第12話 ある日突然、移動車を紹介する事もある。

 僕たちがトラックに轢かれそうになった幹線道路側に地下駐車場へと降りるスロープがある。

 この高級マンションに住む居住者専用の駐車場で地下5階まである。ちょっとした商業施設ぐらいの大きな駐車場で、全ての住民の車が収められるように出来ている。



 部屋から地下駐車場へは、いつも使用している専用エレベーターで直接アクセス出来るようになっているのだが。

 あのエレベーターは深大寺家専用のエレベーターで、ペントハウスの扉前と、その下の使用人居住区、1階エントランス、そして地下1階の深大寺家専用駐車場の4か所だけを結んでいる。


 使用人専用フロアも独立したエリアとして区切られているため、同じ階の他の居住者達が入ることができない様な作りをしている。

 地下駐車場の専用エリアにも専用のアクセスキーを持っていないと入れない仕組みになっている。


 唯一開かれているのが1階のエントランスにある専用エレベーター前だが、そこには24時間SPが歩哨に立っていて、ほぼ入り込むことはできないだろう。





 その専用エレベーターで地下駐車場に降りていく。

 地下1階まで降りるとすぐ目の前に車寄せがあり、すでにそこにはツネ婆専用の移動車が停まっていた。


 普通お金持ちの移動車っていうと黒塗りの高級セダンを想像するが、ツネ婆の移動車は4tトラックを特別に改造した移動執務室兼応接室だ。

 キャンピングカー(キャブコン)を想像してもらうとある程度イメージしやすいと思う。


 トラックの後部に車いすのまま乗り降りできるリフトがついていて、その入り口から入るとトラック後部に設置されたツネ婆専用の執務机の部分に直接入れる。

 その執務机の前面にテーブルとソファが設置されていて、トラックの側面にある扉から入るとその応接スペースが迎えてくれる。

 このへんの作りは校長室とかをイメージしてもらえるとわかりやすいかな。


 そしてキャビンの一番運転席側の部分には飲み物や軽食を作れるぐらいのカウンターキッチンが設置されている。広さでいうと2畳ほど。

 高価なティーセットや食器類も振動で落ちたり割れたりしないように内側が低反発な素材で作られた食器棚に収められている。


 車両自体も揺れや振動が気にならないぐらいに足回りが調節されていて、本当に高級車に乗ってるような乗り心地だ。


 そして驚きなのがそれを運転するのが佐々木さんだという事。

 走り出しも停止時も殆ど気が付かないほどの運転テクニックがとても素晴らしい。



 ツネ婆と向かい合わせに僕と華怜がソファに座り、美祢子が淹れてくれたお茶を飲みながら移動する。そう、僕が出掛ける準備をしていると華怜が休憩にやってきて、今から出掛けると伝えると「私もついて行きます。」と言って一緒に行くことになった。

 今から会う【東雲の爺さん】という人の奥さんには、子供のころに勉強を教えてもらったりして大変お世話になったらしい。



 キャビンには窓が無いが、前面と側面の壁面には大型のモニターがあり、そこにそれぞれの方向のカメラからの映像が映し出されている。

 まぁ慣れないとちょっと変な感じだけど、慣れると実に快適だ。


 車窓ならぬ、車外モニターの画面を眺めながら車内で美味しいお茶を頂く。

 足回りの調整が実に見事で、それに加えて佐々木さんの丁寧な運転も相まって、テーブルのお茶がこぼれる様な事も無く、順調に川沿いの道を通って車は高速道路へと入る。


 都内の高速は高速とは名ばかりの万年渋滞道路だ。

 こんな快適な車内の車じゃなければ、とても疲れてしまうだろう。

 運転してくれている佐々木さん様様である。



 「ミネ、華怜の婚約者である永遠の妾になったんだって?」渋滞にはまり退屈になったのかツネ婆さんが割と旬な話題を振ってきた。



 「す、すみません奥様!大変失礼なことを・・・。」美祢子は最高潮に固くなってギクシャクと頭を下げた。今ならダイアモンドでも砕けるんじゃないだろうか?と、僕は割と他人事みたいな感じでその様子を眺めていた。


 「あんた、実の妹を妾に貰うってどんだけ異常なことかわかってるのかい?」そんな対岸の火事を眺める様な僕に、突然火の粉が降ってきた。


 「え?あ、いやぁ・・・。妾っていうか、僕たち兄妹ですし。妾という名の仲良し兄妹みたいな関係を結ぶってことでしょ?」実は僕もあまり理解していない段階だったりする。


 「何を言ってるんですか!?永遠様。妾は妾です。そんな事言うとミネさんが泣いちゃいますよ!」隣で華怜が自分のことのように本気で怒っている。ちょっと怖い。


 

 「まぁ別に私は華怜がそれで良いなら細かい事は何も言わないよ。でも永遠、少しでも華怜が傷つくようなことをしてみなさい?地獄の果てまででも追いかけて行って、私が直々に拷問にかけてジワジワと苦しめながら殺してやるからね。」ツネ婆さんもなんだか怖い。


 「私からも大好きなお嬢様を泣かせるような事は絶対にしないとお約束させていただきます。」美祢子が胸の前で握りこぶしを固く握りツネ婆さんに誓う。


 なんだかすごい展開になってきたなぁ。約20年離れ離れだった妹が物凄く大人になっていた。

 いや確かに豪華な身体しているし、昔から物凄い美人だしね。

 2つ下の僕の妹だから年齢的には33になるはずなんだけど、とても30台には見えない。

 最初に会った時から20代前半ぐらいなんだろうなってずっと思っていた。


 そんな快適な車内で刺激的なトークを展開していると、車は目的地に近付いたようだ。


 



 花咲永遠35歳。最近婚約者と妾ができました。そして今それをチクチク責められてます。

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