第22話 ある日突然、すし屋のカウンターでカウンターを食らう事もある。

 僕達は恰幅の良い男性(石橋さん)の案内で食事の席へ向かっている。

 東雲夫妻はもう少し妹さんとゆっくり話したいということで、お食事会へはツネ婆さんと僕と華怜と美祢子の4人で向かう事になった。

 因みに石橋さんは門の所でお別れ、「中で坂本が待っております。どうぞお食事をお楽しみくださいませ。」と言って病院へ帰っていった。

 そういえば今の時間はちょうど日を跨いだところあたり。お寿司屋さんもとっくに閉店の時間だろうに、開けておいてくれているみたい。 


 病院の目と鼻の先、道路を渡ってすぐのビルの側面に木造の門構えがあった。なんだろ?ちょっと不思議な感じ。ビルの一部分が日本家屋になってるみたいなそんな見た目。

 門を潜ると10m四方ぐらいの日本庭園が広がっていて、砂利の通路に飛び石が置いてある、その先にビルへの入り口があった。この先にビルがあるとは思えないような和風な作りで趣がある佇まい。ビルの入り口もどう見たって木造建築の日本家屋。


 入り口を入ると、着物姿の女将さんが出迎えてくれた。

 「ようこそいらっしゃいました。お部屋へご案内致します。」入ってすぐにはお会計というよりも旅館のフロントみたいな感じの作りになっていて、フロントからみて右側の奥の空間には10人ぐらい座れるカウンター、いかにも高級なお寿司屋さんっていう感じの店内が見える。

 高そうなスーツを着た男性と若い女性がカウンターに座っていた。この時間でもまだお客さんがいるんだな。なら良かった良かった。


 しかし女将さんに案内されたのは左側にある廊下。そのまま進んでいくと10畳程の座敷席が両側に2部屋づつ並んでいて、僕達が通されたのは更にその奥にある扉だった。

 扉をくぐると、部屋の広さは10畳ぐらいで3席・3席でL字型になった分厚い板で出来たカウンターがあった。

 カウンターにはベテラン寿司職人という感じの板前さんと、若手だけど腕に自信がありますっていう佇まいの女性の板前さんが立っていた。


 「へい、いらっしゃい!!」ベテランの板前さんの威勢のいい声で出迎えられる。


 カウンターには既に白髪の大柄な男性が座っていた。

 「ツネ婆さん、ホント元気そうだなぁ。あれから悪いところは出てないかい?」肩幅が広く水泳選手のような身体つきをしていて、身体のサイズの割に少し小さめな丸眼鏡を掛けた、優しい顔の老紳士が席を立ち声を掛けてきた。声がとっても渋い。僕もこんな声になりたい……。


 「あぁ大先生。あんたの仕事とっちまってすまないねぇ。もうすっかりあんたの世話が要らない身体になったよ。」ツネ婆さんが威勢のいい挨拶を返す。


 「永遠、紹介するよ。こちらは坂本義光。さっきの病院を含めて都内に3か所、全国に30か所の大病院を経営する大先生さ。そして私の元主治医。」ツネ婆さんが僕に老紳士を紹介してくれた。


 「おいおい、元とは酷い扱いだなぁ。もうヤブ医者はいらないってかい?」老紳士がふざけて怒ったマネをしてみせる。


 「そりゃそうさ。ここに正真正銘の大先生がいるんだ。もう病気や怪我なんてちょちょいのちょいさ。」ツネ婆さんが大袈裟に僕を持ち上げる。相手が大病院を経営する大先生って人相手だとちょっと居心地悪い。


 「初めまして。花咲永遠と申します。」丁寧にお辞儀をする。


 「こちらこそよろしくね、大先生。」老紳士は大きくてしなやかな指先を持つ右手を差し出していたずらっぽく笑った。顔に刻まれた皺などを見る限り結構な年だと思うんだけど、背筋もピンと伸びて背も高くもの凄いイケメンだ。背の高さは180cm以上ありそう。僕も決して小さい方ではないんだけど、肩幅の広さも相まって僕よりも少し大きく見える。これでいてお金持ちだっていうんだから完璧超人過ぎるだろ。世の中不公平だっていうのがよくわかる。


 がっしりと握手を交わすと、ツネ婆さんから早く席にお座りと、皆急かされて席へとつく。エル字の片翼の真ん中に老紳士、そして角付近の椅子をどけてツネ婆さん。そしてもう片翼の真ん中に僕が座り、ツネ婆さん側に華怜、そして反対側に美祢子が座る。

 最初美祢子は遠慮して外で待つって言ってたんだけど、ツネ婆さんから「あんたも紹介するから一緒に来な。」と言われて席についた。

 そして老紳士に、「この二人は大先生の妻たちさ。」と紹介して、「はははっ、そりゃお盛んだなぁ。さすがは大先生。わはははは。」とか言われてなんだかほんと落ち着かない。



 そんな調子でやりとりしているツネ婆さんと坂本さん2人の様子を見ていると、今まで会った誰よりも親しい感じが伝わってくる。限りなく対等な関係っていうか。そんな感じ。主治医って言ってたし、付き合いも長いんだろうな。

