第6話 ある日突然、抱きしめてしまう事もある。
あのハンバーグは控えめに言って絶品だった。もうハンバーグしか勝たん。
やっぱりミネさんには近いうちにプロポーズしよう。
次の日、目が覚めるとちょうど部屋のドアがノックされるところだった。
「朝食のご用意が整いました。」ドアの向こうからミネさんの声が聞こえる。
「わかりました。準備をしてすぐに向かいます。」そう答えると用意されていた服に着替える。
僕のために、高そうな生地のスラックスと、これまた高そうな生地のボタンシャツが用意されていた。短めの靴下と、サイズぴったりで、しっかり磨かれてピカピカな靴もキチンと揃えて置かれていた。
ちなみに下着もシルクで肌ざわりが最高なやつだった。
部屋を出ると、昨夜絶品ハンバーグを食べた食堂へ向かう。
僕の大好きなあのお店のハンバーグが最高だと言ったがアレは嘘だ。
昨夜食べたハンバーグが最高だったとだけ言っておく。ミネさん is BEST
きっと朝食も絶品なんだろうな。すっかりと僕はミネさんに胃袋をつかまれてしまっている。
ウキウキしながら食堂の扉を開ける。
既にテーブルの上にはトロトロの温泉卵と、小鉢にひじきと大豆を煮たやつ、梅干しと柴漬けが小皿に盛られて置かれていた。
お、今朝は和朝食ですか。最高じゃないか。
僕が席につくとすぐに焼きたての鮭と、おひつに入れられた白米が持ってこられた。
そして最後にあつあつのお味噌汁。具はシンプルに豆腐とお揚げ。
鮭は塩辛くなく上品な味付け。
味噌汁も上品な信州みそとカツオ出汁の絶妙なバランス。
お米はおそらく魚沼産コシヒカリ。(昨夜パントリーの前を通った時に袋が見えた。)最高の炊き加減でとても美味しかった。
思わずおかわり3杯してしまった・・・。
朝からミネさんに元気を頂いて、今日も一日頑張ろう!!って気にさせてくれる。
それにしても今日はやけに調子がいい。これも昨晩のハンバーグのおかげかな?
あ、そういえば他の誰かが登場してないけど、これには理由がある。
昨日の夕食の時からそうだったんだけど。
ツネ婆は流動食しか食べられないので自室で介助付きで食べるという。
お孫ちゃんは包帯をとって食べるため自室で独りきりで食べているそうだ。
あとは華麗な執事の佐々木さんやミネさんは使用人だから一緒に食べるわけにはいきませんという事で僕一人の食卓。
まぁ普段から独りの食卓だしね。今更さみしくはない。
っていうかこんな最高のごはんがあるんだから。これ以上の贅沢はないよ。って言っとこう。
朝食を食べてツネ婆に挨拶をしに行った。
早速お孫ちゃんの治療を始めたいと言うと、すぐにセッティングしてくれるという事だった。
通されたのはお孫ちゃんの自室だった。
年頃の女の子の部屋に入るなんて初めての事でドキドキしてる・・・。
花咲永遠35歳彼女いない歴年齢と同じ。もちろん独身、家族なし。
いや、顔が悪いとか正確に難があるとかそういうわけじゃないんだよ?
子供のころはよくクラスの女子と仲良く話をしていて、他の男子から冷やかされたりしていた。
だから多分女の子と話をしたりも普通にできていたし、コミュ障とうわけではないんだと思う。会社でも普通に同僚と話をしたりしていたしね。
両親が亡くなったぐらいの年から、何をしてもうまくいかなくなった。
両親を亡くしたショックで学校の友達付き合いも積極的に行わないようになっていった。
結果的に今でも付き合いがある友達など居らず、同窓会とやらに誘われたこともない。
高校と大学時代は授業が終わるとアルバイトへ直行していたし。稼いだお金も全て生活費で消えていた。
だから学内でわからないことを聞いたりできる相手ぐらいはいたが、一緒に遊びに行ったりとかしたこともない。
就職してからも忘年会や新年会なんかには出ていたが、そのあと2次会だとか、そういうところにもお声がかかった記憶がない。
あれ?もしかして嫌われてる??
