第9話 ある日突然、花火が上がる事もある。

 つい先日治療をしたばかりだという事で、ここ数日ツネ婆さんからお休みを言い渡されている。


 のんびりと読書をしたり、海外ドラマをみたり、美味しいご飯を食べまくったりしながらぐでぐでと過ごしていた。

 まさにのんべんだらり喰っちゃ寝生活。

 こんなゆったりとした生活、今までの人生では経験したことがなかった。


 おかげで体調はすこぶる良く。今ならフルマラソンぐらい完走できてしまうんじゃないかっていうぐらい調子が良い。



 そして今夜は目の前の河川敷で冬の花火大会が開催されるという事で。

 ミネさんからの「バーベキューをしながら花火を楽しみましょう!!」という提案を受けて、今僕はバルコニーにストーブを用意しているところだ。


 元々この広いバルコニーにはバーベキュー用の屋外グリルが用意されていて、以前ミネさんが作ってくれた美味しいハンバーグもこのグリルで炭火焼されたものだった。


 夏に行われた花火大会もこうやってバーベキューをしながら眺めたっけ。

 あの時は華怜もツネ婆さんも用事があって外出していたため、僕一人の寂しいバーベキューだったけど。

 今夜は華怜のご両親も来て、家族そろっての大バーベキュー大会になる予定だ。


 突然新しく増えた家族だから、未だにちょっとこそばゆい感じではあるけど。

 華怜はもちろんの事、ツネ婆さんも華怜のご両親もとても暖かく僕の事を受け入れてくれた。

 皆さんそれぞれ忙しい方々だけど、今夜は皆揃っての食事会という事で、僕はとても張り切っていた。


 ミネさんも張り切ってハンバーグの仕込みをしてくれている。

 そう、今夜も僕のリクエストでハンバーグを用意してもらった。だって、本当にミネさんのハンバーグは世界一美味しいんだから!!


 多分僕が起業すると決めたら、ミネさんのハンバーグ屋さんを開くと思う。

 まぁ今ハンバーグを売りにしてるお店も多いし、席で最後の仕上げをする僕が好きなあのお店と同じスタイルのお店は全国的に数多く存在している。

 お隣の県には、県内に限定して30店舗以上展開している程の大人気店もあるしね。


 そんな中で、うちが一番美味い!!って競い合っていくのは僕の好みじゃないから、実際に起業するつもりはないんだけどね。


 当たり前の事だけど、世の中ってのは競争社会だ。どんな事でも他者と競い合いながら生きている。

 天然平和主義の僕には入ることができない世界だなと思ってしまう。



 ストーブを並べ終わると、ちょうど華怜のご両親が到着したところだった。



 「お忙しい中ありがとうございます。」僕がペコリとお辞儀をしながらお迎えする。


 「やぁ永遠君、元気そうだね。食事会への招待ありがとう。君と娘に会えるのが楽しみで早めに到着してしまったよ。」にこにこと満面の笑顔のお義父さんとがっちり握手をしながら挨拶を交わす。


 その後ツネ婆さんの車椅子を押しながら華怜も合流し、楽しい冬のバーベキュー大会は始まった。




 ツネ婆さんをお誕生日席に、華怜のご両親と僕と華怜が向かい合うようにしてテーブルに着くと、華怜がスっと立ち上がった。

 そしてそれを合図にそれぞれグラスを手に持つ。

 どうやら華怜が乾杯の音頭をとってくれるらしい。僕も慌ててグラスを手に持つ。


 「実は、本日大検の合格通知が届きました。」


 「おぉーーー!!おめでとう!!!」

 「おめでとう華怜!」

 「よく頑張ったねぇ。」

 「やるとおもっていたわ。」

 皆思い思いのお祝いの言葉を送る。



 夏がはじまるちょっと前ぐらいに華怜を治療して、それからすぐに大検を受ける事を決意し、急いで願書を提出して11月に試験を受けた。

 それで発表が今日だったわけなんだが。本当によく受かったなぁ。少ししか期間がなかったのに合格しちゃうなんて、どれほどの努力をしたのか。

 毎日部屋にこもって勉強漬けの日々を送っていたからなぁ。本当に頑張っていたんだなぁ。


 「まだ早いですわ。お祝いの言葉は本番にとっておいていただかないと!」この先大学の入学試験が待っている。まずは1月のセンター試験に向けて一層の努力をしなければってところなのかな。頑張り過ぎじゃない?

 僕も何か手伝えることがあるといいんだけど・・・。邪魔になる事しか思い浮かばないから不思議だ。


 「あなたなら絶対大丈夫よ。昔から出来る子だったからね。」ツネ婆はニコニコしながら華怜の右手を握る。

 「お婆様ありがとうございます。死ぬ気で頑張ります!!」一度死を覚悟しただけに、その言葉には重みが感じられる。



 「すみません、報告で乾杯が遅くなりました。それでは乾杯!」華怜がグラスを軽く上げる。


 「乾杯!!」みなそれぞれ軽くグラスを上げるて乾杯をし、グラスに口をつける。



 ドーン!ドドーーン!!


