第33話 ある日突然、もんじゃを食べる事もある。

 なすすべなく立ち尽くす幸せ者に、アキちゃんのお母さんが救いの手を差し出してくれたのだ。「今旦那がうちの看板メニューの材料を仕入れてきてくれたから。折角だから皆さんで召し上がっていってくださいな。」それを聞いた全員が同時にぐ~~とお腹の虫を鳴かせる。

 今回は僕だけじゃなく、結果的に皆の力を合わせて結界を張ったことになる。それぞれ同じぐらいずつ力を使っているので、全員お腹がペコペコだった。


 使った力の量的に言えば今迄で一番少ない、東雲家でも2人が力を貸してくれたし、さっきなんか4人が力を貸してくれた。多分%で表現するなら10%も使ってないと思う。でもお腹は減るんだよなぁ。不思議だなぁ。



 「ちょっと準備をして参ります。」華怜と美祢子がそう言って、セクシーメイド2人を連れて2階に上がっていく。え?準備って何??食事の準備はアキちゃんのご両親がやってくれてるけど……。なんか心なしか華怜と美祢子の表情が怖かったから、もしかして上で説教でもしてるんじゃないかな……。ちょっと不安。


 「先生!!今日はとっておきのいいやつを仕入れてきやしたんで、期待していてくだせぇ。」そういって手に持ったバットを僕に見せる。綺麗にサシが入った牛肉のブロック肉だ。とっても分厚い、多分10~15cmぐらいあるんじゃないかな。



 個室に案内された僕は奥側のテーブルに座る。

 隣のテーブルの鉄板に火を入れて、牛脂を乗せ鉄板の熱で溶かしていく、その脂にニンニクのスライスを大量に投入する。

 そのニンニクが良い色に色付いてきたら、サッとニンニクを取り出して、そのニンニクの香りがたっぷり溶け込んだ脂に肉塊を置く。表面に軽く焼き目を入れていって、いい感じの焼け具合になったら弱火にして蓋をする。


 それぐらいのタイミングで4人が戻ってきた。アキちゃんは部屋着から仕事着に着替えていた。え?このタイミングで仕事モード?

 華怜と美祢子はとても楽しそうな顔で僕の左右に座る。2人用の幅に無理やり3人で……。まぁそれでもいいけど。

 ミキちゃんは僕の対面に座り、アキちゃんは僕達に飲み物を出してくれた。

 その頃隣のテーブルの鉄板ではお父さんが蓋を開けてお肉を回転させたり、火加減を調整したりと忙しく調理してくれている。

 一方お母さんは僕達の前の鉄板にもんじゃの具だけをドサッと落とし、両手に逆手に持ったへらの先でカカカカカカッと小気味いい音を立てながらキャベツを刻んでいく。

 「こうやって細かくなるまでキャベツを刻んでいくのが美味しさの秘訣ですよ~。」キャベツを親の仇のごとくカカカカカカカカッと刻みながらお母さんが教えてくれた。

 そしてキャベツが細かくなると全体的にザクッザクッと混ぜていき、粘りが出てきたあたりでドテを作り、ボールに残ったもんじゃ液を注いでいく。

 そしてしばらく置いて、ぐつぐつしだしたら内側から徐々に混ぜていく。


 「さぁどうぞ。召し上がれ!!」全体的に混ぜ終わると均一に伸ばして腹ペコ達に合図をだす。

 テーブルを囲んだ飢えた野獣達は獲物にもんじゃ用の小さいコテをのばしていく。

 端っこのところにコテを上から押しあてて外側にずりずりっとずらして更にコテでプレスする。

 そして十分に焼けたらコテを持ち上げてコテにくっついたもんじゃをパクリ。

 「美味い!!」思わずどこかの味の王様みたいに口からビームが出そうになる。具材は餅と明太子とチーズとベビーなスターとキャベツ、それと隠し味に干しエビが入っていた。めちゃくちゃ美味しい。もんじゃソースも特製と言っていたからそれも美味しさの秘訣なんだろうな。

 アキちゃんは鉄板の空いた部分で殻付きの大きなエビとイカを焼いてくれている。あれ?つけてない?っていうかミキちゃんもつけてない??え?さっき2階に行ってしてた準備ってそれ??

