第45話 月が昇るまでに(16)
「えっ?」
「わたしがやったんじゃないけど、わたしが行かなければ火をつけられることもなかった、っていうのも確かだからね。それで、その事情っていうのがへたに漏れるとさ、
「はぁ……」
なんだか、よくわからない。
「たださ」
相瀬さんはさびしそうにして、ちょっと首を傾げた。
「あの
「ああ、うん……」
「あれ――あの子さ、姫様の友だちだった。もちろんわたしとも友だちだった」
「もちろん」とは言うけれど……。
いまので少しだけわかった。
相瀬さんは文字が読めなかった。ほかの海女の娘が読めたのに、頭の相瀬さんが一字も読めなかった。
その相瀬さんに、あの「
でも、相瀬さんはその
いまでは、昔の唐国の国の家老がどうしたなどという、真結も知らないことまで知っている。そして、相瀬さんは、
――何のために?
そう。
相瀬さんは姫様が好きだったのだ。
一度会ったきりの真結があの姫様が好きなのとは、比較にならないくらい。
相瀬がもの
「真浄土院ってところにあった、讃州が灰にしてしまった文書が何かを知ってたのは、その子と、姫様と、わたしだけ。二人がいなくなって、わたしもここから遠くに行けば、もう、だれも知らない」
どうこたえていいか、真結にはわからない。
それが何か、なぜそれが明るみに出たら殿様の首が飛ぶのか。
わからない。
しかし、消されてしまったのはそのお寺とか文書とかだけではない。
「でも」
と真結が言う。
「けっきょく、岡下の殿様が残るのと引き替えに、相瀬さんも、それに姫様も最初からいなかったことになっちゃったよ」
「しかたないよ」
相瀬は答える。
「そんなふうにするしかないよ。この国のご
「うん」
「人が覚えてることっていうのは、そうかんたんに消せないから」
相瀬さんはそう言うまでまじめな顔をしていた。
ここでにっこり笑う。
「ところで、最初にさぁ、
「ああ、うん」
覚えていたんだ!
「それってさ、真結が、お城の、しかも讃州を取り調べる係に入ってた人のほかは知らないはずの、あの日記のなかみを知ってることと、関係あるんだよね?」
「えっ?」
頬がぽっと赤くなったように感じる。
もっとも、
「うん……そうだよ」
そして、それを、漁についての調べという名目で村に来たとき、真結にぜんぶ教えてくれた。
だから、真結は、領内のほかのひとが知らないことまで知っている。
「城下の桑江様のところに嫁ぐの?」
海女の娘組の頭を務めると、一生、村を出られない。それを知っているから、相瀬さんはそうきくのだろう。
「いや、そうじゃなくて」
そこまでは相瀬さんも知らない。当然かな、と思って、真結は説明する。
「あの、昔は相良讃州が独り占めしてた浜の
「大出世だね、浅葱は」
そう言ってから、真結に言う。
「あんたたち、似合いの夫婦になるよ。お幸せにね」
相瀬さんは笑った。
それは、昔の相瀬さんは見せなかった、大人っぽい笑いだった。
あれから五年が経った。
二人とも、もう「娘」じゃないんだ、と思う。
「だから、わたしは今年限り。来年からはお
真結がそう言ったとき、船の
何を言ったかは、聴き取れない。
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