第25話 ある日突然、お出掛けする事もある。

 坂本さんが訪れた翌日、僕はバイクに揺られている。

 富士山を右に見ながら高速道路をひた走る。

 「今日は天気が良いから富士山が綺麗に見えるなぁ。」坂本さんから借りたヘルメットの耳の部分から坂本さんの渋い声が聞こえる。

 「そうですねぇ、高速道路からこんなに大きく見えるんですね。今感動してました。」口の部分に付いてるマイクに向かって喋る。いや、普通に喋れば良いんだけど、なんか慣れなくてちょっとだけ不自然に顎が出ちゃう。

 「この辺りには富士山が見えるキャンプ場がいっぱいあるんだ。そこから見る富士山が最高に綺麗なんだぜ。この辺は暖かくなったら来ような。」坂本さんが楽しそうに教えてくれた。本当に色々なキャンプ場に行ってるんだな。



 時を遡ること2時間前。



 昨日は坂本さんが僕が住んでるところを見てみたいって言う事で、マンションまで訪ねてきた。

 そして養子縁組についての各種書類にサインをしたりとちょっとだけ面倒な作業をした。

 まぁ実際に書類を用意してくれたり、実際に手続きをしてくれるのは東雲大二郎さんなんだけどね。大二郎さんもまだ色々忙しいだろうにとても迅速に対応してくれている。

 「昨日は本当にありがとうございます。」と、深々とお辞儀をされた。本当にこれが慣れない。

 社会的にもかなり偉い立場にある人達から深々と頭を下げられるのはかなり焦る。

 「いえいえ、とんでもない。」と、僕も負けじと深々と頭を下げてしまう。


 「あんたは堂々としてな。それだけの事をしたんだ。じゃないと頭を下げてる方も恐縮しちゃうし、周りも勘違いしちゃうだろ?それにあんたの力を安く見られちまう。自分を安売りしちゃいけないよ。あんたはそれだけの事をしてるんだ。」ツネ婆さんから怒られる。これも何度目かのお説教。理解してはいるんだけどねぇ……。




 マンションのエントランス部分で坂本さんを待っている間そんな事を思い出していた。


 今日は坂本さんとバイクでキャンプ場に行く事になっている。

 昨夜夕食の最中に突然決まった事。

 僕はバイクの免許も車も持ってないですよ。と言ったんだけど、「まぁ、良いから良いから。」って押し切られた。


 とりあえずここで待っててくれとの事で、約束の時間10分前に外に出てきた。

 社会人として10分前行動は基本だよね。


 そして、既に約束の時間を10分程過ぎている。だからそんな色々な事を思い出してたんだけど。坂本さん遅いなぁ。


 


 そこから更に10分程過ぎた頃。

 ボボボッボボボッ、少し遠くからでも聞こえるくらいの低音のエキゾーストが聞こえてきた。

 黒い車体のアメリカンバイク。足を載せるところが板になってるタイプのやつだ。

 そしてなんとその隣には赤いサイドカーがついていた。


 そして、僕の前に停車する。


 「いやぁ、すまんすまん。昨日の今日で急いで買って取り付けてもらったもんだから黒に塗れなかったんだよ。」開口一番坂本さんはサイドカーの車体色について謝ってきた。気にするところそこじゃない気がするけとまぁいいか。


 「でもその分寒さ対策はしっかり出来てるから心配すんなよな。」僕に向かって親指を立ててニカッと笑う。とても嬉しそうだ。僕も合わせとこう、って事で僕も親指を立ててみせる。



 「じゃあ早速行こうか。乗れ乗れ!」坂本さんはバイクから降りると、サイドカーのカバーを取外してくれた。


 バイクの後部とサイドカーの後部には大きな荷物が括り付けられていた。多分キャンプ道具なんだろうな。


 サイドカーのカバーを外すと、座席の上にプレゼント包装された紙袋が置いてある。


 「それ開けてみろ。俺からのプレゼントだ!」坂本さんが嬉しそうに催促する。


 「ありがとうございます。」お礼を言って袋を開けてみると、中から出てきたのはレザーの黒いジャケットだった。所謂ライダースジャケットってやつだね。しかもよく見ると、今坂本さんが着てるのとお揃い。


 「大きさは大丈夫だと思うんだけど、着てみてくれよー。」坂本さんが待ちきれないと言わんばかりに足踏みしている。


 僕はいま着ているセーターの上からジャケットを羽織ってみる。


 うん、ピッタリかも。



 「おぉ〜、イイじゃん!!似合うぜ!カッコイイ!!」坂本さんは大興奮である。いや、ホントカッコイイなこのジャケット。いかにもアメリカン乗りって感じのシングルのライダースジャケット。革も硬すぎず、そして柔らかすぎず。ちょうどいい硬さと質感。


 マンションのエントランスのガラスに2人の姿が写る。お揃いのジャケットを着ている年が違う2人組。親子っぽくない?なんかこういうの初めてで、ものすごく照れくさいけど、なんか良いかも。

 そんな表情でガラスを見ながらにやけている僕。



 「どうやら気に入ってくれたみたいだな。」坂本さんも嬉しそうな顔。


 「ありがとうございます!!なんか、こういうの慣れてなくて、ちょっと照れくさいですけど。とても嬉しいです!!」僕は気持ちを素直に伝えた。


 「そうかそうか。あ、ヘルメットもお揃いだぞ!!」これもサイドカーの座席に置いてあったヘルメットを差し出される。


 「いつもは1人で走ってるけど、今日は2人だからな!サイドカーのついでに頼んで取り付けてもらった。」黒地に赤いラインが入っているフルフェイスのヘルメット。中にマイクとスピーカーが付いていて、走ってる時にも会話ができるらしい。



 「ほんと、昨日の今日でよくこれだけのものが揃いましたね。」ほんと凄いと思う。だってキャンプ行くって決めたの昨夜だよ。そこから坂本さんは何本か電話をしてたけど、在庫がある事にビックリ。


 「まぁ、このサイドカーは関西から軽配送で運んでもらって、ジャケットは東北にあるショップからバイク便で届けて貰った。後の細かいパーツ類は通販だな。コイツは配送してくれる倉庫に直接取りに行った。普通は対応してくれないけどな。ガハハハハハ!!」坂本さんは胸を張って答えてくれた。善は急げって言葉を体現したような人だ。


 「それと、サイドカーの取り付けは行きつけのショップに頼んで朝一でつけてもらったってわけさ。まぁそれでちっと遅れちまった、すまねえな。」てへぺろ。坂本さん可愛い。

 「そんなたいした時間じゃないんで大丈夫ですよ。色々とありがとうございます。全部任せてしまってすみませんでした。」本当に何から何までお世話になりっぱなしで申し訳ない。


 「おいおい。これからは親子になるんだぜ、そんなかしこまる必要ないだろ。気楽に行こうぜ!」坂本さんはニカッと笑うと親指を立ててそう言った。





 花咲永遠、改め坂本永遠35歳。今日はこれから親子水入らずでキャンプ場に向かいます。

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