第7話 ある日突然、棚から牡丹餅が落ちてくる事もある。
チュンチュン
窓の外から鳥の歌声が聞こえてくる。
カーテンの隙間から漏れる陽光はとても眩しく、片目をつぶって辺りを確認する。
あぁツネ婆さんの家でお世話になってるんだっけ。
あれから2週間とちょっと、僕の部屋はどうなってるんだろう。
っていっても別にペットを飼ってる訳でもないし、ゴミもこまめに捨てているから特別心配するようなことはない。
僕あてに届く荷物も大事な郵便も特に思い当たらない。
あ、来月の家賃引き落としどうしよう・・・。心配事あったわ・・・。
どっちみち今のままだと契約解除して引き払うしかないわけだけど。
せっかく眺望のいいタワーマンション(中低階層だけど・・・。)に引っ越したのに殆ど景色を眺めながらのんびり過ごすこともできなかった。それだけが心残りだ。
僕はベッドから降りると少しだけ隙間の開いたカーテンをジャジャジャーっと開く。窓の範囲が広いのと、とても分厚くて重いカーテンなのでそんな音が鳴る。
15mぐらいの幅の窓の外は奥行3m程の広いバルコニーになっている。
窓を開けてバルコニーに出るとそこには幅広い川越し、遠くに富士山も見える極上のパノラマだった。
ミネさんによると、もうそろそろ花火大会が行われるそうで、打ち上げ場所が川の対面に位置するため、なんとこの部屋はプライベートな特等席になるという。
ツネ婆さんの治療にもまだしばらくかかるだろうし、花火大会はこの部屋で楽しめるかもしれないな。
今まで生きてきた中で最高の贅沢を味わえるかもしれない。
ちょっとだけ。いや、かなり楽しみにしている。
コンコンコン。
「永遠様起きてらっしゃいますか?朝食の準備が出来てました。」ドアの外からミネさんの声が聞こえてくる。
「すぐ向かいます。」僕はドアに向かいそう答えると、本日もきちんと畳んで用意されている服に着替える。
ガチャリ、ダイニングのドアを開けると既にテーブルにはお孫ちゃんの姿が。
「永遠様おはようございます。」席を立って挨拶する彼女の頭には昨日用意した可愛い帽子が存在感を示している。
髪の毛まではのばすことができなかったため、再び生えそろうまでは当分帽子とお付き合いすることになりそうだ。
「可愛い帽子がいっぱいでワクワクします!」彼女は帽子を選ぶ時にそんな前向きなことを言っていたっけ。
「華怜様おはようございます。」ぺこりとお辞儀をしながら僕も挨拶を返す。
「華怜で結構です!!様はいりません。それと敬語も不要です!」お孫ちゃん改め、華怜(カレン)ちゃんはほっぺをプクーっと膨らませてそういった。
「華怜ちゃんおはよう。」僕は慌てて言い直す。
「それぐらいなら許します。」華怜ちゃんは腕を組んでプリプリしながらそう返してきた。こんな感じで昨夜から何回かこのやり取りを繰り返している。
昨日、華怜ちゃんの自室で治療をおこなったあと。
裸同然の華怜ちゃんと抱き合う僕の姿を、ツネ婆さんと佐々木さんとミネさんに目撃されてしまった僕は、その後なんだかんだと言われつつも無事治療に成功したお祝いで、昨夜は大変豪勢な夕食をごちそうになった。
それこそA5ランクの銘柄牛のステーキだ、大きなロブスターだ、寿司だ、すき焼きだ、お好み焼きだともうホント食べきれないぐらいの食べ物に襲い掛かられて過ごした。お好み焼きは華怜ちゃんの大好物らしい。そこだけちょっと庶民的な料理でホッとした。
お祝いの席にはツネ婆の他に華怜ちゃんのご両親も出席して、「娘の人生を取り戻してくれてありがとう!!」と、頭が地面についちゃうんじゃないかというぐらいの勢いでペコペコと頭を下げられた。
ツネ婆さんの後を継いで色々と暗躍しているという結構偉い立場にある人みたいだから僕も大変恐縮した。とにかくオーラが凄すぎて目の前にすると身体が硬くなってしまうほどだった。
その祝いの席の中でご両親から何度も「華怜をどうぞよろしくお願いしますね。」とお願いされたが・・・。ちょっと年の差とかその他諸々問題ありすぎだと思うのでとその度にお断りした。
でも華怜ちゃんもすっかりその気になってしまっているようで、昨夜からどうもこの調子なんだよなぁ。
35年生きてきて、こんなに女性と話をする機会なんて無かったよなぁ。いや、小学生の頃は結構普通に女子のグループに入っていけてたか。まぁ子供の時の話だけど・・・。
という事で、こんな調子のまま朝食を華怜ちゃんと一緒に頂いた。
誰かと一緒に食事をするなんて・・・(ry
朝食の後は、いよいよツネ婆さんの残りの治療に取り掛かろうと、ツネ婆さんの部屋を尋ねた。
昨夜ツネ婆さんから色々と病状について聞いたところ、とりあえず消化器官が弱っていて困るとの事だったので、そこを中心に治していきましょうという話になっていた。
昨夜のお祝いの席でも、大好きな家族と一緒に食事ができないのがとても寂しいと言っていたしね。
という事で今日はその治療にあたろうと思っている。
先日同様ベッドに横になってもらい、ツネ婆さんの身体の中に意識を集中する。
「服は脱がなくていいのかい?」ツネ婆さんがニヤニヤしながら聞いてくる。
「内臓の様子は服を脱いでも見えませんから!!!」僕は慌てて否定する。
いや、僕が脱がせたわけでも、脱いでと言ったわけでもないからね??
