第47話 月が昇るまでに(18)

 相瀬あいせが言う。

 「海のずっと向こうにイングランドって国があるのは知ってる? いや、この国のことばでは、エンゲレスとか、エゲレスとか、かな?」

 「はいっ?」

 どれも知らない。

 相瀬さんは目を細くして笑う。

 「あるんだよ。それに、そこよりもここに近いけど、やっぱり遠い海の向こうに、ベンガルとか、この国ではベンガラっていってる国があることは?」

 「ああ、ベンガラならきいたことが」

 と言っても、それって染め物に使う何かじゃなかったかな?

 「この前ね、そのベンガルの殿様っていうのが、プラッシーっていう野原で、そのイングランドってところから来たロード・クライヴって人といくさになってね、それで、負けたの、そのベンガルの殿様が」

 「はあ……」

 それが……。

 ……何なのだろう?

 「ところでさ、それよりちょっと……。ちょっと、って言っても、二百年も前の話。ああ、ここの国でも二百年ぐらい前には宗旨しゅうし争いってあったでしょ?」

 いまのご公儀こうぎの世が始まる前は世は乱れていた。そのころには、宗旨と宗旨で争って、一揆いっきなどと号して戦いを起こしていた。

 そんな話を、前に住持じゅうじさんから聞いた。

 「ああ。うん、きいたことある」

 でも、やっぱりそれが何なのだろう?

 「イングランドにもそれがあったんだよ。もっとも、こっちの国でいうキリシタンどうしの、だけどね。イングランド人はいまもだいたいみんなキリシタンだから」

 「はあ」

 相瀬は話を急ぐ。

 「キリシタンのなかにも宗旨があってね、二百年以上前から、つい五十年くらい前まで、ずっと宗旨争いっていうのがつづいてた」

 「はあ……」

 「で、その二百年前のイングランドの宗旨争いで負けた一派がさ、ずっと海を伝って、この国の岡平おかだいらまで来たわけ」

 「はい?」

 岡平って……?

 話が急に身近になる。それがあまりに急で、真結はとまどう。

 「ここっ?」

 「うん」

 相瀬はあたりまえのことのように軽く頷く。

 「ま、このへんね。あの禁制の浜ってさ、そいつらが住んでた場所なんだ」

 「その、なんていうの、ああ、そう、エゲレス、とかの人が?」

 「うん」

 また間を置いてから、相瀬は早口で続ける。

 「で、そのイングランド人に手を貸すこの国の人もいたわけ。そのころのイングランド人って鉄砲も持ってたし、石細工も巧かったし、強かったからね。強いやつの下にくっつこう、ってわけ。それが鬼党きとうっていう海賊でさ」

 「ああ、それはあの!」

 相良さがら讃州さんしゅうが書いたことになっている「田氏でんし春秋しゅんじゅう」にあった名まえだ。

 「うん。ところが、イングランド人はだんだんこちらには来なくなって数が減って、ついにイングランド人がいなくなっちゃって、その鬼党も、もとからのこの国の人たちだけが残った。この国でも鉄砲はいっぱい作るようになったから、鉄砲持ってるってだけじゃたいして強くもなくなってしまったし。それで、そのイングランド人の手下になってた連中さ、海賊やめたんだよね」

 「それで、どうなったの?」

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