第36話 ある日突然、出遭う事もある。~EP紅葉その2~

 その本との出会いは偶然でした。毎日の様に繰り返される暴力。学校に行かなければ逃れられるその暴力も、学校に行かなければ家族に迷惑をかけてしまう。その一心で我慢して通い続けていた。

 そんな私が学校で唯一独りになれる場所、それが図書室でした。荒廃してしまった学び舎から離れた場所に作られた、付属大学と共用の図書館。そこで過ごす時間が私の心のオアシスとなっていたのです。


 激しく叩きつける様な土砂降りの日。昼前という時間帯もあり図書館には人っ子一人居ませんでした。いつものように何を探すでもなく図書館の本棚を眺めて回る。私の眼に叶う本はあるのかしら?

 本の背表紙に指先をかけ、サラサラと心地よい触り心地を感じながら歩いていく。歴史コーナー、人文学コーナー、民族文化コーナー。次々に通り過ぎていく。どのコーナーでも、ビビっと来た本を手に取りそのまま読みふける。ただの時間潰し。

 

 もうどのコーナーなのかもわからない。指先に今迄感じたことのない程の衝撃を受ける。痛いわけではないが、バチンと弾き飛ばされるほどの衝撃。

 そんな衝撃を受ける程の本なら私の眼にも叶うかもしれない。私はその本を手に取り、読書スペースへと進む。

 珍しい本皮の表紙が使われた分厚い本。国語辞典と同じぐらいの厚さがある。それもそのはず、本を開けるとページ1枚1枚がこちらも鞣した皮で出来ている。見たことはないけれど、これが羊皮紙というものかしら?

 そして本を開いてもう一つの衝撃ポイントが文字だった。姉ほど高い学力を持ち合わせていない私ですけれど、一応そこそこの学力はございますのよ。この都内有数の女学校へ入学できたのもその証拠です。そんな私が見ても、この本に書かれている文字が一体何処の国のものなのか判別することができませんでした。最後のページまでパラパラとめくっていきましたが、読むことはおろか、何語なのかも解らず仕舞い。私はその本を元あった場所へと戻して再び本を探す旅に出るのでした。


 そして次の出遭いはその夜の事でした。

 本当に、いつどこに居てもあの集団の誰かに見つかって、今日も何か所もの火傷を作り帰宅する。毎日辛い思いをするためだけに学校に通う。いつしか煙草を押し当てられても痛みすら感じない程に心が死んでいる。いつかはあの人達にも罰がくだるはず。それまで耐えればいい。そう考えてさえいた。

 暗い気持ちで部屋の扉を開けて、カバンを地面に投げ捨てるとベッドに顔から倒れこむ。目の前が真っ暗になり、今日も生きている事へ感謝する。

 ふと手を動かすと硬い物に手が触れる。


 顔を横に向け手に触れたそれを目視する。

 珍しい皮の表紙で装丁された見たことのある本。たしかこれは図書館でみかけた読めない字で書かれた本だ。借りてきてもいないのになぜこの部屋にあるのか?体を横に向けるとその本を手に取り開いてみる。


 【願いの本】一番初めのページに書かれているタイトル。

 『叶えたい夢、喉から手が出るほど欲しい物、幸せな生活を送りたいという欲求。それらを叶えるのは簡単です。あなたも簡単に手に入れて、他の人とは違った未来を歩みましょう。』昼間は1文字も読めなかった文字が驚くほどスムースに読める。私の眼、どうかしてしまったのでしょうか?

 本格的に読みだそうと、机のライトを点け、椅子に腰かける。


 『あなたがその夢を叶えたいのであれば、【レヴィアタン】の名を羊皮紙に刻み、一口に飲み込むのです。あなたの身体はレヴィアタンの一部となり、あなたの願いは成就される事でしょう。』え?レヴィアタンって悪魔の名前では??先日この図書館で読んだ悪魔祓いの本に載っていました。願いの本が聞いて呆れますわ。これでは悪魔に魂を売るどころか、悪魔の一部になってしまうではないですか。そんなもの誰が望むというのです?

