第16話 ある日突然、説得する事もある。
ノーパンのメイドさんが昇っていた螺旋階段ではなくて、エントランス付近で見かけたしっかりとした階段を使い上のフロアへ、階層で言えば40階にあたる部分へと向かう。
廊下を進み、一番奥側の部屋を目指す。
突き当りのドアの前に立ちドアをノックする。
「深雪さん、入りますよ。」老紳士はドアに向かい声を掛けると、カチャリと静かに手前に引く。
角部屋になっている室内はとても明るくて清潔にされていた。
2面を大きくガラス張りにしていて、ベッドからもリビングで見たより更に素晴らしい景色が一望できるようになっている。
しかしベッドの周りには様々な医療機器が並びそれに繋がれた女性はとても痛々しかった。そして傍らにはそれを監視、調整する為に看護師さんが居た。
「深雪さん。深雪さんと同じ末期癌から元気に回復したツネ婆から、先生を紹介してもらったよ。そして華怜ちゃんも会いに来てくれたんだ。」ベッドの横で老紳士が女性に優しく語りかける。
『華怜ちゃん、随分と美人になったわね。会いたかったわ。』女性の頭上に設置されたモニターに文字が浮かぶ。
口元に太いチューブが繋がっている。どうやら呼吸を助ける挿管チューブが入っているようだ。その為に声が出せないから、手元にある端末から文字を打って、頭上に設置されたモニターに映し出すことでコミュニケーションが円滑に出来るようにしてあるらしい。
「おばさま。お久しぶりです。」可憐はベッドの傍に行き、女性の左手をギュッと握る。
『髪の毛、短くしたのね。前にみたロングも良かったけど、とても似合うわよ。』モニターに映し出される文字。どうやら端末の画面に指で手書きの文字を書き込むとモニターに出力されるようだ。女性は慣れた手つきで文字を書いている。
「ありがとうございます。私も本当に色々ありましたが。永遠様、いえ先生に綺麗に治していただいて元気になりましたのよ。」華怜が声を振るわせながら語りかける。少し涙ぐんでいるようだ。
「深雪さん。先生は本当にすごい人なんだよ。深雪さんと同じように余命宣告されていた末期癌のツネ婆さんも。今の深雪さんと同じように酸素ボンベなしじゃ生きられなくなっていたカネ爺も。二人とも今は元気にピンピンしてるんだよ。華怜ちゃんも全身に及ぶ火傷の跡を先生に治してもらって、こんなに綺麗になったんだ。深雪さんも治療を受けてくれないかな。」さっき大泣きして既に顔がクチャクチャになった老紳士は、更にクチャクチャにしながら説得する。
『今まで何十年も病気と闘ってきました。愛する大二郎さんの子供を産むことも出来なかったし、大二郎さんの大切な時間をいっぱいいっぱい無駄にしてしまったわ。きっと今この病気を治してもらっても、きっとすぐ又別の病気になってしまうわ。もうこの無駄な悪循環を終わらせる時なのよ。無駄にしてきた時間を取り戻してあげることは出来ないけど、せめて残された人生ぐらいは大二郎さんの自由に使ってほしいの。私が居なくてもきっと楽しい事は一杯あるわ。若い女の子もいっぱい呼んであげる。大二郎さんがあと何年生きられるかはわからないけど、精一杯楽しんで欲しいの。私が生きていたら、大二郎さんを縛り付けてしまう。だからこのまま死なせてほしいの。私からの最後のお願い、聞いてくれないかしら?』女性は時間をかけて器用に端末に文字を書き続けた。
「お願いだよ深雪さん。深雪さんが居ない人生なんて考えられないんだ。僕は人生の全てを深雪さんに捧げてもいい。又病気になったら先生に助けてもらえるように頼むから。僕の持っている全てを投げ売ってでも深雪さんは僕が守る。だから治療を受けてくれないか?」老紳士はボタボタと音が聞こえるほど涙を流しながら女性に訴える。
「病気になったらまた治療しに来ます。あなたが病気になる度に何度でも来ます。お二人が幸せな日常を送れるように僕にも手伝わせてください。」少し離れた場所で成り行きを見守っていた僕も耐えきれずに女性の傍まで行って話しかける。
花咲永遠35歳。ツネ婆や華怜や大崎さんを治療して、ビッグマウスもすっかり板についてきました。
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