 美祢子が紹介されてからずっと真っ赤な顔で下を向いている。

 「大丈夫?」僕が小声で聞くと。

 「だ、大丈夫です。あなた。」と、聞こえるか聞こえないかぐらいの声で返事をした。いやはっきり聞こえてはいるんだけど、聞こえないふりをしようかな。


 「永遠様、お飲み物は何になさいますか?」華怜が僕に聞いてきた。

 老紳士の方を見てみると、老紳士は既にビールを飲んでいるようだ。カウンターに瓶ビールと泡のついたコップが置いてある。では僕もそれに倣って。

 「じゃぁとりあえずビールからで。」まぁ最初はビールだよね。喉カラっカラだし、さっきから既に握り始めてくれている板前さんの顔が「ビールだろ!!」って言ってる気がする。


 「美祢子さんは……。同じで良いですわね。」まだ真っ赤な顔で下を向いている美祢子の分も勝手に決まったようだ。


 「おビールを3つとコップも3つ、私にはオレンジジュースをください。」華怜が代表して女将さんに飲み物を注文してくれた。ん?ビール3つ?あぁツネ婆さんの分かな?。

 そういえばツネ婆さんがお酒飲んでるところって見た事ないかも。バーベキューの時なんかも温かいお茶を飲んでいた気がする。


 「おや、今日は飲んでいいのかい?」ツネ婆さんが華怜に聞いてくる。


 「折角坂本のおじ様とご一緒なんですもの。今日ぐらい飲んでも良いですわよ。そのかわり飲み過ぎには注意してくださいね、お婆様。」ツネ婆さんに向かって人差し指を立てて、先生みたいな口調で注意する。


 「華怜ちゃんわかってるねぇ。良い奥さんになるよ、きっと。」老紳士がニコニコしながら華怜に声を掛ける。どうやら二人は顔見知りのようだ。っていうか老紳士とツネ婆さんの関係も訳アリのようだ。



 そして瓶のビールとグラスが3つ届けられる。

 ツネ婆さんには老紳士が、僕には華怜が、まだ下を向いている美祢子には僕が、そして華怜にも僕がお酌をする。華怜のはオレンジジュースだけどね。


 「それでは、今日の出会いと美味しい肴に乾杯!!」老紳士が乾杯の掛け声をかけてくれる。



 ゴクゴクゴク。

 ぷはぁー!!


 空きっ腹にビールは効くねぇ。染みわたる。



 するとすかさず若手の板前さんがササっと焼き物を出してくれる。

 「銀鱈の西京焼きです。まずはこちらをお召し上がりください。」味噌が焦げた良い香りが漂う。


 「あ、寿司はもうお任せで握って貰ってるから、もし苦手なネタがあれば今のうちに言っておいてね。」老紳士が僕達に声を掛ける。


 「はい。」嫌いなネタは特に無いから、僕は大丈夫。華怜もそんな感じの顔してる。美祢子はまだ顔真っ赤だ。ビールだけやけに進んでいる。大丈夫かな?ちょっと心配。


 「永遠様、この西京焼きとても美味しいですわ。」華怜が僕にあーんと箸を差し出す。

 

 パクッ。


 「うん、美味しいね。」もう片翼から老人二人の【ヒューヒュー!!】っていうニヤニヤした顔が見えるけど、無視無視。


 いやぁ、この銀鱈めちゃくちゃ脂のってて美味しい。西京味噌の甘い味と香り物凄く合う。そしてビールが進む!!


 そして、高そうな変な形のお皿に乗った握り寿司の登場である。なんで変な形のお皿って高そうに見えるんだろう?不思議。


 まずは端っこにあるこの白身から……。

 うーん。こりゃ凄い。まずは淡泊な白身からと思って口にしたら思わぬ脂じゅわ。ノドグロかな?脂が甘くて美味しい。


 「永遠様、この海老とてもプリプリしていて美味しそうですわ。」華怜から再びあーん。しかもお寿司だから指で。


 パクッ。


 「うん、美味しいね。」もうほんとプリップリのブリンブリン。指まで美味しいです。もう片翼から老人二人の【ヒューヒュー!!】っていうニヤニヤした顔が再び見える、いやもうほんとやめてください。



 ホントどのネタも新鮮過ぎて今にも動き出すんじゃないかっていうぐらい新鮮で、生臭さのかけらもないお寿司でした。ほんと今そこで釣ってきたんじゃないかっていうぐらい新鮮。もしかしたら生け簀があって、そこから出してすぐ捌いてるのかもね。






 ビールから日本酒に移って、良い感じに酔いも回ってきたころ、ツネ婆さんが急に真剣な顔で話しかけてきた。


 「永遠、あんた今日からこの義光の息子になんな。」横で老紳士も、うんうん。なりな。って顔で頷いている。いきなりの急展開に僕も面食らってます。






 花咲永遠35歳。いや、本日から坂本永遠35歳になるみたいです。

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