第43話 月が昇るまでに(14)

 真結まゆいは笑顔に戻る。

 「こうさんはさ、また二人子ども生んでさ。それがまただれの子かわかんないみたいでさ。でも徳三郎とくさぶろうさんはやっぱり気にしてないし」

 「美人は美人でたいへんだね」

 言って、相瀬あいせはまた笑う。

 「ところでさ、次のかしら、どうしたの?」

 「ああ」

 真結は少しあらたまった言いかたをした。

 もしかすると、相瀬さんには受け入れてもらえないかも知れないと思ったからだ。

 「おくまってね」

 「ああ!」

 相瀬はふいに大きい声を立て、ふっ、と唇を押さえる。

 それで、抑えた声で言う。

 「いい子でしょ? だいぶ変だけど、でもいい子でしょ!」

 「うん……」

 意外だ。

 「でも、なんで相瀬さんが知ってるの?」

 「だってさ」

 相瀬は得意そうに笑った。

 「あの讃州さんしゅうが、唐子からこ浜にどうしてもよその住人を入れたいってがんばるからさ、わたし、調べてみて、あの子たちならよさそうだったから、わたしがあの新野あらのちゃんに言って、新野ちゃんが讃州の手下に吹きこんで、その手下が讃州に吹きこんで、それで決まったんだから」

 「はいっ?」

 「新野」というのは、あの相良さがら讃州の晩年の愛妾あいしょうだったはずだ。

 でも、「新野ちゃん」って……。

 ――どうして「ちゃん」づけ?

 目をぱちくりさせる。

 しおを含んだ風のせいでは、ない。

 ないことにしておこう。

 「相瀬さん、じゃあ……?」

 「知ってるんでしょ? あの若君っていうのを殺して崖から身を投げたっていう……」

 相瀬という女!

 それはやっぱりこの相瀬さんだったのだ。

 相瀬さんは相良讃州の屋敷に新野姫に仕える女として入りこんだのだろう。

 しかも、相瀬さんは新野姫を「新野ちゃん」と呼んでいる。

 讃州が愛したという新野姫は、最初から相瀬さんと心を許しあっていた。

 相瀬さんはもちろん、新野姫も讃州を破滅させようとしていたのだ。その新野姫と相瀬さんを、相良讃州は信じて疑いもしなかった。

 讃州に永遠寺ようおんじに火をかけろと言われて岡下おかしたに向かったのは、たしかにこの相瀬さんだったのだ。

 「はァ……」

 まずはそんな声しか出ない。

 相瀬さんはことばを続ける。

 「あのときさ、ずっと待ち伏せしてたのにさぁ、あの主馬しゅめとか新しい大炊頭おおいのかみとかいうのがなかなか帰って来ないからさ、失敗したかと思ったよ。で、まあ、あの若君っていうのには悪かったと思うけどね。讃州の息子のくせに殿様になったっていうほかは、なんにも悪いことなんかしてないんだから」

 「やっぱりそうだったんだ?」

 「あいつが讃州の息子だってこと? そうだよ。まちがいない」

 「あ、いや」

 そのこともきいてみたいけど。

 「そうじゃなくて、あの若い殿様を殺したのが相瀬さんだっていうことが」

 「うん。それで、みんな刀抜いて追っかけてきたから海に飛びこんでさ、筒島つつしままで泳いで行って、それで、まあ、船に乗せてもらって高飛びしたんだけどさぁ……筒島から一日ずうっと浜見てたよ。物忌ものいみの日だから、あんたたちの姿、見えなかったけどね」

 「でもさ」

 そんなはずはない。

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