第46話 月が昇るまでに(17)

 相瀬あいせは、舳先へさきのほうに向き、うなずいて、また異国のことばらしいことばで指図を与える。

 「さ、こっちの返礼だけどさ」

 船の男が、合図をかわし合って、樽を水に投げ入れる。

 一、二……三、四、五。

 男たちは、その樽をたくみに縄でつなぎ始めた。

 「えっ?」

 相瀬さんの顔を見る。

 「たしか、もらうのは二つじゃ……?」

 相瀬と真結まゆいの仲に免じて増やしてくれた?

 いや、そんなかんたんなものではない。

 この樽に入っている銀両ぎんりょうは、小判で言えば千両箱ひと箱分より多いのだ。

 相瀬が、さびしそうに言った。

 「わたしたちもさ、来年からは来られないかも知れない」

 「えぇっ?」

 それはたいへんだ。

 「だってそんなことになったら!」

 「だいじょうぶだよ」

 相瀬は、真結の顔のすぐそばまで顔を近づける。

 ああ、こんなに近いのに……。

 いや、何がだいじょうぶだって?

 「讃州が決めた前の高い年貢のとおりでも、いま、村には絶対あるんだよ、五十年分ぐらい!」

 「へっ?」

 「わたしも知らなかったけど、こっちで計算したらそうなんだって!」

 「ええっ……」

 腰が抜けそうだ。

 泳いでいなければ、だけど。

 「だって、これを使っても年貢払ったらぎりぎりだって……」

 「あのさ。讃州さんしゅうみたいなやつがいるところでさ、うちの村は銀がいっぱいありすぎてうなり上げてます、なんて言えないでしょ? でも、あの名主さんのことだから、ほかの困ってる村とかにはちょっとずつ融通ゆうづうしてあげてたんだと思うよ、これがばれないくらいにはさ」

 「はーぁあぁ……」

 ため息をつくしかない。

 「ガートルード!」

 舳先の男が言った。

 声をきくとやっぱり男らしい。

 でも、まだ声が高い。

 少年なんだろう。

 この子には、あの相良さがら様の子か乱心した殿様の子かわからない子のような生きかたはしてほしくない、と、ちょっと思う。

 「ザ・ムーン・イズ・ライジング!」

 「オール・ライト」

 相瀬も答えた。

 ことばはわからない。

 でも、別れが近いことは、真結にも伝わった。

 相瀬も、さびしそうな声で言う。

 「なんで来られないかも知れないか、とか、時間がある限りで話すね」

 「うん」

 真結も手短に答える。

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