第5話 ある日突然、目覚める事もある。

 「痛いの痛いの、とんでゆけー。」転んでひざを擦りむいた僕にお母さんが魔法をかけてくれる。ただの子供だましだけどね。

 でも自然と痛みがとれたっけな。もちろん治るわけじゃないし、痛みもとれた気がしてるだけだけどね。

 おかあさんの顔はどこか朧げだ。亡くなってからもう随分と経つからか、はっきりと顔が思い出せないぐらいに記憶が薄れている。


 この夢を見るのはいつぶりだろうか。

 あ、これ夢か。

 両親が居たころの楽しい思い出。

 最近は夢に見ることも減ってきていた。

 あんな事があったからこの夢みてるんだろうな。

 癒しの力か。

 両親が事故に遭った時にこの力が使えていれば・・・。

 いや、即死だったそうだから間に合わなかったよな。

 涙が溢れて止まらない。

 その涙を優しく拭ってくれる。



 目を開けると昨日の大きなつばの帽子を被った女性がガーゼで僕の涙を拭ってくれている。

 家の中でも帽子を被ってるのか。

 顔には包帯がぐるぐる巻かれている。助けた時に、こんなに包帯巻くぐらいの怪我を負わせちゃった?


 「僕のせいで怪我をさせてしまったようですね。ごめんなさい。」女性と目が合ったので昨日の事を謝った。


 「あ、いえ。これは先日の怪我じゃないんです。もっとずっとずっと前の・・・。」女性は慌てて手で顔を隠すように覆うと、うつむいてしまった。


 「そうだったんですね。すみません。」なんとなく聞かれちゃ困る事だったのかなと思って謝ってしまった。


 「すぐに祖母を呼んでまいります。」女性はそう言い残すと手で顔を覆ったまま部屋を出て行ってしまった。


 デリケートな部分に踏み込んでしまったのかもしれない。ちょっと反省した。





 「気が付いたようね。」車椅子に座った老婆が部屋に入ってきた。車椅子はメイドのミネさんが押している。


 「なんだか懐かしい夢をみました。」先ほどの夢の話を聞いてほしくて、なんとなく格好つけながら僕はつぶやいた。ちょっと遠くを見るような目で。


 「そうかい、呑気なものね。あなたが倒れてからもう2週間も経つのよ。」老婆は以前とは比べ物にならないぐらい力強い声でそういった。

 え?2週間??


 「ハンバーグは?」気になっていた事を聞いてみた。



 「はぁ?」ビックリするぐらいでかい声で老婆は驚いて見せた。

 「2週間も気を失っておいて、目覚めの一言目がそれ?あなた変わってるわね。あははは。」老婆は呆れ顔で僕を見ながら笑っていた。



 いや一言目は懐かしい夢を見たなんだけど、まぁそれはこの際置いておこうか。



 「ハンバーグは私めが美味しくいただきました。」華麗な佐々木さんが車椅子の脇でそう答えた。いつの間に入ってきてたんだ。

 ロマンスグレーの髪の毛をオールバックに撫でつけて、高そうな執事服に身を包んでいる。

 背の高さは180cmぐらいかな、年齢の割には背が高い。いや、実際の年齢は知らないけど。僕の見立てでは65歳ぐらい。

 細すぎず、見える首筋なんかもきちんと筋肉がついている。細マッチョな体格だ。


 「体調がよろしいようでしたら、今夜にでも又作りましょう。」メイドのミネさんがそう言って慰めてくれる。本当に良いスタイルだなぁ。僕のために毎日ハンバーグ作ってくれないかな。いや、流石に僕でも毎日ハンバーグだと飽きちゃうか。そういう問題じゃない気がするけど、まぁそれは置いといて。2週間だって??


 「2週間っていうと14日間という事でしょうか?」僕は気が動転して素っ頓狂なことを聞いてしまう。


 「当たり前だろ?なにバカな事言ってんだい。」老婆は呆れを通り越して誉な顔をしている。誉がどういう顔か知らんけど。



 「そうだ、お身体の具合はどうですか?」そうだ、僕が気になっていたのは本当はこっちだった。



 「いいわね。完璧よ。あなたが倒れた後に病院で検査してもらったのだけど。癌の痕跡なんて全くないって。あの大先生が驚いてたわよ。あはははは!」さっきよりも豪快な声で笑いながら老婆は答えた。あ、ツネ婆って言ってたっけ。でも僕がツネ婆って言ったらさすがに怒られそうだな。


 「それは良かったです。」多分全部の病気が治ったわけじゃない。

 とにかく癌だけは治さないとって必死に癌の治療の事だけ考えてたから。きっとほかの病気はおいていかれてるんだろうな。

 はっきりと他にどんな病気を患ってるのかとかも聞いてないしね。それに車椅子にまだ乗ってるってことは麻痺も治ってないってことだと思う。


 「じゃぁ早速治療の続きを始めましょうか。」僕はベッドから足をおろして立ち上がろうとする。


 「ちょっとお待ちよ。」ツネ婆は左手を大きく開いて僕に向けた。

 「2週間も気を失ってたんだ、その間の栄養補給で点滴はしてるけど。そんなものだけじゃまだ回復したなんて言えないでしょう。もう少しゆっくりと休んで、又明日にでも診ておくれよ。まったく、あの日はビックリしたんだよ。真っ青な顔でぶっ倒れてさぁ。」ツネ婆は僕を心配してそう言ってくれた。

 

 言われてみれば左手の甲に違和感があった。そこには点滴の針が刺さっていて、ベッド脇にある点滴台にブドウ糖の点滴液がぶら下がっている。


 まぁ確かにこのまま治療を始めたら、また倒れちゃいそうだな。美味しいハンバーグでも食べて力をつけてからでも遅くはないか。どうせもう2週間遅れてるんだし。


 「わかりました。では明日からまた治療をはじめましょう。」僕は足を布団の中に戻し、再びベッドの人になった。



 「あ、それなんだけどね。私はこれで一旦治療終了でいいよ。」ツネ婆はそういうとドアの外に声を掛ける。


 ドアの外から恐る恐るお孫さんが姿を見せた。


 「悪いんだけど、私の前にこの子を診てやってくれないかい?」ツネ婆は左手で孫娘の右手をギュッと握ってそういった。


 「病気が完治したって老い先短い身ってのには変わらないさ。でもこの子はまだ18歳、人生これからなんだよ。」お孫ちゃんは18歳だったのか。顔も隠してるし、長袖のロングワンピースを着てるから全然歳がよめなかった。

 さっき何か隠してる感じだったから、きっとそのことなんだろうな。



 「わかりました。そうしましょう。」僕はお孫ちゃんに向かってにっこりと笑顔を見せた。お孫ちゃんはずっと下向いてるから見てないだろうけどね。



 「では今夜のハンバーグは腕によりをかけて作りますね!」メイドのミネさんが張り切って腕をぶんぶん振り回した。

 ような気がした。実際は振り回してないよ。ちゃんと手は車椅子に添えている。それぐらいの勢いでフンスフンスしながら言ったっていうこと。


 倒れる時に嗅いだあの香り。僕が大好きなお店と同じ匂いだったから、絶対期待できるはず。

 あのお店高いからあまり頻繁に行けないんだよな・・・。生まれ育った町にあるハンバーグの名店だ。

 両親との思い出のお店でもある。毎年誕生日はあのお店でダブルハンバーグを食べさせてくれたっけ。


 今夜は2週間前食べ損ねたハンバーグを食べて英気を養わせていただこう。



 花咲永遠35歳彼女いない歴年齢と同じ。もちろん独身、家族なし。この2週間の記憶もなし。

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