第20話 ある日突然、霊安室に通される事もある。

 夜の闇に色とりどりのライトが光る。クリスマス間近の街並みは恋人達に祝福を贈り、独り身の冷え切った心に闇を落とす。

 「永遠様、見てください!!イルミネーションが綺麗ですよ。」そう言って僕の右腕に絡みついてくる華怜。腕に当たる柔らかい感触に最高の幸せを感じる瞬間。


 「お兄様、こんな綺麗な夜景を見ながらドライブなんて夢みたいです。」そう言って僕の左腕に絡みつく美祢子。腕に当たる柔らかい感触が更に凄い。なんてったって美祢子は豪華な身体をしているから。


 「ミネさんズルいです!!そんな大きなお胸をお持ちだなんて!!抱きついて良いなんて言わなければ良かったですわ。」華怜が美祢子の胸をみつめながらプリプリしている。なんだか可愛い。子リスみたい。


 「今はもう定時ですから、お好きなように永遠様に甘えていいですわよ。と許可してくれたのはお嬢様ですよ。」そう言って美祢子は更にギュッと左腕に絡みつく。


 右側に某テーマパークのイルミネーションを眺めながら夜の高速を車は走る。

 そして両腕に絡みつく暴走車も突っ走る。





 東雲家で夕食を食べ、妹の紅葉さんのお話を伺っていたその時。深雪さんの弟さんから連絡が入った。

 『紅葉が大変な事になっています、今救急車を呼んだところです。』という内容だった。

 すぐに電話をして事情を聞いたところ。

 

 「永遠様、私を助けていただいた後にこんなことを頼むのは気が引けるんですが……。もしよろしければ、もう少しお付き合いいただけませんでしょうか?」電話を切った深雪さんが僕とツネ婆さんに向かって頭を下げる。


 「さっきも倒れそうになってた永遠にそんな事させられるかい!!」ツネ婆さんは物凄い剣幕で怒り出した。今にも立ち上がりそうな勢いで。



 「とはいえ、緊急事態なんだろ?ダメとは言えないじゃないか、そんな顔されちゃ。」ツネ婆さんに怒鳴られても必死な形相で食い下がる深雪さんを見てツネ婆さんが優しい顔に戻る。


 「永遠、無理だけはするんじゃないよ?」ツネ婆さんが僕に向かって少し厳しい顔をする。


 「華怜、ミネ。いざという時には永遠を支えてやりな。妻と妾なんだ、こういう時こそ一緒に支えてあげられなくちゃね。」華怜と美祢子に向かって僕の時よりもちょっと厳しい顔で指示を出す。