火傷の様子や範囲を見たから治った後のイメージはしやすかったけども・・・。
そんなやり取りも昨日ツネ婆さんと何度も繰り返したっけ・・・。
「ちちんぷいぷい、ちちんぷい。」弱った消化器官をイメージしながらツネ婆さんの胸から腹部あたりに集中していると、ポワーっと光が出てくる。この光ってる部分をどうにか出来れば良いらしい。
「ちちんぷいぷい、ちちんぷい。」再度のイメージを高めていく。
光がとても強くなっていき、僕の血も下腹部へ集まっていく。
そして光が一番強くなった時に、その光を両手で丸めて窓の外にポーーーーーン!!と投げ捨てる。
ツネ婆さんの部屋も僕の借りている部屋の並びで、窓の外には小さいながらも富士山がとてもきれいに見える。今日は天気が良いなぁ。富士山って登ったことないけど、あそこまで登ったらこの部屋も見えるのかな?高い望遠鏡だったら部屋の中までみえるのでは?覗かれ放題??
「あぁ・・・。とっても気分がいいよ。若いころの私に戻ったみたい。今ならステーキでもハンバーグでも食べられる気がするよ。」窓の外をアホみたいな顔でボーっと眺める僕の後ろからツネ婆さんの声が聞こえた。
はっ!として後ろを振り返ると、物凄く顔色の良い、今までで一番シャキッとした佇まいのツネ婆が居た。
「治療、うまくいったようですね。」僕がホッとした顔をしていると。
「さて、私の治療はこれで終わりで良いよ。」ツネ婆さんは今までで一番晴れやかな顔で僕にそう言った。
「いや、まだ麻痺も残ってるし、他にも弱っているところとかあるでしょ?。」僕がそう言うと。
「命の心配も無くなった。大好きな家族と一緒に食事もできる。これ以上望むことはないよ。」とても晴れやかな顔でツネ婆さんは笑った。
「それにね、この麻痺は私の犯してきた罪の戒めさ。これまで治してしまったら償えないじゃないか。私はこれからの人生この枷を引きずって、一生を掛けて償っていくのさ。」なんかツネ婆さんかっこいい。
「わかりました。」多分今更治してしまっても何も変わらないとは思うけど、ツネ婆さんがそういうならそういう事にしておこう。
「さて、あなたへのお礼なんだけどね。」花火大会楽しみにしてたんだけどなぁ・・・、としょぼんとし始めていた僕にツネ婆さんからのお礼の話になった。
「最初、道路で助けてもらった後には、あなたに何年か遊んで暮らせるぐらいのお金を渡して、私たちと会った事の口止め料にするつもりだったのさ。」ツネ婆さんは悪い顔で笑って見せた。
「でもこうなってしまったらそうはいかない。そんなはした金で帰すわけにはいかないよ。」数年遊んで暮らせるお金をはした金と言ったね??
「まずは、華怜だね。あの子は良い嫁になるよ。」え?なんて??
「え???L;K=HpS!!!」言葉にならない返事を返す僕。
「あとは、私が信用できる患者を紹介してあげる。」あ、仕事の斡旋は助かるかも。これでなんとか仕事にはつけそうだ。
「信用できない人間の治療なんかやろうものなら、あっという間に噂になってくだらない人間から追われることになるわよ。」確かにそうかもしれない。そんな事考えたこともなかった。あぶないあぶない。
「そうだ、あなたが今借りてるマンションだけど。勝手に解約させてもらったから。部屋に残された物ももう運んであるわよ。」衝撃の事実!!いや、しかしそれは助かるかも・・・。家賃はおろか退去にかかるお金も払えない状態だったし・・・。
「それで、しばらく今使ってる部屋をそのまま使いなさい。華怜の髪が綺麗に生えそろって、結婚式の準備が出来たら。その時に改めて新居をプレゼントさせてもらうわよ。」あー・・・。もうそれ決定事項なのね・・・。
いや、何も不満はないよ。華怜ちゃんは美人だし。昨日から話してる感じとても性格のいい子だったし。
でもまだ会ったばかりだし、なによりも年の差が激し過ぎるし。世間的な地位も家族もない僕なんかとは全然釣り合わないよ・・・。
って昨日からそれを言ってるんだけどね・・・。
ツネ婆さんの希望だとか、ご両親の希望だとか、なによりも華怜ちゃんからの強い希望なんだそうだ・・・。こんなおっさんの何処がいいんだよ・・・。
花咲永遠35歳彼女いない歴年齢と同じ。もちろん独身、家族なし。本日仕事と婚約が決まりました。
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