 ちょうどそのタイミングで花火が上がり始める。図ったようなタイミングだった。

 花火師と打合せでもしてたのか?






 そして花火大会も盛り上がりつつある頃。


 大きいげんこつ大のハンバーグを2個食べきって、大きく息を吐く。「はぁー美味しかった!」僕はそう言っておなかをなでなでする。


 横に控えていたミネさんが僕のお皿を下げに来てくれる。


 「お替りをお持ちしましょうか?」ミネさんは当たり前のように聞いてくる。


 「いや、もうお腹いっぱいです。」流石にこれ以上無理だ。もうお腹いっぱい。


 「あら、お若いのにもう限界ですか?」ミネさんは不思議そうな顔でみてくる、いやお若いってあなたよりも大分年上ですよ?


 「いやいや、さすがにアラフォー男にはこれぐらいで十分ですよ。」もうそんな若くないからね僕。

 「え????」

 「はぁ??」

 「!!!」



 みんなそれぞれ凄い顔でビックリしてる。なにか変な事言ったっけか??


 「あんた、そんな冗談笑えないよ。」ツネ婆さんは呆れた顔で僕を見ている。


 「え?なにか変なこと言いました?」僕はホント何か変な事言っちゃったかな?と懸命に思い出す。いや、別に変な事言ってないと思うけど・・・。



 「どうみたって20代前半、いって20代後半ぐらいな見た目しといてアラフォーはないだろ?」ツネ婆さんが呆れ顔のまま僕に言ってくる。


 「いやいや、35歳の男にそれはちょっと言い過ぎですよ。」僕は顔の前で手を振り振り何言ってんすか。みたいなしぐさで否定する。


 「え?35???」全員同じ顔で同じ叫び声を上げる。流石家族だなぁ。


 「35ですけど?え?みえません?」この人たち揃いも揃って何言ってんだろう。

 長年に続く貧乏生活もあり、他の同い年の人達よりも断然老け顔の僕に向かってそんなに若く見えるとか目が悪いのじゃないかなぁ。心配になる。

 誰が見たって40以上にしか見られたことないってのに

 去年の忘年会で、どう見ても50代にしか見えないとか笑われて相当ショック受けたっけ・・・。



 「どうぞ。」ミネさんが僕にそっと手鏡を渡してくる。今更自分の顔なんて見たかないんだけど。


 渡されたのでしぶしぶ顔を見てみる。

 「はぁ?????」誰よりも大きな声で叫ぶ僕。花火より大きな声だったかもしれない。


 そこに映し出されたのはどう見たって20歳そこそこ、見方によっては10代にも見えなくもないぐらい若々しくてイケメンな男だった。いやイケメンは言い過ぎか?いやでも絶対モテるよこいつ。え?これ僕??うそーん。



 ほっぺをギュッと摘まむ。

 鏡の中のイケメンもほっぺをギュッと摘まんでいる。

 いててて・・・。




 あー、これ僕かぁ。

 いやいや、でもあれだ、僕が20歳ぐらいの頃でもこんなにイケメンじゃなかったけど?

 もっと疲れ切ってて、痩せこけた血色の悪い、いかにもモテなさそうな不憫な顔してたはず。自分で言うのもなんなんだけど・・・。



 「いやぁ。初めまして。」僕は思わず鏡の中のイケメンに挨拶してしまう。




 「ちょっとお待ちよ。本当の本当に35だってのかい?」ツネ婆さんが真面目な顔で僕に問いかける。


 「本当ですよ。」僕はそう言ってお尻のポケットから財布を取り出すとその中から免許証を取り出して見せた。



 ミネさんが僕の手から免許証を受け取りツネ婆さんの元へ持っていく。




 「あら、本当だわ。」ツネ婆さんは免許証を確認すると、ビックリした顔のままそう言った。


 「なんて顔してんだい。疲れ切ってボロボロじゃないか。今にも死にそうな顔してるよ。」免許証の写真を見ながらツネ婆さんが少し笑顔になった。


 「きっとあんたにも色々あったんだね。でも今はそれも解消して良い顔になったってところかね。それでも35って顔には見えないけどねぇ。」ツネ婆さんは僕と免許証とを行ったり来たりしながら見てそう言った。




 「あ、あの・・・。」ミネさんは、ツネ婆さんが手に持つ僕の免許証を覗き見ながら声を振るわせて僕に話しかける。


 「永遠様は昔から、苗字は花咲ですか?」ミネさんが免許証を見つめながら少し震えた声で僕に聞いてきた。


 「いえ、僕は両親が亡くなって、母方の親戚に引き取られてから苗字が花咲になりました。元々の苗字は【廻神】めぐりがみといいます。」久しぶりに名乗ったな。懐かしい僕の旧姓。



 「や、やっぱり・・・。」ミネさんはそういうと僕を見ながらボロボロと涙を流す。片手で口元を押さえて一生懸命こらえようとしている。


 「永遠お兄ちゃん・・・。私、美祢子みねこよ。廻神美祢子。」え?美祢子??