 という事で、僕達は今深雪さんの運ばれた病院へ向かっている。

 高速道路に乗ってしまえばすぐの距離だ。


 ツネ婆さんはさっきから執務机に座り、しきりに電話を掛けている。



 外の景色を見ると、もう既に高速を降りて国道から脇道へ曲がるところだった。その先に赤色回転灯の明かりが見えるので目的地ももうすぐだろう。

 左右を見ると華怜も美祢子も満足そうな顔をして寝ているようだ。

 このソファの座り心地と走行中の軽い揺れが眠りを誘うのに実に適している。

 僕は腕から伝わる柔らかい感触に興奮し過ぎて眠気がやってこなかったのは内緒にしておこう。きっと誰も気づかない。



 車は大きな病院の救急受付口についた。車を降りると後ろの車から東雲夫妻が降りてくるところだった。

 ツネ婆さんがリフトで降りてくるのを待って、ツネ婆さんを先頭に病院へ入る。

 中に入るとすぐに病院のお偉いさんだと思われる、恰幅のいい男性が慌てて出てくる。


 「申し訳ありません、外でお出迎えするつもりでしたが、思ったよりも早く到着されたようで。」恰幅のいい男性はツネ婆さんに深々と頭を下げる。


 「そんな事はどうでもいいよ。それよりちゃんと言ったとおりにしておいてくれたんだろうね?」ツネ婆さんは少しイラついた様子で早口で返す。


 「それはもう、応急処置を施して静かな部屋にご案内させて頂きました。」頭を下げたままの男性が更に頭を下げて答える。


 「それじゃとっとと案内しておくれ。そんなに悠長な事してられる容態じゃないんだろ?」ツネ婆さんがイラついている理由はそこだったんだね。流石ツネ婆さん。


 「こちらになります。」男性は頭を上げると先頭に立ち廊下をズンズン進んでいく。


 廊下の先にあったエレベーターを呼び、そのまま地下に降りていく。

 着いたのは地下2階。


 エレベーターのドアが開いたその場所は真っ暗な廊下だった。いや、小さい明かりがちょっとだけあるから、歩くには困らなそうなぐらいの暗さかな。

 その真っ暗な廊下を進み、両開きのドアの前に立つ。

 「皆さま入られますか?」ドアに手を掛けた男性が聞いてくる。


 「いや、私達は遠慮するよ。まずは二人で会っておいで。」ツネ婆さんが東雲夫妻に声を掛ける。


 「深大寺様、ありがとうございます。このお礼は後程ゆっくりとさせて戴きます。」夫妻は深々と頭を下げて部屋の中に入っていった。


 「まずはこれがいいだろうよ。永遠の出番があるか無いかは、これで決まるだろ。」ツネ婆さんはそう言うと恰幅のいい男性を呼び、何やら小声で指示を出す。


 僕と華怜は部屋の前にあるベンチに座る。

 美祢子は車椅子を押していたので、その流れでそのままツネ婆さんの傍にいる。


 恰幅のいい男性はツネ婆さんと何やら話しているが、終始ペコペコと頭を下げていた。

 結構偉い人に見えるんだけどなぁ。ツネ婆さんがそれぐらい凄い人って事なんだろうね。

 未だにツネ婆さんがどれぐらいのポジションの人だっていうのがわかりきっていない。


 ただ、今まで会った誰もがツネ婆さんに頭を下げている。

 東雲爺とかカネ爺とかは親しげにツネ婆さんって呼んではいたけど、それでも結構頭を下げてるところを見る。

 今のところツネ婆さんがチャンピオンだな。

 別に僕は何もしてないのになんだか誇らしい気分になる。

 いやいや、別に僕が偉いわけじゃないから謙虚に生きましょう。

 わかってます。自分を弁えて生きていないと、とんでもない目に遭いますから。

 僕が今までの人生で学んだ大事な事だ。



 そんな事を考えていたらドアが開かれて、中から大二郎さんが出てきて僕の前に立つ。

 「永遠様、とりあえず中に入って頂けますか?」大二郎さんからお呼びが掛かる。


 僕が立ち上がると華怜も立ち上がり、ツネ婆さんから【ミネも行っておいで。】みたいな感じで目で合図されたので美祢子も一緒に入室することになった。


 大二郎さんに案内されて部屋の中に入る。

 廊下もそうだったが、本当に静かな部屋だ。


 部屋の中は明るくて、壁も床も真っ白で大きなお花の絵が飾ってある。部屋の広さはそこそこ広く、中心にキャスター付きの寝台に女性が寝かされていた。

 ここってもしかして霊安室じゃないか?地下だし、静かだし、廊下がやけに暗かったし……。


 寝台に寝かされている女性は和服の寝巻を着ているが、見えている箇所全ての皮膚をかきむしったような跡が見えた。

 顔も斑模様の痣の様なものが浮き出ていて、その部位が痒いのか、皮膚が剥がれる程強い力で搔いたのだろう。

 よく見ると指先も包帯がグルグル巻いてあるから、爪が剥がれているんだと思う。全身を強く掻いて剥がれたんだろう。


 「弟の話によると、先ほど急にこの痣の様なものが浮き上がって、妹は狂ったよう全身を掻きむしったそうです。」寝台の隣に立った深雪さんが説明してくれた。

 「その様子が尋常じゃなく、怖くなった弟は家族と協力して両手を縛り、救急に電話をしたそうです。」今は落ち着きを取り戻しているようで、寝台の上の女性はまっすぐ大二郎さんをみている。


 大二郎さんは困ったような表情を浮かべて深雪さんの隣に黙って立っている。



 「あんたがお偉い先生かい?もう姉さんに全てバレちまった。あたしのした事は許されることじゃないのは自分でもわかってるよ。それにこの身体、どうせもう助からないんだろ?早いところ楽にさせておくれよ。」女性は僕に向かって、寝たまま目と口だけ忙しなく動かして捲し立てる。



