた時から鳥肌立ちっぱなしなのよ。」

 「女学生がみんな狂ったように奇声を発しながら灯油をかけあって、お互いに火を点けて土管を囲んで踊りながら死んでいったって。実際それを見ていた人が何人もいてね、物凄い噂になってたんだよね。ほら、同じサークルの立花さん、あの子も土曜日の夜に見ちゃったんだって。」

 「そんな光景目にしたら一生モノのトラウマだよね。信じられな~い。」


 「最近さぁ。付属の方で騒ぎになってるスケ番騒動って知ってる?今年になってから急に増えたみたいなんだけど。数人どころの話じゃなくて、学校の半分以上の生徒が一斉にスケ番化しちゃったんだって。先生達もそれに対処するにはその半分以上の生徒を全員退学にさせないといけないからさぁ、それだけ多くの生徒を一斉に退学処分にするとなるとマスコミにも叩かれるだろうし、学園的にも経営が成り立たなくなっちゃうじゃない?だからどうにもできない状態で今に至ってるらしいんだけどー。どうもそのスケ番騒動の中心にいた子達らしいのよ。その自殺した女学生って。そりゃマスコミもこぞって集まるわよねぇ。」

 「それであんなに多くのマスコミが集まってたのねぇ。テレビ〇〇のカメラも来てたのよ。あの例のドラマのテレビ局。私もあんな彼氏が欲し~い~。」

 「わかるぅ~。私も欲し~い~。」



 スケ番騒動の中心にいた子達?それってもしかして……。もしそうだったらなんて素敵なことなのかしら。灯油をかけて火を点けあって土管の周りをくるくる踊りながら死んでいったって。「ふひひっふひひひひひっ。」可笑しくて思わず声を出して笑ってしまいました。周りのお姉さん達が変なものを見るような顔で私の事を見ています。その視線に耐えられず、私はカバンを抱えると図書館を後にしました。


 さて、どうしましょう?唯一のオアシスの図書館にも、今日はたくさんのお姉さま方が押し寄せていて。とても落ち着ける様な雰囲気じゃありませんね。

 かといって、今更教室に行くのも怠いですし。あら、怠いなんて汚い言葉、私が使ってしまうなんて。はしたないですわね。大和撫子失格ですわ。

 行く当てもなく歩いていると、今朝職員室で見た警察とマスコミの方々が校門のところに場所を移していました。流石に一日中職員室でざわつかれては授業どころじゃありませんものね。

 あら?どうした事でしょう?いつもなら午後の授業を受けるために皆さん教室へ戻る時間ですのに。帰宅しようと校門へ向かう生徒がたくさんいらっしゃいますね。あのマスコミの集団の中を通って帰宅するなんて頭がおかしくなりそうですわ。あ、ほらそういってる間に一人の女学生がマスコミに囲まれてマイクを向けられてインタビューされていますわ。女学生もさぞ困っていることでしょうね。


 そうでもありませんわね。嬉しそうにインタビューに答えていますわ。大女優にでもなったつもりなのか胸を張って身振り手振りで大袈裟に泣いたふりなんてしています。滑稽ですわね。普通の女学生というのはああいうものなのでしょうか?カメラを向けられてあんなに喜んでいる。街でスカウトなんてされたらホイホイついていってしまうのでしょうか?私にはわからない世界ですわね。「ふひひっふひひっ。」


 あんなマスコミの中を帰るなんて私にはできない事なので、皆さん帰られるというのであれば、私は教室にでも行きましょうか。

 帰途へ着く生徒達の流れに逆らって、ゆったりと優雅な歩き方で教室へと歩いていく。こんな髪にさせられても大和撫子の精神は捨ててはいけませんわ。市松人形みたいでこれはこれで可愛いじゃないですか。そうですわ。市松人形みたいに和服で着飾ればまだまだ私も捨てたものじゃありませんわね。でもどんなに着飾っても、こんな火傷だらけの身体を見られたら……。未来の旦那様はこんな私の身体を見ても、醜いと罵らないような優しい方かしら?わからない、とても怖いわ。殿方の視線が怖い。


 そんな事を考えていると教室は既に目の前だった。もう教室には生徒が残っていないようですわね。外の騒ぎが収まるまで、先ほど図書館で借りてきた太宰治でも読みましょう。今日の気分は太宰でしたの。もう何度も読み返した斜陽、没落していく貴族のお話。そんな悲劇が今は可笑しくてしかたない。