ちょっと今までの自分を思い出してみたら動悸が激しくなってしまった。落ち着こう落ち着こう。
というわけでお孫ちゃんの部屋の前で深く深呼吸して、深く深呼吸って腹痛が痛いみたいで変だね、そんなことを考えていたら少し落ち着いてきた。
部屋のドアをコンコンとノックすると、中から「どうぞ。」と返事があった。
「失礼します。」そう言ってドアを静かに開ける。
電気も点いてるし、真っ暗というわけではないが、窓もカーテンも閉め切られている。
壁なんかにも流行のアイドルのポスターとか、友達と写った写真を飾ってあったりもしないし、好きなぬいぐるみや人形を飾ってあったりとか、そういう年頃の女の子的な気配が一切見られない。ちょっと異質な感じがする。
いや、他の若い女の子の部屋なんて知らないけどさ。あくまでもイメージでね。
お孫ちゃんの部屋にはベッドの他にイスとテーブルが置かれていた。ダイニングセット的な感じのね。食事を部屋でとるってことだったし、それで置いてあるのかな。
ただ、テーブルの大きさは4人ぐらい座れそうな大きさだったけど、椅子は対面に1つずつ2脚しか置かれていなかった。
「どうぞ。」その片方にお孫ちゃんが座っていたので、その言葉で対面にある椅子に向かい腰を下ろす。
最初逢った時と同じように長袖の黒いワンピースと、つばの広い帽子を被っている。
顔にもぐるぐると包帯が巻かれていて、表情が一切うかがえない。
「まずはお話から始めましょうか。」僕はまだ彼女の症状?状態?それらを何も聞いていなかった事を思い出した。
顔にぐるぐると包帯を巻いているという事は怪我をしているとか、火傷の跡があるとか、そういう事かな?とは思っていたけど・・・。
「そうですね・・・。本当はやめて下さいと、おばあ様には言ったんです。ですがおばあ様は責任を感じていらっしゃるようで・・・。」お孫ちゃんはポツリポツリと話し始めた。
帽子を脱ぎ、顔に巻かれた包帯を外していく。そこに現れたのは目を覆いたくなるような、酷くただれた顔の女の子だった。頭髪も半分以上無く、顔も7割程、左目に至っては眼球が濁っていて、とても見えているとは思えないぐらいの状態。見える範囲で言ってもこの状態である。ただれのせいで顔の大きさも女の事は思えないぐらい腫れあがっている状態
それほど寒くはない時期なのに長袖のワンピースを着ているという事は、見えない部分、おそらく身体にもあのただれががあるのだろう。
「あれは私が中学に上がったばかりの頃でした。両親と一緒に、とあるパーティーに出席した時。私たち家族に向かって、独りの男性が凄い勢いで走ってきました。すると男は手に持っていた大きな容器から水みたいなものをかけたんです。」
「同時に私は物凄い痛みを感じて泣き叫びました。その液体は強酸性の薬剤だったそうです。」その当時を思い出しているからか、手が小刻みに震えている。相当怖い思いをしたのだろう。
「その男はすぐに周りにいた人達に取り押さえられましたけど、両親の前に居た私は大量の液体をほぼ全身に受けてしまい。その場で転がりまわっていました。幸い両親は私が壁になった事と、コートを着用していたので、殆ど被害はありませんでした。」お孫ちゃんは涙交じりの辛そうな声で一生懸命説明してくれる。
「私はすぐに救急車に乗せられて病院で処置をしてもらいましたが、頭と顔を中心に、身体にも多くの火傷を負ってしまい、このような状態になりました。」彼女は立ち上がり、背中のファスナーを下げてするりとワンピースを脱ぐ。
すると首から下、肩から両胸。腰のあたりから膝上ぐらいまで。思っていたよりかなり広い範囲が酷くただれていた。
「翌日病院で目を覚ますと、両親とおばあ様が居てくれて、泣きながら謝っていました。犯人は両親に恨みを持っていて犯行に及んだという事でしたが、おばあ様が指示した案件での恨みだったそうです。それで両親もおばあ様も私に対して責任を感じているみたいです。」
「でも本当にこれは、私自身の運が悪かったからだって、私もわかっています。だから両親にも、おばあ様にももう気にしないでって言っているんです。」お孫ちゃんは辛い思いをしていながらも他人を恨むこともせず、今までずっと独りで耐えてきたんだな。
「でも正直初めてこの状態を鏡で見た時、私は絶望しました。通い始めたばかりの学校にも行けなくなり、一日中家で過ごすようになりました。」
「両親もおばあ様も色々なお医者様に会い、どうにかならないものかと手を尽くしてくれました。でもこんなにも広い範囲、こんなにも酷くただれていて、これではどうにもならないと断られ続けました。」自分の顔を両手でギュッと覆いながらお孫ちゃんはしばらく黙ってしまった。
「2年ほど前からおばあ様が体調を崩されて、お仕事も完全に両親へ任せて引退してしまわれました。歩けない身体になってしまって、日常生活も満足に送れないようになり、この家に引き篭もるようになりました。
同じように引き篭もっていた私は、なんだか居てもたっても居られなくなって、私がお世話をしますと声を上げました。」
「最初は二人で頑張りましょうねと言っていたんですけど、お婆さまが癌を告知されてからはお互いに塞ぎ込むことが多くなってしまっていて。
