第4話 ある日突然、癒しの力を披露する事もある。
「実は僕、魔法使いなんです。」席を立ち突然叫んだ僕を、とてもビックリした顔で眺めていた老婆があまりにも面白い顔をしていたので、ここでもうひと笑いと欲張ってみた。
しかしそのネタ感が伝わりにくかったのか、老婆は再びポカンとした表情で僕を見ている。
そうか、伝わらないか。
「じゃぁ簡単なところから見せましょうか。」正直病気を治せるかどうかってところは確信が持ててない。それどころか完治させて元気な身体に戻してあげるなんてところまで保証もできない。
でも何かしら力になってあげたかった。
だから確実に治せるところから試していこうって考えたんだ。
そう言って僕は老婆のそばまで歩み寄る。
バタン!
すると突然入り口の扉が開き、華麗な人が入ってくる。あれ?監視カメラでもついてるのかな?
すると老婆は自由が利く左手を前にスッとだして華麗な人を制止する。
「言っている意味はよくわかりませんが、試してみてもらえますか?」老婆は僕に向かってそう言った。
突然開いたドアにビビッて立ち止まっていた僕は再び老婆の元へ。
僕が抱えて歩道にダイブした時に負っていた怪我。彼女の不自由な方の右手にこれでもかとグルグル巻かれた包帯を解いていく。
包帯を解くと右手の甲から肘ぐらいまでの広い範囲で擦り傷が出来ていた。ところどころ
ダイブした後に目が行って、すごく気になってたんだよね。大量出血とまではいわないまでも、結構痛そうに見えたんだ。
「ちちんぷいぷい、ちちんぷい。」僕は老婆の右手を左手でそっと持ち上げて、右手を大きく開いて傷口に向かってぐるぐると回す。
傷口が眩しいくらいの光を発しだした。
その光を大きく開いた右手でギュッと掴み、「痛いの痛いの、飛んで行け!!!!」窓の外に向かってブンっと投げ捨てる。
皆閉じたままの窓を通り越して遠くへ飛んでいく光をいつまでも眺めている。
もう慣れっこの僕は老婆の右手を確認する。
さっきまでとても痛そうに見えた右手は綺麗にツルンとしていた。心なしか血色も良い気がする。少し若返った?
よし、大口叩いたけどうまく治ってたから安心した。
しばらく窓の方をボーっとみていた老婆だったが、さすが陰から日本を支えるほどの人物だ。誰よりも早く正気を取り戻し、僕が支える右手を見る。
「綺麗に治りましたよ。」黙って右手を見ている老婆に僕は声を掛けた。
「これは魔法なの?」顔を上げた老婆は少し生気の戻った顔をしていた。
その後老婆の声で我に返った華麗な人や、彼について入室してきていた男の人たち、そしてお世話係なのか部屋の外で待機していたメイドさん達が見守る中、僕は今使った力について、そして今の自分の境遇について軽く説明をした。
「つまりは、まだ病気に対して力が通じるかどうかはわからないけれど。どうせ死にたいとか言うのであれば、死んだつもりであなたに任せてみろって言いたいわけなのね?」流石影日支女(影で日本を支えていた女)、僕が言いたかったことを全て理解してくれたようだ。
「まぁそういう事です。」僕は老婆の手を優しくおろすと、一歩後ろに下がってそう答えた。
老婆は少しだけ考える素振りを見せたが、すぐに顔を上げて華麗な人に向かって指示を出し始めた。
「佐々木、彼に部屋を用意してあげて。しばらくこの家で生活してもらうことにしたわ。それと警備の者達はすぐに下がらせていいわよ。」
「あと、ミネ。彼のお世話をお願い。」どうやらあのメイドさんは、ミネさんというらしい。ここについてすぐに僕にお茶を入れ続けてくれたメイドさんだ。豪華な身体をしている。じゃなくて豪華なメイド服を着ていらっしゃる。
「好きな食べ物はハンバーグです。」何を思ったかメイドさんに向かって好物を告白してしまった。きっと歩き通しでお腹減ってたんだね。多分。
めちゃくちゃ美人でゴージャスな身体つきをしたメイドさんに舞い上がってしまい「毎日僕のためにお味噌汁を作ってください。」って反射的にプロポーズしてしまったわけじゃないですよ、絶対。絶対違う。
「わかりました、今夜はハンバーグをご用意させて頂きますね。私もハンバーグが大好物です。」クスクス。
にっこりと笑顔を作ってそう言ってくれた。
プロポーズの件はごまかせたようだ。もしくは受け入れてくれた!?
