第17話 ある日突然、ぐるぐるする事もある。

 『では、治療をお願いします。』

3人がかりで説得すること1時間。窓に映る景色もすっかり夕焼けに染まっていた。




 華怜と老紳士には少し後ろに下がってもらい、女性の左側のベッドサイドに立ち、看護師さんには右サイドに居てもらう。もし、何かあれば手伝ってもらえるように。



 右手を女性の方に向けて、全身をなぞるようにみていく。この透けて見えているモヤモヤとした部分が悪い部分だとすると、多分もの凄く広い範囲が病魔に侵されている。

 ツネ婆の時もそうだったが、末期の癌っていうのはこれだけ広い範囲で治療が必要なんだろう。


 「ちちんぷいぷい、ちちんぷい。」右手をぐるぐると回す。


 するとモヤモヤと見えていたものが段々とはっきりと見えてきて、それが光を発しだす。


 「ちちんぷいぷい、ちちんぷい。」その光が段々と強くなっていく。自分の血液が段々と下腹部に集まっていく感じがする。


 「ちちんぷいぷい、ちちんぷい。」光は眩しくて目が開けていられないぐらい強くなる。


 「痛いの、痛いの飛んで行け!!」僕はその光を左手も使い、両手でぐちゃぐちゃと丸めて小さくすると窓の外、海のかなたに向かって投げ捨てる。大きく振りかぶって、メジャーリーグを夢見る大物ルーキーの様に思いっきり投げた。


 身体の中からスーッと血の気が引いていくような感覚があって膝をつく。すぐに華怜が駆け寄って支えてくれる。押し付けられる胸の感触が心地良い。生きていてよかった。



 「挿管チューブを外してあげてください。」華怜に支えてもらいながら立ち上がり、看護師に指示を出す。


 すぐに口元のテープを剥がし、「大きく息を吸って、一気に吐いて下さい。」看護師がそう言って、女性が一気に息を吐くのと同時に挿管チューブを引き抜く。


 ゲホゲホッ!!大きく咳込む女性。ゴホゲホッ!!


 「ちちんぷいぷい、ちちんぷい。痛いの痛いの飛んで行け!」咳込む女性の喉元に向かって軽く右手を回してぽーいと投げ捨てる。


 「はぁはぁ。」息を整える女性。


 「喉が楽になったわ。」はぁはぁ、とまだ少し息が荒い。


 

 「気分はどうですか?」華怜に支えられながら女性に聞いてみる。と言いながらも、相変わらず押し付けられる胸の感触に浸っている僕。一生このままでもいいとさえ思う。




 「わからない。もう悪かった所がどこかさえわからない・・・。」女性は身体を起こして全身を眺めながら言った。


 見る限り肌の艶も綺麗だし張りもあるし、血色も良くなっている。



 「深雪さん!!」老紳士は起き上がった女性に抱きつくとボロボロと涙を流しながら叫んだ。


 「大二郎さん。またこうやって話ができるなんて思わなかったわ。治療、受けてよかったのかも。」女性はそういうと老紳士を強く抱きしめた。そうできなかった、二人の時間を埋めるように。





 花咲永遠35歳。もう少しの間、そうやっててください。その間、僕もこの感触を堪能しますから。

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