おばあ様からは『死にたい』と毎日のように言われるようになりました。すると次第に私も一緒に死にたいと思うようになってきてしまい、ついに先日皆に内緒で外に出て、目の前の道路に飛び出してしまったんです。その後は永遠様もご存じの通りでございます。」
とりあえず、裸の女性を目の前にして動揺しまくっている自分を落ち着かせた。
そうはいっても彼女の身体の半分以上は痛々しいまでに火傷を負ってただれている。こういう言い方は良くないのはわかってるけど、どうしたってそういう気にはなれないだろうと思う。童貞の僕でもね。
特殊な趣味を持ってる人は別だろうけどね。
彼女自身裸を見られて恥ずかしいというよりも、醜い身体を見られるのが恥ずかしいと思っているのだろう。
「やってみましょう。私に任せてください。」女性の裸なんて見慣れてますよ、大人ですし。っていう顔をしながら彼女に話しかけた。出来てるか自信ないけど。
とりあえず立ったままってのもあれだし、ベッドに寝てもらう。
移動してもらってる間に見た背中側は殆ど火傷もなく、綺麗な皮膚をしていた。正面から薬品をかけられたからだろう。
きゅっと締まった小さめのお尻がとてもいい形だった。いや、別にただの感想であって、いやらしい気持ちとかこれっぽっちもないですし。
ベッドに横になってもらい、僕はその横に立つ。
見た感じ範囲は広いけど、いっぺんに行ける。そう感じた。わからないけど、そう直感した。
「ちちんぷいぷい、ちちんぷい。」両手を前に出し、掌を大きく開いてグルグル回す。
彼女の全身、ただれてる部分から光が出てくる。しかしまだ弱い。
「ちちんぷいぷい、ちちんぷい。」もう一度言いながら更にグルグル。光がだんだん強くなってくる。
随分長い時間をかけて光を強めていった。
体中の血液が下腹部に集中していく感じがする。それにともなって貧血気味にクラクラしてくるが・・・、先日のツネ婆の治療をしている時よりももっと軽い感じだ。
光が最高潮に強くなってきた、その光を両手でギュギュっとまとめて・・・。
「痛いの痛いの、飛んでゆけっ!!!」カーテンも窓も閉まっているが、そこにめがけて全力投球!スルっとすり抜けて光が遠くへ飛んでいく。
無事外に出たようだ。それにしてもあの光がもし他人にぶつかったらその症状がうつってしまうのかな?なんとなく危険な気がして人が居ない方に向けて投げてるつもりだけど・・・。いつか検証してみないとだな・・・。軽いやつでね。
「治ってる!!!!!!!!見えなかった左目もくっきりと見える!!!!!!!!!!」後ろでお孫ちゃんが絶叫している。
ビックリして振り返ると、お孫ちゃんが上半身を起こして、ベッドサイドにあった手鏡で自分の顔を見ながら、空いた手で顔をすりすりしていた。
残念ながら抜けてしまった髪の毛はそのままだけど、頭皮にはしっかり産毛が見えているから少し経てばきっと新しい髪の毛が生えてくることだろう。
身体もすっかりとただれが消えていて小振りだが形のいい乳房も綺麗に・・・、ぐるん!!
勢いよく後ろを向く。
ギュっ、後ろから羽交い絞めに、じゃなくて抱きつかれた?着心地のいいシャツの背中にはなにやら柔らかい感触が・・・。
「永遠様ありがとうございます。あんなに醜かった私が、こんなにきれいな肌に!!!」興奮しながら抱きついたままぴょんぴょんするお孫ちゃん。その動きは・・・。背中に感じる柔らかい感触が・・・。
「ま、まずは、な、何か着ましょうか。」うわずった声で後ろにいるお孫ちゃんに話しかける。
ガサガサ。衣擦れの音が聞こえる。
「も、もう大丈夫です。」お孫ちゃんも心なしか焦った声で答えてくれた。
ゆっくりと振り返るとバスタオルを巻いたお孫ちゃんが立っている。
いや、それまだ大丈夫じゃない・・・。ちょっと下見えてるし・・・。
「無事に治って良かったです。」別に気にしてませんよ。裸だって見慣れてますしね。(AVとかで・・・。)っていう顔でそういうのが精一杯だった。
「じゃ、じゃぁそういう事で。」くるっと振り返ろうとすると。
ぎゅっと今度は真正面から抱きつかれた。
「本当にありがとうございばした。生きていでびょかった・・・。」涙と鼻水をボタボタ垂らしながらお礼をいうお孫ちゃん。
なんだか拍子抜けした僕は、そのまま彼女をギュッと強く抱きしめて頭をなでなでする。生きてさえいればどうにかなるものですよ。そんな思いをのせて。
「ゴホン。」後ろから咳払いが聞こえた。
くるっと顔だけ振り返ると、開かれた戸口に立つ華麗な立ち姿の佐々木さんが・・・。
そしてその横には車椅子に座ったツネ婆と、その車椅子を押すミネさん。
皆さんにっこりとしてはいるが、なんとなく額には青筋が見える気が・・・。
「綺麗に治ってるじゃないか。ありがとうね。だがまぁ、責任は取ってもらおうかねぇ。」ツネ婆は笑顔の向こうに般若の顔が見える顔で僕にそう言った。
あれ?僕からは何も・・・。あ、あれ?抱きしめてるーーーーーー・・・。
花咲永遠35歳彼女いない歴年齢と同じ。もちろん独身、家族なし。思わず抱き返しちゃったよ。
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