 「う・・・。」僕は突然の頭痛で堪えられなくなり頭を押さえて蹲ってしまう。






 「お兄ちゃん。離れ離れになっても絶対私の事忘れないでね。大人になったら一緒に住もうね!!必ずお嫁さんにしてね!!約束だよ!!」父の妹、叔母さんの家に引き取られていく美祢子との別れ際に聞いた最後の言葉。



 今、鮮明に思い出した。



 僕には妹が居た。

 両親が突然揃って亡くなり、お葬式の日に親戚一同で誰が引き取るかについて話し合いが開かれた。

 父の唯一の家族で妹である叔母はとても困っていた。

 「兄さんには凄くお世話になってたし、うちで二人とも預かりたいのはやまやまなんですけれど・・・。うちの娘につい最近事件がおきましてね・・・。うちお父さんも含めてなんだけど、男子禁制なんですよ。」叔母さん夫婦の娘、たしか僕より3個ぐらいしただったかな。

 その当時、その子が学校で虐めにあっている事がわかって、しかも通わせていたピアノ教室の先生から性的いたずらを受けていることもわかったそうだ。

 それからお父さんすら受け付けないぐらいの男性恐怖症になってしまい、お父さんは近所に部屋を借り、娘さんは叔母さんと二人で暮らしているそうだ。


 僕も妹の美祢子も以前からその子と交流があり、特に妹の美祢子は【美祢子お姉ちゃん】と親しまれていたので大丈夫だと思うが、男である兄の僕は引き取れないと泣いて謝っていた。


 その他の親戚たちは皆苦い顔をしていたが、ついに母方の親戚が渋々と手を上げてくれた。




 それぞれ別の親戚に引き取られていき、いつか会おうねと約束をして別れたが、僕を引き取ってくれた親戚がとんでもない人達だったんだ・・・。


 その親戚は事業に失敗し数千万円の借金があり、二人でパートに出て働いてなんとか返そうとしていた。

 それでも全然返済の目途が立たなくて。

 僕を引き取り、僕にも働かせて借金を返していこうと、労働力として僕を引き取った。


 当時中学生だった僕が働ける場所なんて法律的に無いと思うだろうが、その義父が働いていた新聞屋さんで奴隷のように働かされていたんだ。


 そんな感じで学校に行く前と、帰ってきてからの時間を新聞配達に費やし、寝るまでの間は内職作業を手伝わされ、一緒に親戚夫婦の借金を返す日々を送っていたんだ。


 ある日親戚夫婦が夜中に、僕の妹を引き取っていった叔母さん夫婦にお金を借りれないかとか、妹も引き取って売春でもさせようかとか、いっそ僕を漁船にでも乗せようかとか、そんな怖い相談をしていた。

 僕はこんな生活をずっと続けていたら、いつか妹に迷惑が掛かると思い、連絡先が書かれたアドレス帳を捨て、妹の存在を記憶から抹消しようとした。

 今考えればそんなバカな事したってどうせいつか迷惑がかかっていたかもしれないんだけど・・・。

 でもその当時の僕はいっぱいいっぱいで追い込まれていたんだ。



 その後、僕が高校に上がってすぐの事。ある日親戚夫婦は突然蒸発してしまった。


 僕らが住んでいたのは、働いていた新聞屋さんの1室で。

 僕が夕刊の配達から帰ると、二人とも綺麗さっぱり消えていた。

 僕がその日まで働いたお金と共に。


 結局、その新聞屋さんの社長もグルだったわけだけど、高校生の僕が一人で生きていくっていうのはかなり非現実的だった。

 だからとても嫌だったけど、その新聞屋さんで働きながら、その寮に住んでなんとか高校を卒業したんだ。


 その頃にはもうすっかり妹の存在は頭から消えていた。

 思い出しかけると、凄い頭痛に見舞われて思い出せないほどになっていた。




 その記憶が、今一瞬にして甦った。


 美祢子は顔をぐしゃぐしゃにしながら泣いている。


 「美祢子。」僕は美祢子の名を呼ぶと、両手でぎゅっと抱きしめた。


 「永遠お兄ちゃん!永遠お兄ちゃん!!」泣きながら僕の名を呼ぶ。


 「お嫁さんにしてくれるって言ったのに!!忘れないって言ったのに!!」更に泣きながら叫び続ける。


 僕は頭をなでりこなでりこしながら優しく言った。

 「美祢子、兄弟では結婚できないんだよ。」残念ながらそうなのよね、法律的に。


 「知ってるよ!!バカにしないで私もう大人なんだよ!!」僕の冷静なツッコミに大泣きしながらも一生懸命反論する。




 花咲永遠35歳彼女いない歴年齢と同じ。ただし婚約者はあり。とても優しくて暖かい新しい家族と、とても可愛い妹が出来ました。(思い出しました)

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