 教室に入ると菊子さんの机の上に花瓶が置いてあり、そこには1輪の彼岸花。あぁやっぱり亡くなったというのは菊子さん達ですのね。どこかそうであって欲しいとさえ思っていました。いい気味ですわね。「ふひひっふひひっ。」

 それにこの彼岸花。土葬していた時代、毒がある球根を遺体を漁る動物避けとして利用していたという経緯から、お墓に多く自生しているというだけで、本来死者に供えるものではありませんわ。不吉とさえ言われるこのお花。菊子さんにはとてもお似合いですわね。「ふひひっふひひっ。」誰がこのお花を供えたのかしら?とてもいいセンスだわ。「ふひひっふひひひひひっ!!」

 愉快ですわね。今日はなんて愉快なんでしょう?「ふひひっふひひひひひひひひひっ!!!!」私は菊子さんの机の前で大笑いしていました。あの日私を見下ろして大爆笑していた菊子さんの机の前で。いい気味ですわ。私は花瓶から彼岸花をむしり取り口へ運ぶ。私の大事な髪の毛をむしり取ってさぞ楽しかったことでしょうね。あなたの為に供えられたお花をむしって差し上げるわ。「ふひひっふひひひひひっ。」



 ギュン!ギュギュギュン!!


 頭の中に土管の周りを火に包まれながら踊りまわる菊子さんや蝶子先輩達の滑稽な姿がテレビの映像ように浮かぶ。「ふひひっふひひっ。」それを眺めながら笑う私。「ふひひっふひひひひひひっ!!ふひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!!」なんて滑稽な姿なの?いい気味だわ、なんていい気味なの?私の願った通り、私に死を覚悟させたあいつらが、自分たちで火を点けあって踊りながら死んでいくなんて。きっとみんな可笑しくて笑っちゃうでしょうね。愉快だわ。とても愉快。愉快至極。「ふひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!!」







 「これが、私と悪魔との出会いです。その後変貌していく自分に気が付かず、私を訪ねて来てくれた、運命の相手だったかもしれない男性と姉さんが結ばれて。大好きだった自慢の姉さんですら、うらねたそねみ呪い殺したいほど憎んでしまったのです。そして姉さんへの思いの全てを折り鶴に乗せて千羽鶴を送りました。自分がおかしい事をしているのに気が付いたのは永遠様のおかげです。大好きな姉さんを失わなくて本当によかった。」紅葉さんが涙をぽろぽろと流しながら話してくれた。


 「私も、私もなのよ。あなたの美貌が羨ましかった。同じ親から生まれたはずなのに、あなたは私が憧れる理想の女性そのものだった。毎朝あなたの姿を見るたびに、女神を見ているような気持にさせられた。そんなあなたに負けたくなかった私は死に物狂いで勉強にバレエに力を入れたわ。どんな事でもいい、少しでもあなたに近付きたかった。雲の上の存在のあなたに。」深雪さんは涙を流し続ける紅葉さんを強く抱きしめて涙ぐむ。


 「僕の初恋の相手は紅葉だった。可愛い紅葉が応援してくれるのが嬉しくて、大好きな紅葉が喜んでくれると信じて野球に全力でのめり込んだんだ。そしてプロになったら紅葉に告白しようと思っていた。まぁ結局練習のし過ぎで肩を壊してしまい、プロへの夢も脆く崩れ去ったんだけどね。大好きな紅葉に告白する事も、自分の人生の一部だと思っていた野球への思いも、両方捨てざるを得ない状態で、自分のことだけでもう精いっぱいだった。だから当時傍から見てもおかしくなってきた紅葉に手を差し伸べる事ができなかった。全く本末転倒とはこの事だ。しかし、そんな辛い学生生活を送っていたなんて……。その時に気付いて、助けてあげる事ができなかった自分が今はとても憎いよ。」お兄さんにも愛されて……うん。愛されていたんだね。ちょっと耳が痛い話ではあるけど。みんなそれぞれお互いを意識して、羨ましかったり憧れていたり、これもすれ違いって事なのかな。上手く嚙み合わなかったんだね、想いと想いが。







 坂本永遠35歳。紅葉さんの過去、悪魔との出会い。僕一人の力だけじゃ打ち勝てなかったあの強烈な力は悪魔の所業せいだったんだね。

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