第35話 月が昇るまでに(6)

 何人かの家老とその配下の役人たちがこの件の探索に当たった。

 家中かちゅうの者たちは懸命だった。

 それはそうだ。前の前の殿様は乱心乱行らんしんらんぎょうのうえ蟄居ちっきょ、前の殿様は娘に毒を盛られて殺され、そして次の若殿様は入部したとたんにこの不祥事だ。

 ここまで不祥事が続けば、公儀こうぎの目も厳しい。

 じっさい、公儀からも役人が送られてきて、探索に加わった。

 相良さがら讃州さんしゅうにとって不都合なことがすぐに明らかになった。

 相良讃州には、当時、「新野あらの」という愛妾あいしょうがいた。その新野姫の世話をしていたお女中に相瀬あいせという娘がいたのだ。

 讃州は、相瀬などという女に心当たりはないし、そんな名も呼んでいないと言い張っていた。しかし、新野姫と、新野姫に仕える女中たちは、讃州はその相瀬が気に入っていて、しばしばこの相瀬という女中に用を申しつけていたと話した。新野姫などは、讃州があまりに相瀬とねんごろにするので、讃州は相瀬に心変わりしたと思っていたとまで言った。

 それで、讃州も、そういう娘がいて、それに用を申しつけていたことも認めなければならなくなった。

 しかも、その相瀬という女中は、しばらく前から姿を消していた。

 その行方を問われた相良讃州は言った。

 「永遠寺ようおんじに使いに出したら、そのまま帰って来ぬ」――と。

 永遠寺は領主家の菩提ぼだいをおまつりする寺だ。そこにめかけのお女中を使いとして送るとは。

 それだけでも相良讃州のおごりをあかすにはじゅうぶんだ。

 では、讃州は何のためにその女中を使いに出したのか?

 讃州は、最初はそんなことは忘れたと言い、それで通らないとなると、供物くもつを持たせて行かせたのだと言った。けれども、その時期に相良讃州が供物を出さねばならない法要が何かあるわけでもなかった。

 ところで、その永遠寺は、岡平おかだいらいずみ家と岡下おかしたの泉家の古い文書をたくされている寺だ。

 調べが進むなかで、讃州が最近になって自分の家柄を非常に気にするようになったという話が数多く出てきた。

 ことに、主を失った新大炊頭おおいのかみの近習たちは、讃州が新大炊頭にお目通めどおりするたびに家柄の話をしていたという話を口々に語った。また、家老の家柄の者たちも、玉藻姫が自死したころから、相良讃州がおのが家柄について話すことが多くなったと言った。以前は、人は、家柄などにこだわらず、才や能で使うべき、と言っていたにもかかわらず、だ。

 では、讃州の相良家の家柄はどうか?

 岡平の家中では、少なくとも領主のいずみ家と同じくらいに古い家柄とされている。

 その領主家の昔を記した文書はすべて永遠寺に預けられている。

 当然、そこには相良家の昔に関することも書いてあるはずだ。

 そこに何か讃州にとって不都合なことが書いてあるとすれば?

 讃州が言い張っているのとは違うことが何か書いてあるとすれば?

 讃州はそれを消すために愛妾の女中を使って永遠寺に火をかけようとした。

 その真浄土院の気の毒な尼さんが気づいて身を投げ出して火を消したから燃え広がらずにすんだのだ。

 ――そんな考えが成り立つ。

 讃州はもちろんそんなことは認めようとしなかった。

 だが、探索に入った役人たちは、相良讃州が使っていた書院の棚に隠し棚が仕込んであるのを見つけた。

 そこからは相良讃州の秘密の日記らしいものが出て来た。

 厚いものと薄いものの二冊で、厚いほうには「田氏でんし春秋しゅんじゅう」、薄いほうには「ぞく田氏春秋」という題名が書いてあった。

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