 私はその本を新聞紙でぐるぐる巻きににして、最後に麻紐でギュッと縛り付けてゴミ袋に入れてゴミの日に捨ててしまった。図書館には悪いですけれど、こんな本が存在してはいけません。今回は私が無意識に持って帰ってしまったようですけど、ちゃんとゴミの日に捨てましたから焼却場で灰にしてくれるでしょう。



 そして次にその本と出遭ったのは、出遭ってしまったのは、私の最後の砦だった自慢の髪を切られた夜の事でした。

 頭に紙袋を被り帰宅した私が、最初にしたことは遺書を書く事でした。

 机に向かい真新しい買ったばかりのノートに、いつでも優しくしてくれた自慢の姉と兄、こんな出来の悪い娘でも優秀な姉兄と同じぐらい愛してくれた両親へ向けて、感謝の言葉と先立つ事への謝罪の言葉を書きしたためる。


 ゴオーッ!!


 窓も閉まってるはずなのに突風が私の短くなった黒髪をなびかせる。

 目も開けていられない程の強風が収まりゆっくりと目を開ける。

 今まで遺書を書いていたはずのノートが消えてなくなり、そこには【願いの本】が開かれていた。私は黙ってその本のページの角にレヴィアタンと刻む、その本に書かれている文字と同じ字で。そしてその角の部分をちぎり、口へと運ぶ。








 休日を挟み翌々日、私はいつものように学校へ向かう電車に乗った。あの時のあれはなんだったのでしょう?無意識に本の端に悪魔の名前を刻み飲み込んでしまった。人生に絶望して死のうとしていた私には抵抗なんてできなかった。

 その後何事もなく休日を過ごし、今に至るわけですけれど。不思議と絶望感や自殺衝動は消えていました。清々しささえ感じるぐらいの目覚め。身体の火傷も切られた髪も、元に戻りはしないけれど。昨日までの焦燥感はなくなっていました。


 早朝の空いている電車の向かいの座席に座るサラリーマンが読む新聞。都内の〇〇公園で10名の女学生が死亡。という大きな見出し。〇〇公園って猫型ロボットが活躍する国民的アニメの空き地みたいな、土管が3個置いてある公園だ。学校の近くにあって、何度か前を通り過ぎた事がある。その度にその土管の上でリサイタルを行ういじめっ子の顔が浮かんできて笑いをこらえるのに必死になった事を思い出して、思わず電車内で一人笑ってしまう。「ふひひっふひひっ。」おっと、私らしくもないですわ。人の不幸を笑うなんて私の目指す大和撫子はいたしませんことよ。


 学校に着くとまだ誰も来ていない教室へと向かい、教卓にしまってある出席簿の土曜日の私の欄にチェックを入れる。毎日こうやって前日の出席欄にチェックを入れて、連続で欠席していないと偽装するのが今の私の日課になっております。学校がスケ番騒動で大混乱の為、いちいち私の欠席を気にする教師もいませんので、これで家に無断欠席、不登校で電話されることもありません。私も悪知恵が働くようになったものです。また大和撫子から遠ざかったような気もしますけれど……。「ふひひっ。」

 そしていつものように教室を後にして図書館へと向かう途中、職員室が妙にざわついていましたの。行きは気が付かなかったのですが、私が教室へ向かった後に先生が多く出勤してきたのか、職員室は人であふれかえるぐらいざわついていました。どう見ても普段の先生の数よりも多い人数がひしめいています。よくみると警察官の方も数人見られ、大きなカメラを手に持った方も数多くみられます。

 私は見つからないようにこっそりと通り過ぎ、図書館へ向かうのでした。



 そして昼休み、付属大学の学生達が試験勉強の為か、図書館に押し寄せてきました。いつもならすぐに席を立ち、独りになれる場所を探すところですが。今日はとても気分が爽やかです。気にせず読書を続けていると、大学生のお姉さん方のこそこそ話が聞こえてきます。周りを見回すと、結構遠いところで話している2人のお姉さんの話みたいです、くちの動きが合っていますから。どうしてそんな遠くにいる人達のこそこそ話が聞こえているのかの疑問は、その話の内容で吹き飛びました。






 八坂紅葉17歳。悪魔と契約を結んだ。いや、悪魔の一部になった新生紅葉ちゃんにご期待ください☆彡

 

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