各自それぞれの仕事を遂行するために老婆の部屋から散っていった。お騒がせしました。
「僕はこちらに住み込みって事になったんですか?」二人きりになったので、気になっていたことを老婆に尋ねた。
「仕事もお金も無いんでしょ?なんだか生活に困っていそうな話だったからそうしただけよ。私の病気を診てくれるっていうなら、この家に住んでいたほうが色々と便利だろうと思ったの。」まだ弱弱しくはあるが、最初この部屋で対面した時とは別人のような生気のこもった声で語って見せた。
「まだ僕が病気を癒せるかどうかまではわかりませんよ?」ここにきて多少自信なさげな顔で老婆に尋ねてみた。
「ちょっとこれを見てごらんなさいな。」老婆はそういうと、僕に見えるように自身の右手を持ち上げて見せた。
クククッ
わずかに人差し指の先が動いた。ように見えた。
「もう随分リハビリしたのよ。それでも全く動かなかった。でも今、これまでちっとも動かなかった指が動いたのよ。あなたに傷口を治してもらった時から。この肌の色つや。こんなに血色がいい右手を見るのはいつぶりかしら?」自分の右手を見つめながら嬉しそうな顔をする老婆。
「あ、そうそう。自己紹介がまだだったわね。」老婆はそういうと居住まいを直した。
「私は深大寺恒子。表向きは企業向けの法律事務所の経営をしているの。それと政財界の重鎮からはツネ婆なんて呼ばれて親しまれているわね。」ベッドサイドに置かれたクラッチバッグから慣れた手つきで名刺を取り出して、僕に差し出しながらツネ婆は僕に自己紹介してくれた。
「花咲永遠と申します。永遠とかいてトワと読みます。ご存じの通り無職です。」僕は反射的にスーツの内ポケットに手を入れたが、そこにあるはずの名刺入れは自宅に置いてきたのを思い出した。無職の自分には人に渡せる名刺なんて無かった、サラリーマンの習性って怖い。
「自己紹介も済んだことだし、あなたの部屋の準備が出来るまでゆっくりしておゆき。婆の部屋でゆっくりなんてしたかないかもしれないけどね。」ふふふふふ。力なく老婆は笑った。
「いえ、早速始めましょう。余命宣告されてるって事だったんで、とにかく時間が惜しいです。」僕はそういうと今一度ツネ婆のそばに寄り、起こしていた身体を横にして楽な姿勢をとってもらう。
全ての病気をひとくくりで治すのは無理だってなんとなくわかっていた。
怪我を治してる時に部分的というか事象的というか、意識するところを集中しないといけない気がしてそうしてたから。
多分この力の使い方っていうか感覚的なところ、本能的に知っているんじゃないかなって思う。
癌は胃癌からの転移って言ってたっけ。
僕はツネ婆の胃の部分に手を当てると意識を集中していく。
ツネ婆の身体が透けて、胃の部分から血管などを通して各臓器へ広がる絵みたいなものが見える気がする。あくまでもイメージだろうけど、そう見える気がする。
今度はその見える全てに意識を集中していく。イメージしているその部分から光が出始める。はっきりと意識した造形そのままの形で光がどんどん強くなる。でかい、でかいな・・・。
僕の下腹部のあたりに全身から血液が集中していく。実際に集まってるのかわからないけど、顔面から血の気が引いていくのがわかる。今にも倒れてしまいそうなぐらい。意識が飛びそうになる。これはやばいかも・・・。早く終わらせないと・・・。更に意識を集中させていく。絶対治してやる。
眩しくて直視できないほどに光を発しているそれを右手でぐしゃっと掴む。左手も使い小さく小さく丸めていく。
小さくなればなるほど光は強くなって、もう何も見えないぐらい眩しい。
小さくまとめたその光を右手に持ち、大きく振りまぶって先ほどの窓の外へ向かって思いっきりぶん投げる。
あ、ダメだ・・・。投げた勢いそのままに僕は前方へ身体ごと投げ出されてゴロゴロ転がって・・・。
あ、僕が愛してやまない腹ペコな虎のお店のハンバーグと同じ匂いがする・・・。これ・・・、美味しい・・・。やつ・・・。
花咲永遠35歳彼女いない歴年齢と同じ。もちろん独身、家族なし。現在意識もなし。
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