 上で口論でもしてるんじゃないかとひやひやしてたんだけど、戻ってきた4人はめちゃくちゃ和やかな雰囲気だった。仲良しになって帰ってきたのかしら。

 まぁそれは一端置いておいて、美味しいもんじゃを堪能しよう。隣の華怜は最初こそ戸惑っていたものの、お母さんから丁寧に説明を受け、器用に小さいもんじゃコテを使ってもんじゃを口に運んでいる。

 美祢子は小さい頃家族で近所のお好み焼き屋さんに行って、もんじゃを一緒に食べていたから慣れたものだった。

 ミキちゃんは「しょっちゅう遊びに来てるんで。」って言ってたからとても上手に食べている。アキちゃんはエビとイカを焼き終わり、ミキちゃんの隣で一緒に食べ始めた。

 アキちゃんの焼いてくれたエビとイカもプリプリで美味しい。鉄板で目の前で焼くと美味しさも増すよね。

 もんじゃとエビイカを食べ終わるころ、隣の鉄板のお父さんが「へいっ!当店名物の肉塊ステーキの焼き上がりでい!!」コテコテの威勢のいい江戸弁で肉塊の焼き上がりを教えてくれる。

 ちりとりみたいなコテ?で肉塊をすくい上げ、目の前の鉄板まで運んでくれる。

 そして目の前で肉塊を切り分ける。


 中心部分はレアでレアが苦手な人はちょっと怖がりそうだが。仕上げにブランデーをふりかけ手に持ったライターで火をつける。

 ボワッ!!

 大きく火の手が上がり、一瞬で消える。

 「さぁ召し上がれぃ!!」お父さんは鉄板の火を弱めると調理道具を持って厨房に戻っていった。

 フランベによって先ほどレアだった部分にちょうどよく火が通りブランデーの甘い香りがついている。

 味付けはシンプルに塩コショウだけかな?和牛の甘い脂とブランデーの香りがとてもあう。付け合わせの擦り立ての山わさびやガーリックチップを乗せて食べると更に美味しい!!

 こんなに清潔で綺麗な店内に、こんなに美味しい名物料理もあるもんじゃやさんが何故流行ってないんだろう?昔近所で食べていた、チェーン店のお好み焼き屋さんの何倍も美味しい。思い出補正が入っていてもだよ。

 立地も所謂もんじゃストリートの真ん中あたりにあってとてもいいはずだし。店構えだって老舗って雰囲気が出ていてとてもいいと思う。世間の評価ってよくわからないもんだねぇ。


 その後も追加のもんじゃを頂き、僕達は大満足で食事を終えた。


 そういえば食事の前にご両親から今回の費用の相談を受けたんだけど、これは東雲家の治療の続きなので、特に必要ありませんと断った。ツネ婆さんに言ったら怒られちゃうかもしれないけど、あまりお客さんの入っていない店内を見たら、そんな請求とかとてもできるわけがない。

 何度も食い下がってきたが、「料金は東雲家から頂くので本当に気にしないでください。」と丁重に断った。ホント、このお食事で十分お礼は頂きました。



 食後のデザートまでしっかり頂き、僕達は深雪さんと紅葉さんが待つ弟さんの家に向かうことに。アキ&ミキちゃんも「私たちもご一緒させてください。」とのことで、5人で店を出る。


 店を出るとそこには数十名のひとだかりが出来ていた。

 「準備中の札が出てるけど、まだ開店しませんか?」

 「凄い良い匂いで絶対ここに入るって決めちゃってるんですけど。」

 「こんなに良さそうなお店、今迄全然気が付かなかった!!」

 「おーい!開店はまだかー?」

 なんだなんだ?突然店が流行り出したぞ!?





 「お父さん!お母さん!!急いでお店開けて!!」引き戸を再び開けてアキちゃんが両親に声を掛ける。

 「あ、あのすみません。同行させてくれとお願いしておいてなんなんですけど……。」アキちゃんが僕に向かってモジモジしている。


 「ご両親のお手伝いをしてあげて下さい。今夜は忙しくなりそうですよ。」なんとなく察した僕は、僕から提案してあげる。あ、なんかちょっとカッコいいかも。


 「ありがとうございます!!」パーッと顔を輝かせながらアキちゃんが言った。


 「さぁ!順番にご案内いたします!!」アキちゃんが張り切って接客を始めた。セクシーメイド服を着たまま。あれ?もしかしてまだ履いてないんじゃ??いや流石に出掛けるから履いたよね!?





 坂本永遠35歳。久しぶりに食べたもんじゃはノーパンもんじゃでした。ごちそうさまでした。

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