 「死なせてくれですって!?死んで全て有耶無耶にして楽になろうとしてらっしゃらない??そんな事許されるわけないじゃない!!あなたは生きるのよ。生きて残りの人生を掛けて罪を償うのよ!!それがあなたに出来る最善の行動でしょ!!」華怜が腰に手をあてて大きな声で怒鳴り散らす。静かな部屋に響き渡り、恐らく部屋の外のツネ婆さんもびっくりするぐらいの声で怒鳴った。



 「そうです、あなたは生きなければいけません。生きて深雪さんにちゃんと謝ってください。深雪さんもそれを望んでいるはずです。」僕は華怜の剣幕にビビってませんよというアピールで少し大きめの声で言った。いやほんとビビッてないし。



 女性はびっくりした顔をしていたが、段々としょんぼりとした顔になった。「何をしたって許してなんてくれるわけないだろ。」消えるような小さい声で反論してくる。


 「永遠様、私からもお願いします。妹を。紅葉を助けてあげてください!!私の大事な妹なんです!!」深雪さんが涙を浮かべて頭を下げる。

 大二郎さんも同じように頭を下げている。




 「では、ちょっと失礼します。」本人の了承はないけど、これはやるべきだよね。

 華怜が怒るのもわかる気がする。だって自分が一番その事を知ってるからね。きっとあれは自分に対しての怒りなんだろうな。死んだって何も解決されない。ただの逃げだって。



 寝台の横に立つ。紅葉さんは相変わらずじっとしている。目だけは僕をじっとみたまま。表情はどんな表情なんだろうなこれ、怒っているような悲しんでいるような、ちょっと複雑な表情を浮かべている。


 「ちちんぷいぷい、ちちんぷい。」全身を掻きむしってたって言ってたな。全身に意識を集中していく。

 あれ?おかしいな。いつもは意識を集中すると悪い部分から光が出てくるんだけど……。

 逆にさっきみたあの黒い雲みたいなモヤモヤが見える。


 うん、やっぱり黒い雲が見える。これはおかしいなぁ。


 「ちちんぷいぷい、ちちんぷい。」更に全身に意識を集中する。


 少しだけ光が出てきた。


 その光をすぐにその雲が覆い隠す。

 そうきたか……。


 「ちちんぷいぷい、ちちんぷい。」そっちがその気ならこっちも意地だ。


 「ちちんぷいぷい、ちちんぷい。」更に集中していく。


 「ちちんぷいぷい、ちちんぷい。」全身の血液が下腹部のあたりに集まってくる感じがする。

 血が足りなくてフラフラするあの感じ。


 ガシッ、背中に柔らかい感触。そして倒れそうな身体を支えてくれる力強さ。


 両側から華怜と美祢子が抱きついて支えてくれている。

 二人から暖かい体温と共に優しい光が僕に向かって流れてくる。

 二人の力を借りて黒い雲に絶対勝ってやる。


 「ちちんぷいぷい、ちちんぷい。」更に集中しながら3人分の力を流し込む。

 紅葉さんの全身から光が溢れ出し黒い雲を吹き飛ばす。



 眩しい!!


 その光を両手で急いで丸めていく。

 その丸まった光を窓に向けて……、窓どこだー!!!!

 ここ地下だった。どうしよう??


 えーい!どうにでもなれ!!


 僕はその光を壁に向かって全力投球した。


 すると光は壁をすり抜け見えなくなる。

 上には患者さんとか人が一杯いるだろうし、迷った結果地下にそのまま投げ捨てるって手しか浮かばなかった。まぁ過去に窓を通り抜けるのは見てたから、地下でも行けると思ってたけど。

 跳ね返ってきてたら危なかったかも……。


 まぁ結果オーライって事で。



 がくっ。

 膝から崩れ落ちる、後ろで支えてくれていた二人も一緒に3人で。


 紅葉さんは、多分大丈夫だろう。失敗はしていないはず。


 「後は任せます。」最後にそれだけ言い残して僕の意識は暗い闇の中へ……。






 花咲永遠35歳。最近気を失う事多くない?

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